第七話:ミコラの為に

「……今、私の耳がおかしくなったのかしら?」

「流石に聞き違いじゃろ?」


 流石に俺が寝ぼけた事でも言ったと解釈したくなったのか。ルッテとフィリーネがあり得ないと言った顔でこっちを見てくるけど、俺はゆっくりと首を横に振る。


「つまり、貴方様は、女王様の寝室に忍び込む。そう仰られたのですか?」

「ああ。そういう事だ」

「ちょ!? 待てよ! 流石にそれはやべーだろ!? 謁見の時だって散々やらかしてんのに、よりによって忍び込むって。非礼にも程があるだろ!?」

「うん。それ、ダメ」


 アンナが冷静に言葉を返したのに対し、俺の反応にはっきりと不満を見せたのはミコラとキュリアだ。

 まあ流石に正攻法じゃない、ある意味犯罪じみた話だもんな。ミコラの反応も最もだし、皆も流石に咎めに──。


「カズトが危ないの、嫌。だから、ダメ」


 って、お前はそっちの心配かよ!?


 ったく。

 キュリア。お前ももう少し他の奴らと同じ反応しろって。ミコラが口をあんぐりして何も言えなくなってるだろ。


 思わず拍子抜けした後、ふっと苦笑した俺に、ロミナが真剣な瞳を向けてくる。


「……カズト。どうしてこの事を話したの?」


 きっと彼女は思ったに違いない。俺だったらこっそり行動を起こすんじゃって。

 まあ、俺は過去にもお前を呪いから助ける為に、一人勝手に行動起こしたもんな。


「……俺はこの、世界に名を轟かす聖勇女パーティーの仲間だし、だからこそこの行動が、そんな名声を傷つけるかもしれない行為だって分かってる。だけど、それでもミコラの故郷に何かあるなら助けたいし、出来る事をしたい。だからちゃんと話をしておこうと思ったんだ。まあ、もし結果問題になっても、俺が勝手に一人で行動したって事にして、お前達に知らぬ存ぜぬを貫いて貰えれば何とかなるだろ。きっと王子達も『だからあんな無礼者は聖勇女パーティーに相応しくなかったんだ!』とか言って、お前達の事は許してくれるさ」

「ふざけんなよ!」


 笑いながら俺がそう口にすると、思わず強く叫んだのはミコラだった。


「何でおめーがそんな危険な目に遭わなきゃいけねーんだよ!? 確かに俺や故郷の為かもしれねーけどよ。そこまでの事する必要ねーだろ!?」


 まあ普通は考えちゃいけないやり方だし、ここから暫くは皆からの説教タイムだろうな。

 俺が心の内でそんな覚悟を決めると、次に肩をすくめ呆れたフィリーネが口を開いた。


「そうね。貴方一人にそんな真似はさせられないわね」


 ほら──って、あれ?

 あなた一人に?


「そうじゃな。お主の身勝手を受け入れ、挙句の果てに楽しそうな話を見て見ぬふりをしろなぞ、どれだけ我等を舐めておるのか」

「もし貴方様をお一人で行かせては、きっと何かあられた際、私達わたくしたちは関係ないと口にし、かばわれますでしょうしね」

「私もそう思う。となると、やっぱりお目付役は必要かな」

「うん。カズト、誰かと一緒じゃないと、ダメ」


 ……は?

 皆、何言ってんだ?


