第五話:顔に書いてある

 鬱々とした気持ちを切り替えた俺は、そのまま一人で街を歩き回って色々してたんだけど、気づけば日もとっぷり暮れて、綺麗な三日月を眺められる時間になっていた。


 夜中とまではいかないものの、随分と夜遅くなっちゃったな。美咲の所に顔を出し忘れたけど、明日謝ればいいし、流石に今日行くのは止めておくか。


 俺は少し疲れた頭を休めるように、何処か独特の不可思議さを醸し出す夜の街をぼんやり見ながら、宿に向け歩いて行く。


 街灯なんかはなく薄暗い所も多いけど、未だ店の窓や入り口から漏れる灯りや、家の軒下に吊されたランプなんかが淡くて温かな光を放っていて、あまり怖さなんかは感じない。


 ロデムやウィバン、マルージュと比べても独特な雰囲気を堪能しつつ歩いていると、程なくして宿が見えて来たんだけど。

 ……あれ? 入り口に立ってるのは、ミコラか?


 遠間に見える宿。

 その扉の脇の壁に寄り掛かって、店の軒下のランプに照らし出されてるミコラの元気なく俯いている姿には、普段のあいつらしさなんて微塵もない。


 どちらかといえば、以前俺の記憶がなかったミコラ達とロミナを助ける時に旅をした時に見せた、最古龍ディアに挑む不安にまみれた弱気な雰囲気を思い出させる。


 皆と一緒って訳じゃなく、たった一人こんな時間にそこにいる。その表情には影しか感じない。


 まったく。

 お前は本気で感情を隠せない奴だな。

 ま、ため息を堪えきれなかった俺が言える立場じゃないけどさ。


「何一人でこんな所で突っ立ってるんだ?」


 何食わぬ顔で俺が声を掛けると、ぴくりと猫耳が動き、ゆっくりミコラがこっちに顔を向ける。


「随分としけた顔して。皆の所に行かないのか?」

「いや……その……ちょっと、お前に用があって……」


 壁から背を離した彼女が、歯切れ悪く、ぼそぼそとそう口にする。

 俯き加減にちらちらと俺を見ながら、表情に迷いを見せて。


「昼間の話か?」

「え? あ、っと、その……」


 図星と言わんばかりに、俺の言葉に驚いたミコラが、今度は目を泳がせしどろもどろになる。

 そのあからさまな動揺っぷりを見て、俺は思わずくすっと笑ってしまった。


「今更何話しにくそうにしてるんだよ。女王様との謁見の後から、露骨に態度可笑しかっただろ」

「は? そ、そんな事ねーし」

「おいおい。普段のお前なら、ヴァルクさんに手合わせは後日なんて言われたら、絶対に『えーっ!? 嘘だろぉぉっ!?』なんて言い出すだろ。分かりやすすぎるんだよ」

「う、うっせーよ。ったく。調子狂うな……」


 困惑しつつ頭を掻くミコラは、一旦大きなため息をくと、目を伏せ歯がゆそうな顔をした。


「カズト。その……俺、お前が女王の前で口にした気遣い、めちゃくちゃ嬉しかった。だけど、その……酷い話だけど、同時に思っちまったんだ」

「『お前がこの国を俺達の為に見捨てたんじゃないか』、だろ?」

「え?」


 はっと顔を上げたミコラに、俺は講釈を垂れるように片手の人差し指を立て、続きを口にする。


「『この国に未曾有の危機が迫ってる。それが本当なら両親や孤児達。それこそ大事な故郷に何か起こるかもしれねーだろ。俺、それを見過ごすのなんて嫌だ。だから頼む。危険かもしれないけど、俺に力を貸してくれ! この国を救う力になってくれ!』……どうだ? 似てるか?」

