第二話:女王と王子、時々王女

  大きな扉の脇に立つ衛兵達が、ヴァルクさんを見ると敬礼する。


「女王陛下の客人を連れて来た。通してくれ」

「はっ!」


 彼等が返事と共に扉を開いていくと、女王達のいる場所まで、煌びやかなカーペットが引かれていた。


「ヴァルクにございます。聖勇女様方をお連れ致しました」

「通すが良い」


 玉座の間の入り口で立ったまま礼をしたヴァルクに、落ち着いた女性の声が返る。その声は何処か涼しげっていうか、クールな印象だ。


 ヴァルクさんが俺達を先導するように歩き出し、俺達もそれに続く。

 脇に立ち並ぶ文官から腕の立ちそうな兵士達。きっと彼等が女王の側近達だろう。


 カーペットの先、少し段の高い場所に座る三人。彼等がこの国を治める王族か。


 向かって左に座るのは十七、八歳位の暗めの赤髪を持つ獣人族の青年。彼がザイード王子か。

正直もっと軟派な雰囲気を想像してたけど、見た目目つきも鋭いし、笑わない堅物な印象に見える容姿端麗な奴だ。


 反対の右手には、十二、三歳位の金髪の獣人族の少女。見た目にもこの先美人になるであろう雰囲気をはっきり感じさせる、何となく気が強そうな、ある意味王子に雰囲気の似た子だな。確か名前はミルダ王女だったかな。


 この二人も若いとはいえ凄味があるんだけど、俺はそんな二人より、中央の玉座に座る女王の雰囲気に目を離せなかった。


 子供二人とはまた違う長い銀髪。

 周囲の側近を含め、露出度の高いこの地方らしい服装の中、一人薄い水色のドレスを纏い、頭には豪華な王冠ティアラをした彼女は、森霊族らしい長い耳と、年齢の分からない、しかし整った線の細い美女と言って差し支えない綺麗さを持っていた。


 表情に笑みはなく、この暑い土地柄にあって、何処か冷たい、氷の女王っていう雰囲気を感じる。

 この人がミストリア女王か。

 風格と威厳を感じるし、否が応でも緊張させられるな。


 ヴァルクさんが段の下で足を止めると、俺達も歩みを止め、片膝を突きひざまずき、うやうやしく頭を下げる。


「ヴァルクよ。ご苦労であった。脇へ」

「はっ」


 返事と共に彼が横の側近の列に加わると、一気に玉座の間は静けさに包まれた。


「女王陛下。本日はお招きに預かり光栄にございます」

「堅苦しい挨拶など無用だ。聖勇女一行よ、顔を上げよ」


 緊張した声でロミナにミストリア女王が応えると、俺達はひざまずいたまま顔を上げる。

 女王陛下は笑ってはいない。とはいえ嘲笑ったりしている雰囲気もないし、こういうひとって事なんだろうな。


わらわの招待に応え足を運んでくれた事、感謝しておる。みな元気にしておったか?」

「はい。お陰様で」

「ロミナよ。お主は一時体調を崩しておったとマーガレスより聞いたが……」

「お気遣い心入ります。既にそちらも完治致しました」

「それは吉報だ。時に先日、マルージュにて二度目の魔王討伐を成したとも聞いた。再び世界の危機を救いし所業には本当に感謝している。皆に変わり礼を言わせて貰うぞ」

「有り難きお言葉にございます」


 女王との会話をそつなくこなすロミナ。

 とはいえ、返す一言一言に緊張感があるのは、きっと相手故なんだろうな。


「して。一行に見慣れぬ者が加わったようだが……」


 っと。

 何時来るかと思ってたけど、早速か。

 鋭い視線と共に、女王だけでなく王子、王女、側近までもこっちに視線を向ける。

 何処か王子と王女の俺を見る目がちょっと厳しいな。


「はい。二度目の魔王討伐後、仲間に加わりました、アンナとカズトにございます」

「どのような経緯で仲間となったのか?」

「アンナは師、シャリアの元に仕えし者でしたが、冒険者に憧れていたとの事で、共に旅する事に。カズトは聖勇女と呼ばれる以前、私達わたくしたちを魔王軍より救ってくださった恩人です。先日偶然再会し、一人で冒険者として活動していると聞き、お誘いした次第です」

「そうであったか。しかし、聖勇女一行に男が加わるとは。余程の想いでもあったか?」

私達わたくしたちが聖勇女一行としてこうやってあれるのは、彼に助けられたからこそ。その恩義を返す為、共に旅をしたいと考えました」


 ……恩義、か。

 ロミナの言葉に彼女の本音が含まれている気がして、内心ちょっと嬉しくなる。とはいえ今は謁見中。流石に頬を緩める訳にはいかないな。

 俺がそんな気持ちを抑えていると、


「だが、みなピュアミリアのブローチを付けておるではないか。それに意味はないと?」


 と、少し不満げな声でミストリア女王とロミナの会話に割り込んだ奴がいた。謁見中なのに肘当てに片肘で頬杖を付き、片足を組んだまま不満げにこっちに冷たい目を向ける男。ザイード王子だ。


 意外に誰も触れてこないんで気にしてなかったけど、俺達パーティーは皆、それぞれ襟元や胸元にお揃いの丸く黄色い花をあしらった小さなブローチを付けている。


 元々俺がロミナに再会を願掛けして贈ったのがきっかけで、今や俺達パーティーの象徴として身に付けているんだけど。

 でもこれ、ピュアミリアっていうのか。真葛さねかずらに似てるからって贈ったけど、その後本当のモチーフなんて調べてなかったっけ。


「……王子。恐れながら、こちらの花に込めし想いは花言葉である純潔。そして命を救ってくれた恩人と再会できた感謝の意を込め、仲間としてみなで身につけようと決めた物です。それ以上の他意はございません」


