第三話:宿命であっても

 俺の言葉に、側近達がまたも色めき立つ。

 そりゃ、ここまでストレートに断りを入れるなんて思ってもみなかったんだろう。


 勿論それはザイード王子やミルダ王女も同じ。

 二人共思わず椅子から立ち上がり、身を乗り出しかけている。


「ふざけるな! 何故貴様がそんな事を口にする!? ロミナ殿こそ聖勇女パーティーのリーダー。貴様などが口を挟む必要──」

「ザイード。静かに」

「母上! あの男は──」

「聖勇女ロミナの言葉を信じる事もできぬのか?」


 あり得ない想いを俺にぶつけようとした王子を、ミストリア女王は鋭い視線と共に、静かに、しかし重みのある言葉で制する。

 その冷たき眼差しに、流石の王子も萎縮したのか。「……くそっ」っと吐き捨てると、どすんと椅子に直った。


「……して、カズトよ。その理由、伺っても良いか?」


 冷たさは相変わらず。だが、そこにある真剣な眼差しを、俺は目を逸らす事なく受け止める。

 女王を相手にしての緊張はある。けれど、話しておかないと、きっとこんな事が繰り返されるんだ。そんなの真っ平ごめんだからな。


「はい。ただ、ここから語る話には多くの非礼が含まれる事、予めご容赦ください」


 そう前置きすると、俺は思いの丈を話し始めた。


「俺は女王陛下や王子、王女の態度や反応を見ながら話を聞かせて頂きました。ですが。残念ながら、それは納得できる態度ではございませんでした。ですので、この話をお断りしようと思った次第です」

「それはザイードやミルダのせいか?」

「それもございますが、女王陛下にも俺は不満を持ちました」

「こ、これ。若い者。女王陛下に向かって何という──」

「ダイロン。口を挟むでない」


 俺の反応に流石に側近の一人が釘を刺そうとしたけど、これもまた女王に止められ、彼は

獣人族らしい尻尾を巻いて、すごすごと列に戻る。


「続きを」

「はい。この依頼、この国が未曾有の危機に晒されるかもしれない。だからこそ力を借りたいと、女王陛下は仰りましたね」

「そうだ。そこが問題であったか?」

「それは特に。ですが、その先がいけませんでした。王子や王女が俺に不満を示した事に対し、同意するかのように、制止すらなされなかった事が」

「つまり貴様は俺に馬鹿にされ、それで恨みを持ったから断ったのか。はんっ! その程度で断るとは。思慮の浅い話だ」


 呆れるザイード王子だけど、俺はそちらへ顔は向けず、女王だけをじっと見つめ、こう問いかけた。


「女王陛下。あなたにとって、聖勇女とはどのような存在ですか?」


 その言葉に、ミストリア女王は眉をぴくりとさせる。


「……世界を魔王から救いし英雄。それだけの勇敢さがあり、力ある者達。そう思っておる」

「……きっと、王子や王女も、側近の方々もそうお思いでしょう」

「当たり前だ! 偉大なる聖勇女様だぞ!」


 今度はミルダ王女が不貞腐れ顔でそう叫ぶ。

 側近達も、何当たり前の事を言っているんだ? といった顔しかしていない。


 そう。誰もが同じ事しか考えてないんだ。

 聖勇女達だからこそ、皆を危機から救うのがだって。


「では、皆様に問います。あなた達は、自ら魔王と対峙した事はございますか?」


 その問い掛けに、「あいつは馬鹿じゃないのか?」なんてひそひ声も聞こえてくるけど、俺はそれにも構いはしない。


わらわを始め、この国の多くの者が、魔王との最終決戦に挑んでおるが……」

「それは存じております。ですがそれはあくまで決戦に挑み、魔王軍に挑んだだけ。魔王の眼前に立ち、魔王相手に直接戦ってはおりませんよね?」

「当たり前だ。それこそが聖勇女様達の役割だったのだからな」

「ではザイード王子。あなたがもしその役割を任されたら、あなたは魔王の元に立ったと?」

「無論だ。私は勇敢なるフィベイル出身。魔王などに恐れを成すなどあるものか!」

「でしたら、決戦前。あなたは自ら魔王と戦うと、彼女達や各国の王の前で進言なされたのですよね?」


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくだったザイード王子が、その一言で固まる。

 ……ったく。わかりやすい反応しやがって。


「ここに来る前、俺はキュリアより伺いました。あなたは決戦前に彼女と出逢い、彼女に惹かれ求婚までしたと。あなたはキュリアにそこまでの想いを寄せた。そんな愛しき相手が魔王の前に立ち戦う。そんな危険を犯さねばならない事を憂い、代わりに自らが魔王に挑む。そう進言はされなかったのですか?」


 淡々と、だけどあいつに思い知らせてやるべく俺がそう問いかけると、王子は顔を真っ赤にし、苦虫を噛み潰したような表情になる。


 だけど、言葉は返せない。

 そう。それが答えだからだ。

 キュリアからもそんな事聞いてないんだ。ただわがままを押し付けてただけだろ、どうせ。


 流石にその言葉は、同時に側近達をも沈黙させた。言葉を発せば、同じ問いをされるのが分かったからだろう。


「俺も魔王の前に立ち、戦った訳ではありません。ですがロミナ達と再会した時、彼女達から話を聞きました。魔王は本当に強く恐しい存在だったと。戦いの中、死の恐怖を感じながらも、必死に戦い続けたと。彼女達はそれだけの思いをしながら、皆の為、世界の為に戦いました。それは聖剣を抜き聖勇女となった者と、その仲間としての宿命なのかもしれません。ですが彼女達だって、元は一人の冒険者であり、一人の少女でしかありません。それこそ皆さんと何ら変わらないんです」