「な!? 何でそんな事分かるんだよ!? 心でも読んだのか!?」


 なんとなく台詞は予想だったんだけど、思ったより合ってたのか。酷く目を丸くしたミコラが唖然とする。

 俺はそんな彼女にドヤ顔をした後、ふっと微笑むと、おでこを軽く人差し指で小突いてこう言ってやった。


「ばーか。お前の顔に書いてるんだよ」

「ふ、ふざけんなよ! そんな事ある訳──」

「じゃあ違うのか?」

「んぐ……合っては、いる……」


 ははっ。

 頬を膨らませ不貞腐れつつも、事実は認めたか。


「皆にこの話はしたのか?」

「……いや。流石にカズトの言葉に喜んでたし、俺のわがままで危険に晒すかもしれねーだろ。流石に言い出しにくくって……」

「で、リーダーである俺に先に頼んだと」

「……ああ」


 ミコラもまた優しい奴だ。

 だからこそ、今この話をしながら、辛そうな顔で俯いてる。


 俺は彼女の頭を優しく撫でると、彼女の脇を通り過ぎ、宿の扉の前に立つ。


「じゃ、話に行こうぜ。俺が間に入ってやるからさ」

「……いいのか?」

「いいも何も、まだ何も始まっちゃいないからな。未曾有の危機も起きてないし、女王だって万が一の話をしてるだけ。つまり、もしもが起こる前に何とかできるかもしれないとも言える。だからまずは話をして、それからだ」


 あまり過度な期待はさせないように、俺はそんな言葉でお茶を濁すと、先導するように一人先に宿に入って行ったんだ。


   § § § § §


「……って訳でよ。皆にはわりーって思ってる。けど、もしもの時は力を貸して欲しいんだ。頼む!」


 ロミナ達の部屋に入った俺達は、普段通りに各々おのおのパジャマ姿でベッドや椅子に腰を下ろし、ミコラの話に耳を傾けていた。

 唯一アシェだけはキュリアのベッドの隅で寝てるけど、こないだ話してくれた通り、余計な口出しはしないと決めての事だろう。


 勿論、ミコラが口にしたのはこの国の危機に対する彼女の本音。

 椅子に座った彼女がばっと深々と頭を下げると、ルッテは神妙な顔でゆっくりと口を開いた。


「……流石に故郷を見捨てる選択なぞしたくない、か」

「でしょうね。私だってマルージュに危険が迫っているって分かったら、同じ申し出をするわ」

「うん。分かる」

「そうだよね。ガラさん達や美咲ちゃんにも危険が及んじゃうかもしれないもんね」

「ミコラにとってもそれは心苦しいでしょうし、その想いは最もだと思います」

「それじゃあ……」

「まあ待て」


 予々かねがね好意的な皆の反応にミコラが笑顔を見せそうになった瞬間、ルッテがそれを制した。


「カズトよ。お前はどうなんじゃ? 我等の為を想い女王に進言したのじゃ。内心思う事もあるのではないか?」


 その言葉に、皆の視線が壁に寄りかかっていた俺に向く。ルッテはこういう時本当に冷静だな。


 俺は表情を引き締めつつ、ミコラをじっと見た。


「……俺はあの時、このパーティーのリーダーとして女王達にああ啖呵を切った。実際お前達が、過去に恐怖や不安を覚えたのだって事実。だからこそ、俺は皆を安易に危険に足を突っ込ませるのは不安だ」

「……じゃあ、駄目なのか?」


 少し悲しげな顔をししょげるミコラに、周囲の皆が同情の目を向けている。

 ……こういう仲間想いの皆を見る度ホッとするな。本当にいいパーティーだよ。


「不安にさせても可哀想だからはっきり言う。俺はまだ答えをだせないし、皆にもまだ答えを出してほしくない」

「え? どういう事だ?」


 ふっと顔を上げ俺を見たミコラが疑問を投げかけてくるのも最も。実際、他の奴等もちょっと不思議そうな顔をする。

 まずはその説明をしてやらないとな。


「皆。悪いけどちょっとこっちに来てくれ」


 俺は平然を装いつつ、部屋の手前にあるテーブルに皆を集めたんだ。

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