第九話:指きりの約束

 キュリアの話を要約するとこうだ。


 魔王との決戦直前。

 各国の国王、女王が勢揃いした決起集会がロムダート王国王都、ロデムの城で執り行われたそうなんだけど、そこでミルザリア女王の息子、ザイード王子と出会ったらしい。


 普段からあまり笑わない、だけど威厳を振りかざすような態度の大きい王子。キュリアは第一印象からあまり良くないと思ってたんだそうだ。


 で、そいつが聖勇女パーティーに挨拶しに来た時、一目惚れしたとかで猛アタックを受けたんだそうだ。


 やれ、何か欲しいものはないか。

 やれ、一緒にダンスを踊らないか。

 仕舞いには「我がきさきとなってほしい」なんてプロポーズを受けたらしいけど、彼女はその全てを断ったそうだ。


 理由は、


「興味、なかったし。話してて、気分悪かったから」


 らしいけど、同時に王子の間の悪さもあったんだろう。


 キュリアが言うには、ロミナ達も自分も、集会の緊張感の中、魔王と戦う覚悟を決め、恐怖に抗おうって集中してた時。

 そんな時に、さも決戦などどうでもいいと言わんばかりに、そんな理由で厚かましく話しかけてきた彼が、本当に空気が読めていなくて嫌だったんだとか。


 俺はザイード王子を知らない。

 だけど、その光景に出会でくわしたら、きっと彼女同様にイラッとしたに違いないし、だからこそ再会した時の事も容易に想像できる。


「……そりゃ、面倒な奴だな」

「でしょ? 宮殿に行ったら、絶対また、しつこくされる。それ、やだったの」


 軽く片付けを終えた俺達は、テーブルに並んで俺が淹れた紅茶を飲み一息く。

 この暑い国でも勿論ここは空調完備で涼しいからな。温かい紅茶も美味い。


 しかし、興奮気味というにはリアクションは控えめなものの、話していく内にキュリアも怒りを思い出してか。少し不貞腐れた顔で俺に不満を訴えてきた。


 確かに嫌な奴に再会するってのは気分が乗らないのは俺だって分かるし、だからこそこいつの言い分も分かる。

 だけど、相手は王族のわがまま王子か……。


 うーん。どうするか……。

 顎に手を当て、俺が頭を捻っていると、キュリアは少し不安そうな顔で、こっちを見つめてきた。


「……カズトは、行って欲しいって、思ってる?」


 問いかけに彼女なりの気遣いがあるのを、俺はその顔を見て理解する。

 ……きっとこいつも腹を割って話してくれたんだろ。だったら、本音を話すべきだな。


「……半々、かな」

「半々?」

「ああ。キュリアがどれだけ王子を嫌ってるかは分かったし、無理させたくない気持ちが半分。でも同時に、お前は俺やアンナと違って、魔王から世界を救った聖勇女パーティーの一角を担ってる。そんなお前がそんな理由で謁見しなかったとしたら、色々と面倒になりそうかなって」