 少しの間を置き、ロミナがそんな弁明をすると、


「兄上に嘘をついておらんだろうな?」


 と、やや甲高い声でミルダ王女が続く。


「はい。絆の女神に誓って」


 凛とした声でロミナがそう返すと、


「そ、そうか。それであれば良いのだ」


 と、ずっと仏頂面だったザイード王子が、露骨にほっとため息を漏らす。女王は少し疑った視線を変えないけど。


 しっかし王子の反応……きっとお揃いってのが癪に触ったんだな。


「コホン」


 息子達が落ち着いたのを見計らい、軽く咳払いしたミストリア女王が再び口を開いた。


「さて。聖勇女達よ。ここに呼び立てたのには訳がある」

「訳、でございますか?」

「うむ。わらわに力を貸してはくれぬだろうか?」


 ん? 力を貸す?


「どのようなお話でしょうか?」

「うむ。砂鮫サンド・シャーク狩りに手を借りたいのだ」

「僭越ながら、そちらは例年冒険者達を集い行われていると伺っており、先日も討伐隊が出ていたと記憶しておりますが……」


 予想外の申し出だったのか。

 ロミナの脇でひざまずいていたフィリーネが、言葉を選びつつ尋ね返す。

 まあでも、俺もこれにはちょっと首を傾げていた。

 手練れが揃う狩りに、聖勇女が出向く意味があるのか?


 そんな俺達の疑問を肯定するように、ミストリア女王はひとつため息をいた。


「本来は其方達そなたたちの手を煩わせる程の事ではない。ただ、此度こたびは色々と異変があってな。仮にわらわの不安が現実となれば、この国が未曾有の危機に立たされるやもしれんのだ」


 未曾有の危機って、砂鮫サンド・シャーク狩りが?

 言葉の重さと依頼内容と噛み合わず、もやもやした気持ちで成り行きを見守っていると、


「母上。聖勇女達には以前いなかった見知らぬ者もいるのです。その者達の実力も知らず願い出るのは、流石に納得できません!」


 そんな強い反発を見せたのはザイード王子だった。途中ちらっと俺を睨みながら。


「……確かに。以前からおる者達は知っておるが、後ろ二人の腕前は何も知ってはおらんな」

「おい! 後ろの二人! 職とランクを答えよ!」


 女王の言葉に間髪入れず、頭ごなしに叫ぶミルダ王女。

 ……こりゃ面倒になってきたな。


 ちらりとアンナに目配せすると、彼女はこくりと頷く。


「アンナと申します。職は暗殺者。ランクはAにございます」


 先に名乗りを上げたアンナの言葉に、周囲の側近達が騒がしくなる。

 ランクではなくって事に驚きを覚えたんだろう。

 まあ、聖勇女とはかけ離れた職業だから仕方ないか。


「そっちの男は?」

「……カズトと申します。職は武芸者。冒険者ランクはCです」


 王子に促され俺も自己紹介をしたんだけど、こっちはこっちで周囲がより大きく騒めいた。

 魔王を倒した最上位のLランク一行にいるのがCランクってのは、格下もはなはだしいしな。


 望んだ以上の答えだったのか。

 ザイード王子はフンッと鼻で俺を笑った後、再び女王を見た。


「母上。アンナ嬢はまだしも、あの男の実力は遠征している冒険者以下。そんな者はただの足手まとい。パーティーから外れて貰うか、せめて相応の実力があるか試さねば、側近達にも申し訳が立たぬでしょう!」


 鬼の首を取ったように、鼻息荒く女王に進言する王子に、流石にミストリア女王も思案しているようだけど……。


 ……はぁ。ったく。

 俺は内心ため息を漏らす。


 正直、ここまでの会話で色々思う事はある。だけど、昔ダラム王の前で起こした黒歴史は流石に繰り返せないしな。だからここは我慢我慢……。


 そう思っていたはずなのに。


「貴様! 実力もない者が、我等の考えに不服でもあるというのか!」


 直後、俺はザイード王子に強く怒鳴られた。

 って、もしかして俺、ため息普通に漏らしてたのか!?


 ふと視線を上げると、ロミナ達も跪いたまま顔を俺に向けている。とはいえ、それはその行為を責めてるように見えない。


「カズト」


 そんな中。ロミナがぽつりと俺の名を呼ぶと、静かにこう口にした。


「言いたい事があるなら話していいよ。あなたは、私達のリーダーだから」

「なっ!?」

「う、嘘じゃ!?」


 瞬間。ザイード王子とミルダ王女が驚愕した声をあげ、周囲の側近達も「どういう事だ」なんてざわめき立っている。

 ヴァルクさんやミストリア女王も、流石に唖然としてるじゃないか。


 まあ、それだけの事をロミナは口にした。Cランクの俺をリーダーなんて呼んだんだから。


 覚悟を決めているのか。皆は凛とした表情をしてるけど……。

 ったく。こんな時にその話を持ち出して良しとするとか。お前達もどうかしてるぜ。


 仲間達に頷いた後、俺は心に一つ覚悟を決めるとゆっくりと立ち上がり、ミストリア女王に正対し、こう宣言したんだ。


「では。女王陛下。今回のお話、お断りさせて頂きます」


 ってな。

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