第四話:取捨選択
「この度は色々と失礼しました」
「いえ。こちらこそ大変失礼しました」
宮殿の入り口まで案内してくれたヴァルクさんとロミナが互いに頭を下げると、彼はミコラに向き直った。
「ミコラ殿。申し訳ないが、本日はこの後女王陛下と話をせねばなりませんので、手合わせは後日という事で」
「ん。ああ、分かった。楽しみにしてる」
「こちらこそ。では、
彼女の答えを聞き、笑顔を返したヴァルクさんは一礼すると、そのまま踵を返し、宮殿へと戻っていった。
「では、我等も行くかの」
「うん」
ルッテとロミナの言葉をきっかけに、俺が先頭となり、俺達は街へ続く緩やかな階段を歩き始めた。
「甘い物、食べたい」
「キュリアったら。最近ミコラに似てきたんじゃなくて」
「ほんに。食い意地だけ似るのは良くないぞ」
「そうですね。ミコラ程身体を動かされておりませんし、お太りになられますよ?」
「大丈夫。ラフィー、いるし」
背後から聞こえる微笑ましい会話。
その声は明るいし、ホッとするもののはず。
だけど、玉座の間での謁見を終え緊張感から解放された事で、ある事に気づいた俺の気分は正直晴れなかった。
「でも、これで王子達の不満を買ったかしらね」
ふと、小声でフィリーネがそんな事呟くと、話題がそっちに移る。
「そうじゃな。じゃが、カズトはよう言うてくれたと思うておる」
「うん。かっこよかった」
「でも、流石にあのため息を聞いた時にはドキっとしたよね」
「ですが、カズトは皆様への扱いを不満に思ってくださったのです。仕方ない事だと思います」
「ロミナもロミナじゃ。あそこでリーダーの話を持ち出すとは」
「だって、ああでも言わないと、カズトが軽く見られちゃう気がしたし……」
周囲に話を聞かれないよう、声を小さめに会話する彼女達。
……そう。
俺は彼女達をもっとちゃんと理解してもらいたいと思って声を上げた。
だけど……ったく。
俺は頭をくしゃくしゃっと掻くと、宮殿区画を抜けた所で足を止め、皆に振り返る。
「皆。悪いんだけど、先に戻ってて貰えるか?」
「え?」
彼女達が互いに顔を見合わせると、俺に不思議そうな視線を向けてきた。
「いや、ちょっと頭冷やしたくって。夕方までに戻らなかったら、飯も済ませておいてくれ」
俺の苦笑に、ははーんと何かを察したルッテがにんまり笑う。
「お主、以前のマルージュの時を思い出したのじゃな。気にするでない」
「そうだよ。私、本当に嬉しかったし」
「うん。嬉しかった」
「……確かにな」
「気分を晴らしたいのでしたら、是非
「いや。悪いけど、今は一人にさせてくれ」
俺は皆の笑顔と共に返された言葉に、普段通りに笑ったつもりだった。
けど、きっとそうじゃなかったんだろう。彼女達の表情にはっきりと戸惑いが浮かぶ。
「……じゃ、また後でな」
そんな彼女達の表情を見るのが辛くなって、俺はすっと踵を返すと背を向けたまま手を上げ、一人宿とは違う方向に当てもなく歩き出した。
ある程度進んでからちらりと振り返って確認してみたけど、流石に皆も
ホッとした途端、まるでそれを合図にしたかのように、心にあったもやもやとした気持ちが俺の心を覆っていく。
……俺は確かに皆の為に言葉を並べた。
勿論それは本音だし、俺が女王達の意識を変えようと望んで口にした事だ。
だけど、心が落ち着いてきた今なら分かる。
その言葉が、何かを失わせ、誰かを傷つけたかもしれないって事が。
それに気づいたのは謁見の後。
ミコラの反応からだ。
ヴァルクさんの言葉に、残念そうな素振りすら見せず、さっきまでも皆との会話にほとんど加わってこなかった。
普段の彼女からは考えられない、元気のない反応の理由。それは俺だ。
……そりゃそうだよ。
俺はミストリア女王達の前で、皆の為に宣言したようなもんだ。
この国の未曾有の危機より、ロミナ達が大事だって。
そしてきっと、ミコラはこれを聞いてこう思ったはずだ。
カズトはこの国を助けてはくれないのかって。
きっと俺が口にした想い自体は嬉しかったから、ミコラはあそこで反論はしなかったんだろう。
だけど同時にきっと、そんな何ともいえない想いに
そして同時にこの件は、美咲を元の世界に返す、手掛かり探しのひとつのきっかけを失わせたかもしれないんだ。
俺は自分で考えてただろ。
美咲を向こうの世界に帰す手段を探す為にも、ミストリア女王に掛け合って、王立の施設を見させて貰うかって。
だけど、今回の結果は最悪だ。
ミストリア女王はまだしも、ザイード王子やミルダ王女を完全に敵に回したようなもの。
そんな状況じゃ、王立の施設を見させて貰いたいと願い出ても、話が通りはしないだろ。
それに、ミストリア女王に謁見を求める度に王子達が付いてたんじゃ、落ち着いて話をするのだって一苦労。とはいえ女王と謁見するとなれば、その話題はあいつらの耳に入るし避けるのは不可避。
ため息を
勿論間違った事をした訳じゃないとは思ってる。だけど、もっとうまいやりようがあったかもしれないのに、無意識に漏らしたため息ひとつで台無しだ。
……ったく。
俺は口を真一文字に閉じ、強い陽射しの中、街を歩き続ける。
世の中、やっぱりいいとこ取りなんてありゃしないな。
取捨選択。
何かを捨て、何かを選ぶ。
そんな言葉があるのもきっと、先人がそういう経験をしたから。そしてそこには、大事な何かを捨てないといけない経験もきっとあったんだろう。
……じゃあ、俺は何を捨て、何を選ぶ?
聖勇女であるロミナ達。
向こうの世界に返さなきゃいけない美咲。
何か危機が訪れるかもしれないフィベイルの国。
そして、
誰の願いを叶え、誰の願いを諦める?
誰を護り、誰を危険に晒すんだ?
……ふっ。
自問自答するようにそんな疑問を呈した時、俺は自分の心に浮かんだ答えに、思わず自嘲して小さく笑う。
あまりに色々な事が起こりすぎてて混乱してるけど、結局俺がしたい事なんて決まってるじゃないか。
仲間だって美咲だって、俺は大事なんだ。
だったらやれる事をやるだけだろ。
ゲームじゃないんだ。
二週目もなきゃ、セーブして選択肢をやり直すなんて事もできない。
未来がどうなるかなんて分からないのは、結局向こうの世界でもこっちでも変わらないんだ。
だったら、やった事に胸を張れ。
その上でやれるだけの事をやるんだ。
今までだってそうしてきたからこそ、ロミナ達との今もあるんだから。
俺は人目を気にせずピシャッと顔を叩き、気合いを入れ直す。
どうせ止まるなんてできやしないんだ。
だったら、何処までも足掻いてやるさ。
あいつら皆を笑顔にする為にな。
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