第八話:自分語り
この宿の四階には、部屋が一室しかない。
ある意味最も広く豪華な部屋。それ故に彼女達も落ち着いて過ごせるはずの部屋だったんだけど、今そこにいるのはキュリアだけ、か。
何となく広い部屋にぽつんと残っている彼女を想像し、少し胸が痛む。
俺が事態を収束させるには、キュリアに嫌われる覚悟で話を押し通すか、彼女だけは謁見させないようにするかを選ばなきゃいけない。
だけどきっと、連れて行かなきゃ女王や王子のロミナ達への風当たりが強くなりそうだよな……。
まあ、仕方ない。
あいつの反応を見ながら考えるとするか。
俺は壁に掛かったランプの淡い光に照らされながら、階段を上がった先。短い廊下の突き当たりにある扉の前に立った。
一度目を閉じ、ふうっと長く息を吐く。
……よし。
コンコンコン
「キュリア。いるか?」
ノックと共にそう声を掛けるけど、すぐに返事は返ってこない。
ん? 暴れ疲れて寝てるのか?
俺は一旦扉のノブに手を掛け回してみるけど、鍵が掛かっていて回らない。
……俺の部屋に皆が勝手に入れたのは、きっとフィリーネの魔術、解錠か、暗殺術にもある
勿論俺だって同じ事はできる。けど、それは流石に気がひけるしな。
「キュリア。寝てるのか?」
もう一度声をかけてみるけど、反応がない。
話したくなけりゃ無理させてもいけないし、これで反応がなければ一旦出直すか。
そんな気持ちで少しだけ待っていると、
「……起きてる」
扉の向こうから、ぽつりと彼女の声が聞こえた。
「そっか、良かった。今、話す気はあるか?」
「……あの話なら、やだ」
ストレートな否定の返事。
そこに何となくちょっと迷いがあるようにも感じるけど、だからってそこを突いて強引に話を押し通したって始まらない。
まずはゆっくり気楽に話をしていくか。
「じゃあ、話を聞く気はあるか?」
「……あの話は、やだって言った」
「じゃ、それ以外の話なら良いか?」
「え?」
今度は思ったより早い反応。
きっと予想外だったに違いない。
俺はふっと笑うと、扉に背を向け
「実は俺も、さっき美咲と口喧嘩してさ」
「……なんで?」
「あいつ、冒険者になって俺の側にいたいって言い出したんだ。それを俺が止めて……それで」
つい数時間前の出来事。
たったこれだけの事を語っただけで、美咲の泣き顔が思い浮かんだけど、俺は少しだけ込み上がるものをぐっと飲み込み、続きを語る。
「俺、酷い奴でさ。あいつなりに決意して口にした言葉だって分かってたのに、ダメだって一喝したんだ」
「どうして?」
「……人を傷つけて、時に殺さなきゃいけないから」
「……冒険者になるなら、仕方ないよ」
背中に届くキュリアの抑揚のない言葉は、彼女にとっての現実と覚悟、そして住んでいる世界の違いを感じる。
この世界に住む冒険者だからこその反応。
まあ、冒険者が皆こうって訳じゃないだろうけど、成り立てでもなけりゃこうもなるのは普通。だけど……。
「ああ。だけど俺の元いた世界の住んでいた国は、普段人を殺したりするような所じゃないんだ」
「……平和、だったの?」
「かもな。少なくとも、俺の住んでた国は」
「でも……カズト、冒険者に、なったんでしょ?」
「それは止むなくさ。アーシェに女神の力を取り戻させてやる必要もあったし、旅をするなら自分の身を守る力も必要。だからこそ、冒険者って道を選びはした。だけどそんな俺ですら、最初は誰かを手をかけるなんて嫌悪感しかなかったし、今だって
ふぅっとため息を
振り返る度に蘇る、正しい事をした気持ちと、罪悪感の葛藤。
……ほんと。
俺は美咲の事をちゃんと考えられてるんだろうか。そんな不安が心で大きくなりかけた時。
「……カズト。優しいね」
「いや、全然だろ。あいつにこの世界の現実を突きつけて、側にいたいって気持ちを踏みにじった。最低だよ」
「そんな事、ないよ。きっとミサキ、分かってくれる」
「……だといいな」
優しさを感じるキュリアの声を耳にして、ふっと心が軽くなった気がした。
なんかこの感じ、フィネットと会って話した時の感覚を思い出す。やっぱりお前も優しい母親に似てるって事か……。
って。あいつの緊張を解こうと思ったとはいえ、何を話してんだよ俺は。ったく。
「悪い。勝手に変な話を聞かせて」
「ううん。皆、あんまりこういう話、してくれないから。ちょっと、嬉しい」
「そっか。聞いてくれてありがとな」
俺が礼を言うと、程なくしてカチャリと鍵が開く音がした。
扉から離れて振り返ると、ゆっくりと、半分だけ開けられた扉に半分隠れるように、琥珀色の瞳が俺に向けられる。
「……入って、良いよ」
「……ありがとう。邪魔するよ」
俺の笑みに釣られてキュリアも笑う。
けど、それはロミナ達とはまた違う、何処か疲れた顔。よく見れば少し目も赤いし、きっと彼女も今回の謁見の話を聞いて、一人号泣したんだろ。
部屋の中は……結構荒れてるな。
ベッドの布団やシーツが捲りあがり、テーブルの上の倒れて溢れた紅茶が拭かれずに置かれたまま。風の精霊シルフでも操って暴れたであろう事がよく分かる。
「……汚くして、ごめんなさい」
「確かに。相当暴れたんだな」
「……だって、嫌だったから」
部屋の扉を閉め、その惨状を眺める傍で、キュリアが俯き、低い声で呟く。
……まったく。
昔の大人しいお前じゃ想像もできないな。
俺はくしゃくしゃと、彼女の瞳と同じ琥珀色の髪を撫でてやる。
「じゃ、まずは片付けをしよう。手伝ってくれるか?」
「……うん」
嫌々、という感じはしない返事に少しホッとしつつ、俺達は部屋の片付けを始めた。
彼女にはテーブルの上のカップ類を流しに運んでもらったり、タオルで溢れた紅茶を拭いてもらい、俺はベッドを順に整え直していく。
そんな中。
「……カズト。お話、聞いてくれる?」
テーブルを拭きながら、キュリアがこちらを見ずにそう呟く。
「ああ。いいぜ」
「ありがと」
俺の返事に礼を返した彼女は、少しずつ当時の嫌な思い出について話してくれたんだ。
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