「お、おい。おま──」

「お前ら何言い出してんだよ!」


 悪巧みに一枚噛むのを楽しみにするかのように話すロミナ達に戸惑いながら声を掛けようとした矢先、それを遮ったのはミコラだった。


「そういう無茶を言うのは俺で、お前達は止める役だろ!? 何で俺がカズトの無茶止めてるのに、お前らが許容してんだよ!?」


 ……お前はお前でそのツッコミかよ。

 とはいえ、俺もまあそう思う。


 普段とあまり真逆の光景は違和感だらけに、こいつも驚愕の顔をしてる。

 だけど、皆はそんなくすっと笑いミコラに向き直ると、代表してロミナが話し始めた。


「女王様との謁見の後ね。ミコラが元気がなかったのには気づいてたの」

「は? 本当かよ!?」

「あれだけ露骨に態度に出ておれば、バレバレじゃ」

「うん。バレバレ」


 ルッテだけじゃなく、珍しくキュリアにまで突っ込まれ、「マジかよ……」なんて呟き、困ったように頭を掻くミコラ。まあ、あれで隠してたって言われても無理があるって。


「そして、カズトがそれを心苦しく思って、頭を冷やすって言い出したのも分かってる」

「貴方も隠すの下手だものね」

「別に隠さなかっただけだよ。ったく」


 急に矛先を向けられた俺も、まるでミコラにならうかのように頭を掻く。まあ隠さなかったのは本心。じゃなきゃ一人になれなかったろうし。


「それでね。ミコラが先に宿の部屋出て行った後、皆で話したの」

「何をだよ?」

「決まっておろう。お主の気持ちを踏みにじったままでいいのかどうかじゃ」

「ミコラが辛いの。皆も、辛い」

「そうね。そして私達はこれまでも、これからも貴女の仲間でありたいわ。だからカズトには悪いけれど、何かあるなら絶対にミコラの力になろうと、既に皆で話し合ったのよ」

「流石に、カズトがこのような方法を選ぶとは、思いもよりませんでしたが」

「そうだね。でも、私達はミコラを助けたい。だからこそ、私達はカズトにも協力したいし、仲間として責任から逃れたくないの」


 そこまではっきり言い切ったロミナが見せた真剣な顔。そこにあるのは紛れもなく聖勇女の彼女。

 そして、気づけばミコラを除く皆が同じ顔をしていた。


 ……これがきっと、聖勇女パーティーの絆。

 まったく。仲間想いだな、本当に。


「……ったく。おめーら、ばっかじゃねーの」


 はぁっと大きなため息をいたミコラが、次の瞬間にかっと笑う。少し涙目になりながら。


「だったら、そういう無茶は俺も混ぜろよ。お前らだけで楽しもうとしやがって」

「おーおー。今更何言うておる。出遅れた者に席はないぞ」

「うっせー! カズトはまだ誰と一緒に忍び込むとか言ってねーだろ。大体でっかい鈍足ドラゴンしか連れてけねーお前じゃ足手まといだろ!」

「ふん。生意気な口ばかり聞きおって。お主など連れて行けばワースの時の二の舞じゃ。交渉事もままならんじゃろうが」


 なんて言い争いつつ、互いに笑ってるミコラルッテ。この二人は犬猿の仲っぽいのに、互いを認めてこうやって笑う事多いよな。


 ……って、今はそんな事考えてる場合じゃなかった。


「おいおい。いいか? 忍び込むのに人数なんて掛けない。だから俺一人でやる。いいな?」


 慌てて俺は皆にそう言い切ったけど。


「ヤダ」

「無理じゃな」

「ふざけんな」

「お断り致します」

「流石に同意できないわ」

「せめて誰か一人は連れて行って」


 と、あっさり全員に拒否された。


 お前ら、聖勇女パーティーなの本気で忘れてないよな? 確かに責任を負うのは分かる。けど、一緒に忍び込む必要はないだろ。ったく……。


 露骨に気持ちを顔に出し、困った顔をしたまま何も言えずにいると、ルッテがこう尋ねてきた。


「カズトよ。忍び込むと言ったが、そもそも勝算はあるのか? うまく忍び込めなければ門前払いどころか切り捨てられ、女王に会えたとしても衛兵を呼ばれればそれで終い。無謀にしか思えぬが」

「そうね。正直リスクしか感じないのだけれど。どうしてそんな考えに至ったのかしら?」


 まあ確かに普通に考えたら無茶だと思うのも最も。とは言っても俺なりに勝算があって、この決断をしたんだけどな。


「まず、アンナは骨が折れるって言ってたけど、俺一人が忍び込むの自体は、言うほど難しくないって思ってる」

「何でだよ?」

「俺は『絆の力』でアンナの暗殺術を手にしてるから身軽に動けるし、何より現霊バニッシュも使えるからな」


 現霊バニッシュ

 聖勇女ロミナが使える勇術ゆうじゅつのひとつで、己の気配を消して、他人に気づかれなくなる術だ。


 この術は持続系で魔力マナ消費はそれなりに多いけど、掛かっている間、音も立てないし姿を見る事もできない。そして何より無詠唱で掛けられる破格の術だ。


 一応姿を隠す術や音を立てない術ってのは、この世界にはある。とはいえ、どれも詠唱必須だし、個人にしか掛けられないんだけど。そんな中パーティーメンバーにも効果があり、それらの効果が一緒くたという万能なこの術が勇術ゆうじゅつにのみ許されるのは、ひとえに選ばれし勇者の力だからに他ならない。


 聖剣に選ばれてこその勇者であり聖勇女。

 そりゃ、悪事を考える奴が選ばれなんてしないし、勇者じゃない俺が使えるのもたまたま『絆の力』で手にした以外の何者でもないからな。


「でも、女王に会ったら、怒られない?」

「そこは正直勘でしかないけど……。皆、今日の謁見の時、女王をずっと見てた奴いるか?」

「流石に女王陛下の御前。頭を下げておりました」

「私も。皆は?」

「流石にそこまで無礼には振る舞えん」

「そうね」


 皆がアンナに同意し頷いたけど、まあそりゃそうか。って事はあれは俺しか見てないか。


「実は、俺がダラム王の話をした後、女王とヴァイクさんがほんの少しの間、互いに視線を交わし笑みを浮かべたんだ。理由は分からないけど、何となくあの笑みは、俺がああ反応するのが分かってたようにも見えた。だから話し合いの余地はあるんじゃないかと思ってさ」


 そう。あの時の二人は何かに納得したからこそ笑みを交わしたんじゃないか。俺はそう捉えたんだ。


「そっか。それならやってみる価値はあるかもね」

「そうじゃな。しかし、確かに忍び込むのに人数を掛けるのも愚策か」

「だろ? だから俺一人で──」

「ダメだって言ってんだろ! せめて誰か一人位連れてけよ。何なら俺でもいーぜ! 身軽だし忍び込むのに打ってつけだろ?」


 俺の言葉を遮ったミコラが、自信満々に胸を張りアピールすると、


「私も、手伝う」


 と、ふんすとキュリアも入れ張り合い出す。


「私達術師は潜入では一歩出遅れるかもしれないけれど、色々と支援はできるわよ」

「何なら龍で空からという手もあるが?」

わたくしであれば、暗殺術で貴方様の足を引っ張る事はございません」

「わ、私だって現霊バニッシュが使えるし、カズトの負担も減ると思うよ」


 続くように各々おのおのにアピールしだす、彼女達の必死さすら感じる視線。

 って、こりゃもう誰かは選ぶしか道はなし、か。

 でも、だとしたら誰がいいんだ?


「うーん……」


 俺は暫く考え込んだ後、共に忍び込む相手を指名したんだ。

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