 魔王との戦いの事を思い返し、重くなった気持ちを吐き捨てるようにふぅっと息をいた俺は、じっとザイード王子を見つめた。


「未曾有の危機。それが魔王と戦う程の危険があるのかは分かりません。ですが、彼女達にそれを頼むという事は、それだけの危険を犯して欲しいという事でもあります。それだけのものを彼女達に背負わせるはずなのに、王子はただ力のない俺の存在を毛嫌いし、実力を試さねばとか、パーティーから外れてもらうべきだとばかり口にされました。ですが、俺達からそのクエストに挑ませて欲しいと話した訳でもないのに、聖勇女達と同じだけの実力があるか確かめるなどと言われるのがまず可笑しいです。大体試すだけの実力があるなら、想い人であるキュリアもいる聖勇女パーティーに依頼せず、王子自らが身体を張って解決に乗り出し、キュリアを危険に晒さない道を選べばいいだけ。我々の力など不要な筈です」


 俺から目を逸らし、歯がゆさに震えている王子から、今度はミストリア女王に視線を向ける。


「そして、そんな息子の矛盾した行為を咎めもせず、静観していた側近の方々や女王陛下も同様です。聖勇女パーティーは危険に挑むのが当たり前。そんな気持ちがあるからこそ、礼を欠いた態度でいられるのです。もし、同じ悩みを持っていたのが私が尊敬する友、ダラム王だとしたら、きっと辛い想いをさせる事に憂いを見せながら、我々に迷う事なく頭を下げていた事でしょう」


 この言葉には、静かになっていた玉座の間がまた少し騒がしくなる。

 そりゃ、一国の王を友と呼んだんだからな。

 まあ、ちょっと誇張はあるかもしれないけど、男の約束を交わした仲だ。きっと大目に見てくれるだろ。


「ダラムと知り合いなのか?」

「はい。嘘だとお思いでしたら、伝書でも送り聞いてみて下さい。武芸者のカズトを知っているかと尋ねれば、はっきり答えて下さるはずです」

「……どうりで。この場でここまで無礼を口にして、動じぬ訳か」


 女王の視線がヴァルクさんに向けられると、二人が一瞬、意味ありげに笑みを交わす。


 ……何だ? あの笑みは。

 俺がその行動の裏を考えそうになったその時、既に普段の表情に戻ったミストリア女王がロミナを見た。


「ロミナよ。これがお主がカズトを仲間とした理由か?」

「……はい。彼は以前も、聖勇女となった今でも、私達わたくしたちを一人の人として見つめ、気を遣い、優しさを見せてくれます。それは、聖勇女という重い宿命を背負い続けた私達わたくしたちにとって、とても心地よいもの。だからこそ魔王が倒れた今、ランクなど気にせず、共に仲間でありたいと望んだのです」

「そうか。良き絆に恵まれたのだな」

「……はい」


 優しき彼女の言葉に、ほんの一瞬優しき笑みを浮かべたミストリア女王は、ゆっくりと立ち上がるとこう宣言した。 


「今日の謁見はここまでとする。聖勇女一行には一度お引き取り頂こう」

「なっ!?」

「母上!?」


 女王の一言に、王子や王女も、側近達も狼狽うろたえだした。

 唯一ヴァルクさんだけが平然としているけど……何故だろう。あの人の態度は、まるでこうなるのが分かっていたような落ち着きようにも見える。


「皆の者。静かに」


 騒ぎ立つ周囲を静かな言葉で制し、彼女は俺に視線を向けてくる。


「カズトよ。わらわを始め、ここにいる者達の非礼は詫びよう。本当に済まなかった」

「あ、いえ。それはお互い様です。大変失礼致しました」


 俺は女王に釣られて深々と頭を下げる。

 ……実はこの人も、ダラム王やマーガレスに近いのか? 人ってこうもすぐ考えを改めるなんて難しいと思うんだけど……。


 少し意外な気分になりつつ成り行きを見守っていると、彼女は続けてこう俺に問いかけてきた。


「今はみな、お主の言葉に揺れておる。そのような一枚岩ではない状況でこのような申し出をしては、国や聖勇女達の事を考えたとは言えぬだろう。だがもしその想いを一つにできた時には、改めて力を借りたいと願い出ようと思うのだが。よいか?」

「……はい。その時が来ましたら、善処させて頂きます」

「ありがたい。では、聖勇女一行のと謁見はここまでとする」

「ははっ」


 女王の一言に、ヴァルクさん以外の側近達が一同にひざまずいた後、皆が一礼する。


 ……この謁見。俺は五体満足で帰れるって事でいいんだよな?

 ザイード王子やミルダ王女の苛立ちと反省の入り混じった複雑な顔。側近達だって俯きながらもはっきり戸惑ったまま。だけど誰も咎めてはこないみたいだし……。


 こうして、初めてのミストリア女王との謁見は、物別れに終わったんだ。

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