「面倒?」

「ああ。俺は王子をちゃんと知らないから推測しか出来ないけど。そのせいでロミナ達に邪険な反応したり、辛く当たったりとかしないかなって」

「じゃあ、仮病、使う?」

「それも考えたけど、きっとそいつの性格なら、『キュリア殿は何処で療養しているのだ!?』なーんて言って、慌てて押しかけてくるに違いないぜ」

「う……あり得そう……」


 まるで不味い飯を食ったかのように、うえっと露骨に顔を顰めるキュリアを見て、思わずちょっと笑ってしまう。

 そこまで嫌われてるのか。一度呪いで嫌われた俺ですら、こんな顔された事ないってのに。


「キュリア。お前はどうしたい?」

「……王子に会うの、やだ」


 俺の問いかけに俯いた彼女が気落ちしながらそう本音を漏らしたんだけど。その直後の

口にした一言に、俺は少し驚いてしまった。


「でも、カズトや皆、困らせたくない」


 普段何を考えてるか分からない。だけど、やっぱりキュリアも仲間は大事だと思ってるし、ちゃんとこいつなりに考えてる。


 改めてそんなキュリアの姿を見た俺は、ふっと微笑んだ。


「……ったく。皆にもそう言えば良かったろ」


 頭を撫でてやると、彼女は少し恥ずかしそうにはにかんだ後、ふっと俯き加減になる。


「だって皆、行こうってしか、言わなかった」

「さっきみたいな話もしないでか?」

「うん。だから、分かってくれてないって、思ってた。でも……きっと、ロミナ達、カズトみたいに、考えてくれてたんだよね」

「……そうだな。あいつらも優しいから、きっとお前を苦しめるのを分かっていながら、それでも苦渋の決断をしたんだろ」


 俺がそんな言葉を掛けると、キュリアがしゅんとしてしまう。

 きっと反省してるんだろうし、こういう気持ちが持てるなら大丈夫か。


「キュリア。二つ、約束してくれないか?」

「……どんな?」

「ひとつは、悪いけど一緒に女王に謁見してほしい。勿論ザイード王子が何か面倒な事言ってきたら、前みたいに素直に断ったり、邪険にして良いから」

「皆、困らない?」

「まあその時はその時、うまくやる」

「……わかった」


 俺を見上げたまま、素直にこくりと頷く彼女を見て、俺はちょっとほっとする。


「もうひとつは?」

「ああ。こっちの方が重要だから、ちゃんと聞いてくれ」

「うん」

「いいか? 皆と喧嘩してもいい。けど、その時に精霊の力なんて使うな」

「何で?」

「……お前、マルージュで俺とお前達が戦ったの、覚えてるか?」

「……うん」


 キュリアが俺の言葉にハッとすると、ちょっと寂しそうな顔で視線を逸らした。


 ……以前、俺達はマルージュで戦った事がある。


 四霊神ワースが、シャリアやアンナを捕らえた時、解放する条件として出された試練で、俺は俺として見てもらえなくなり、こいつらに酷く嫌われてさ。

 それでも聖勇女パーティーに加わなきゃいけなかった俺は、雨の中土下座してその願いを懇願したんだけど、その流れで一戦交える事になったんだ。


「……ロミナ達はあの時俺を傷つけて酷く後悔してたし、お前も俺が傷つくの辛そうに見てたろ?」

「……うん」

「いいか? 精霊術ってのはどんなにうまく制御したって、意図せず人を傷つける場合だってある。お前が万霊術師として強い力を持ってるなら尚更だ。俺は、お前が仲間を傷つけて、あの時みたいな想いをして欲しくないんだ。分かるか?」

「……うん……」


 当時の気持ちを思い出したのか。憂いある顔のまま顔を上げず、ぽつりと答えるキュリア。

 俺だって寸止めとはいえ、ロミナやミコラに刀を振るうだけでも辛かった。

 ああいうのはもう、経験すべきじゃないんだ。


「いいか? もしそんな気持ちが生まれたら、フィネットを思い出せ」

「お母様を?」

「ああ。あの人は皆に優しかった。そもそも仲間と喧嘩するようには思えないけど、そうなったとしたって、簡単に精霊を使い、仲間を傷つけるかもしれないような真似は絶対しない。前にも言ったけど、お前はそんな偉大で優しい母親みたいになるんだ。わかったか?」

「……うん」


 魔王軍から世界と世界樹を護るため、命を散らしたキュリアの母親。万霊の巫女であり、万霊術師だった女性、フィネット。


 死んだ後も、俺にロミナ達を救う為に力を貸してくれた彼女は、生前も本当に優しい、聖母と呼ぶに相応しい位の女性だったからな。

 偉大で尊敬する母親の名を出されたキュリアは、表情を引き締めるとしっかり頷く。


 ……うん。これでいい。

 後はしっかり約束させないとな。


「じゃ、キュリア。右手を出して」

「右手?」

「ああ。こうやって握って、小指だけ立てて見て」


 不思議そうな顔をしながら、彼女は見様見真似で右手を握ると、小指を立てる。そこに、俺も同じく握った右手を出して、小指を絡めた。


「え? 何、これ」


 突然の事に目を丸くしたキュリアに、俺は笑う。


「これは俺の世界で、約束を守ろうって時の決意表明みたいなもんさ」

「ふーん……」


 まあ突然こんな事すりゃポカンとするか。

 流石に指きりげんまんを歌ったり、その細かな意味までは口にしない。まあ結構えげつない約束の歌だし。

 だけど、こういう感じで形だけでも約束しとけば、きっとこいつも覚えてくれるだろ。


 俺が小指を曲げ軽く力を入れると、自然に彼女もそれにならう。


「いいか? 約束だぞ?」

「うん。約束、する」


 小指を絡めたままゆっくりと手を縦に振ると、ふっと小さくはにかんだ彼女も釣られて手を動かす。


 ……きっと、この約束で辛い想いをするかもしれないけど。いざとなったら、ちゃんと護ってやるし、庇ってやるからさ。


 俺はそんな想いを込め、彼女と指きりをしたんだ。

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