第六話:謎多きクエスト

 俺は腰に付けたポーチから、幾つかの紙をテーブルの上に広げた。


 一枚はこの国、フィベイルの全体地図。

 中央にある首都であるフィラベ。西には俺達が国に入ったディガットの港町と海があるけど、他に町や村もあれど、大半はファイラル砂漠が占めている。


 その脇には俺が手書きした雑多なメモが並んだ紙が数枚。あまり字は綺麗じゃないけど、流石に読めるだろ。


「これは?」

「これから説明する。まずはよく聞いてくれ」


 首を傾げたロミナへの回答もそこそこに、テーブル周辺に集まった皆を一瞥した後、俺は地図を指差しつつ説明を始めた。


砂鮫サンド・シャークってのは、本来、ここファイラル砂漠でも広範囲に渡り存在する幻獣。ミコラ。その認識は合ってるよな?」

「あ、ああ」

「となれば、例年クエストで砂鮫サンド・シャーク狩りが行われるのは、この砂漠全体って話になるはず。だけど、近々のクエストで同盟団アライアンスを組んだ討伐隊が向かった先は、大体ここだ」


 トントンと俺が指で指し示したのは、フィラベの北東、やや山脈が近い何もない砂漠だ。


「あら。随分と限定的ね」

「ああ。だけどそれだけの理由はある」

「どういう事じゃ?」

「どうも、周囲の砂鮫サンド・シャークがここに集結しつつあるらしい」

「ここだけに、集まるの?」

「ああ。俺達が来る時にはたまたま遭遇しなかったけど、結構行商人とかがその方面に向かう砂鮫サンド・シャークの群れを見てるらしいし、実際討伐隊に加わった常連の人達も、普段以上の数に驚いたそうだ」

「それが女王陛下の仰っていた、危機の予兆なのでしょうか?」

「多分そのひとつって所だろうな。色々と話を聞くと、それ以外にも例年と違う異変は多いみたいだ」

「例えばどんな?」

「個体が例年より大きくて獰猛だとか。普段群れずに行動するのに、群れで襲いかかって来るとか」

「ちょ、ちょっと待ってくれよ」


 皆の言葉に順番に答えていると、唖然としていたミコラがはっとして声を掛けてきた


「カズト。お前何時の間にそんな事まで調べたんだよ!?」

「ああ。頭冷やすついでに、少し情報集めてた」


 そう。実は俺、あの後冒険者ギルドや冒険者の多い酒場に足を運んで、砂鮫サンド・シャーク狩りについて色々と情報収集してたんだ。

 まずはこの依頼に関係しそうな事実を知っておきたかったからな。


「それでこんな帰りが遅かったのね。皆で心配してたのよ」

「悪い悪い」


 呆れた、だけど何処か楽しげな笑みを見せるフィリーネに返事していると、未だ戸惑いから抜けられないミコラが口を挟んでくる。


「でも何でだよ!? お前は女王の前で断っただろ!? だったらそんなの調べる必要──」

「ミコラ。お主の前にいる男が誰だかわかっとるじゃろ。此奴こやつが考えぬはずあるまい。お主やその故郷の危機を」

「おいおいルッテ。その顔、俺を馬鹿にしてるだろ」

「そんな事はないぞ。単純だと思ってはおるがな」


 あり得ないと言わんばかりに叫んだ彼女を制し、ルッテが向けてきた俺への笑み。言葉も態度も小馬鹿にしてるけど、何処か満足げに目を細めてる辺り、こいつも分かってるな。


「じゃがカズト。お主はまだどうするか決めるなと言いおったが、それは何故じゃ?」

「単純だよ。俺達がこのクエストをからさ」


 俺はメモしていた紙を地図の上に重ねる。

 そこに並んでいる言葉は、俺が状況を整理したものだ。

 砂鮫サンド・シャーク狩りという言葉から枝葉が伸びるように、疑問や問題を書き並べてある。


「この単語の周囲に並べたのが、さっき話した今分かっている異変だ。確かにこれだけの異変はある。普段とも違う。だけど今の段階では、クエストとしては冒険者達の討伐に頼れている。じゃなきゃ、一昨日討伐隊を出さないからな。つまり、これだけが問題だったなら極端な話、Sランク冒険者とかを集めてやればいいし、俺達が出張でばる程の内容には感じないんだよ」

