第七話:新たな問題

 あの後、俺達二人はあまり会話らしい会話もせず、気づけば日が暮れる時間となっていた。


 流石にずっとこのままも気まずいしと、俺は美咲に宿に戻ると伝えたんだけど。

 丁度応接間にやって来たガラさん達が、一緒に食事をして帰らないかと気を利かせてくれて、美咲も「お兄ちゃん。そうしよ!」と気丈に笑顔を向けてきたもんだから、結局断り切れず夕食を一緒にご馳走になる事になったんだ。


 昨日同様子供達とは別のテーブルに座り、賑やかな孤児院での食事風景を感じる中。


「しかしミコラの奴。夕食まで帰って来んとは」

「本当に。『ちょっと出掛けて来る』なんて言って出て行ったのに。こんな時間まで何処ほっつき歩いているのかしら」


 同席するガラさんとミーシャさんの見せた呆れ顔に、俺と美咲は釣られて苦笑した。


「きっとロミナさん達の所で盛り上がってるんじゃないですか?」

「でもその割に随分慌てた表情だったのよね。何があったのかしら?」

「ミロさんから何か聞かなかったんですか?」

「それがあいつも『ミコラにしか話せない内容なんで……』と困った顔をしてて、事情は聞けなかったんだよ」


 ミコラにしか話せない内容、か……。

 何となく俺の予想が当たったのか? なんて思ったりもしたけど、何となくさっきまでの事もあって、それに興味を持つとかいう気持ちまでは持てないでいた。


 けど、ガラさん達と美咲がこうやって仲良く談笑する姿は、ある意味自然にも見えて、俺は何となくホッとした気持ちになる。

 今は彼女がここで、少しでも平和な暮らしができればって祈るばかりだな。


   § § § § §


 気が休まる温かな時間を過ごした後、俺は一人、夜の街を宿に向け歩いていた。


 一応美咲には、明日も顔を出すとは伝えたし、あいつも待ってるとは言ってたけど。今日の明日でどんな顔をして逢えばいいんだ?

 普段通り何事もなかったかのように、話なんて出来るんだろうか?


 行きとは違う悩みを抱えたまま、俺は夜の街の中、煌々と輝く宿の前に立つ。


 ……辛気臭い顔してたら心配されるよな。

 頭を切り替えないと。


 一度大きく深呼吸した後、気持ちを切り替えるように「よし」と呟いた俺は、普段通りの気持ちで宿に入って行ったんだけど……。

 その先でまた、困った顔をする事になるなんて、その時は思っても見なかった。


   § § § § §


「……あれ?」


 俺が自分の部屋に戻ろうと、宿の三階にあがった時の第一声はそれだった。


 鍵を掛けて部屋を出た筈なのに……廊下の一番奥。俺の部屋の扉が僅かに開き、光が漏れている。

 俺は一瞬困惑したけど、直ぐ様頭に過ったのは物取りの存在。


 一応貴重品は全て手元にあるし、戦う為の相棒武器もある。

 取られて困る物はそれ程ないとはいえ、そこにまだ犯人がいて鉢合わせになったら、そりゃ問題だからな。


 俺は暗殺術、静かなる猫サイレントキャットを使い、音を立てず忍び足で、ゆっくりと扉に近づいていき、扉の側で聞き耳を立てた。


「……はぁ……」


 誰かのため息に、


「むぅ……」


 誰かの考え込むような唸り声。


 ……ってこれ、ミコラとルッテじゃないか。何で勝手に人の部屋入ってるんだよ?


 妙な緊張感から解放されほっとした俺は、静かなる猫サイレントキャットを解くと、ゆっくりと扉を開けた。


「おい。お前達、何で……」


 そこまで言いかけた俺の言葉が止まる。

 そりゃそうだろ。そこには、ロミナ達が手狭の部屋を支配してたんだから。

 しかも、皆困った顔で。


「あ、カズト。その……お帰りなさい……」


 ロミナの何処か気まずそうな言葉に、ぽかんとしていた俺ははっと我に返った。


「いや、お前達。何で勝手に俺の部屋に……」


 そこまで口にした所で、ふとこの状況にある違和感に気づく。


 ロミナ。ミコラ。ルッテ。フィリーネ。アンナ。そしてアシェ。

 各々おのおのベッドや椅子に腰を下ろし、俺を見ている。

 そう。が。


「……なあ。キュリアはどうしたんだ?」


 質問をし直した途端。


「……悪い……」


 最初に頭を下げたのは、猫耳をペタンと伏せ、すっかりしょげかえっているミコラ。


「実は、キュリアが私達を部屋から追い出したのよ」


 参ったと言わんばかりに肩をすくめるフィリーネも、何処か疲れ切った顔。


「何でだ?」

「……宮殿の使者がミコラの元に参ったそうなのです」


 俺が思わず尋ねると、アンナもまた疲れ切った顔を見せた。

 一悶着あったのか。普段なら綺麗に整ったふわりとした茶髪から、所々毛が跳ねていているのは相当珍しいな。


「宮殿からの使者って何があったんだ? あ、もしかして研究館の館長が話を漏らしたのか?」

「ううん。それは大丈夫だと思う。何でもディガットでの一件が城の人達の耳に入ったらしくて。それで、私達に一度宮殿に顔を出して欲しいんだって言伝ことづてされたの」

「誰からのだ?」

「それが……ミルザリア女王らしいの」


 ロミナの困惑した表情を見ながら、俺はやっと頭の中の情報をひとつにまとめあげる事ができた。


 つまり、ミコラの家にやってきたミロが宮殿の使者で、この話を聞いたミコラが慌てて皆に話しに飛び出したのか。

 そしてこの話を聞いて、一番嫌がったのは間違いなくキュリアだろう。きっと彼女が子供のように駄々をこねて、皆を部屋から追い出したに違いない。


「じゃがしかし、彼奴あやつが王子を嫌っておるのは知っておったが、よもやここまでとは思わんかったわ」

「本当ね。まさか精霊まで使って私達を追い出すなんて……」

「は? 精霊を使って!?」


 まさか、あのグラダス亭の一件みたいに暴れたってのか!?

 あいつが? 仲間相手に!?


わたくしも皆様とご一緒して間もないとはいえ、あそこまでお怒りを見せたキュリアを見た事はございませんでした」

「……悪い。正直俺もここまでとは思ってなかったし。でも、流石に女王直々じゃ断れねーかなーって思ったから、話すしかねーかーって思ったんだけどよ……」


 またも皆から漏れるため息。

 そして、力無くこっちに皆の視線が向く。


「……カズト、その……キュリアの様子、見てきて貰えないかな?」 


 おずおずと、上目遣いにそんな願いを口にするロミナだけど……。この様子じゃ、彼女達じゃ埒があかないって事だよな。


 ……ったく。

 美咲の事で落ち込む暇もないって事かよ。


 思わず頭を掻いた俺は、ふっと自嘲する。


 ……これもまた、俺が望んだ道か。

 ロミナ達の事も、美咲の事も。


 だったら、避ける訳にはいかないだろ。大体ディガットの件だって、俺に責任があるんだしな。


「分かった。皆はここで待っててくれ」


 俺はそう言い残すと、くるりと踵を返し、一人キュリアがいる四階の部屋を目指したんだ。

 

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