「確かに、それだけなら私達要らないよね」

「だろ? だけど、女王は未曾有の危機が迫るかもしれないと俺達に声を掛けた。つまり、俺達が必要な可能性があるって事だ」

「我等が必要。じゃが、Sランク以下でもやれる現状。つまり、欲するのは腕ではない、か?」

「となれば……聖勇女の力、かしら」

「かもしれないし、勿論魔王を倒したロミナ達の腕を借りたいのかもしれない。けど、これはあくまで推測。そして今ここには答えを知る材料が足りな過ぎるんだ。だからこそ俺は、そこにある危機を知り、それでも挑むべきかを考えたい。でないと、お前達に意味なく恐怖を味合わせる事になるし、女王達に手を貸すとなった場合、キュリアがまた嫌な思いするかもしれないしさ」


 俺がそう口にすると、キュリアが少し気まずそうに俯いてしまう。

 きっと彼女なりにミコラの力になりたい想いと、ザイード王子に会いたくない葛藤と戦ってるんだろう。


「そうなると、女王陛下が王子や王女、側近の方々の意思を纏め、お声がけされるのを待たれるのですか?」


 アンナの問いかけに、俺はひとつため息をくと、こう皆に告げた。


「正直、俺はそれは期待薄だと思ってる」

「……やっぱり、王子と王女が納得しないと思ってる?」

「ああ。ロミナの言う通りだ」


 俺はテーブルに突いていた両手を離し、思案するように腕を組み顎に手をやる。


「勿論女王が権限で捻じ伏せる可能性もある。だけどそれが彼女にとって本意じゃないからこそ、謁見の終わりに一枚岩じゃないなんて口にしたはずだ。だけどザイード王子やミルダ王女も、それこそ無礼を見た側近達も簡単に納得できないだろ。つまり直ぐには纏まらないって思ってる」

「でも、待っている間に事が起こっては意味がないわ」

「そう。つまりもっと有力な、それこそちゃんとした情報が直ぐにでも欲しい。それが俺達の現状って事」


 ……現状は分かってる。

 けど、この現状が一番問題だ。

 だって、情報を持ってるのは結局、ミストリア女王なんだから。


 今日あれだけの事をしておいて、のこのこと「やっぱり力を貸します」ってのはおかしな話

だし、流石にそれはあの王子達が許しはしないだろ。


 とはいえ、王子や王女を避け、公式にミストリア女王に改めて謁見しようとしたって、絶対何処かから俺達が来たのを小耳に挟んで、無礼承知でそこに飛び込んで来るに違いない。


 これだけなら手詰まり。とはいえ、アイデアがない訳じゃない。

 けど、俺はもう一人じゃないからな。

 皆に話さず行動する訳にもいかないだろ。


 ふぅっと重苦しいため息をくと、自然に皆が俺を見る。

 ……正直、こういう話を隠さず口にするなんてした事はないからな。この後こいつらがどんな反応をするか……。


 この先向けられる言葉や表情を想像し、ちょっと気後れしそうになるのを抑え、俺は改めて皆にしっかり向き直る。


「……俺はその情報を何とか手にしたい。だから……俺が、ミストリア女王と二人で会ってこようと思う」

「二人でじゃと? あの王子達がそんな事を許すと思うか?」

「そんなの絶対無理よ。結局邪魔が入るだけだわ」


 ルッテやフィリーネは流石に分かってるな。

 まあ、俺だって同意見だからこそ、こうするんだけどな。


「分かってる。だから、ちょっと宮殿に忍び込んでくる」

「……え?」


 俺が真面目な顔でそう口にした瞬間。

 皆の顔は強い驚きに変わったんだ。

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