第六話:非情な現実
「……ダメだ」
俺は美咲の言葉を短く否定すると、ぐっと口を真一文字に閉じ俯く。
自身の中で持っていた嫌な予感。それが現実となった事を後悔して。
「何で?」
「……ガラさん達が、面倒見てくれるだろ」
「それは答えになってない」
「お前がそこまで無理する必要ない」
「でもそれじゃ、和人お兄ちゃんと一緒に居られないでしょ」
「別に一緒じゃなくても──」
「そんなのヤダ!」
言葉が強くなっていった美咲が、突然バンっと両手をテーブルに突き、俺に向け身を乗り出してくる。
「確かにガラさん達は優しいし、ミトラさんやミラちゃん、ミケちゃんや子供達といると気分も紛れるよ! でもずっと不安だったの! 知っている人が誰もいないこの世界で、一カ月ずっと一人で。何時帰れるのかも分からなくって、不安で寂しかったの! でも和人お兄ちゃんが居た! 私を知ってるたった一人の人が居てくれた! だから私は一緒に居たいの!」
顔を歪め、ぎゅっと唇を噛んだ美咲が、じっと俺の目を見つめる。
あいつの覚悟が分かる。あいつの想いも分かる。
その目に浮かぶ物。その顔に見せてる物。
それで強く伝わってくる。
だけど……。
「冒険者はきっと危険だってお兄ちゃんは言いたいんでしょ!? でもお兄ちゃんだって頑張ってこれたんだもん! だから私も──」
「ダメだ!」
俺は、強く叫んだ。
彼女の想いを知りながら。
彼女を傷つけるのを知りながら。
あまりの大きな声に、顔を上げた俺の目に映る美咲が涙顔のまま唖然とする。
歯痒さに顔が歪めてしまう。
だけど俺は、じっと美咲の目を見つめ返した。
「……なんで……」
「いいか。この世界はゲームでも何でもない。俺もお前も別の世界の現実にいる。だから、冒険者だけはダメだ」
「そんなの分かってる。危険なのだって分かってる。だけど私も頑張って足手まといにならないようにするから。だから──」
「そうじゃない」
「じゃあ何で!」
「お前が向こうの世界に帰るからだ!」
俺は叫び返しつつ立ち上がると、あいつの肩をがっと掴んだ。
「いいか!? 足手まといなんて話じゃない! 冒険者ってのはな。時に生き物を、時に人を殺さないといけないんだぞ!? ゲームじゃない。己の手で、己の力で誰かを殺さないといけないんだ! 俺達の世界じゃそれは犯罪だし、そんな経験なんてしないしする必要もない。だけど、この世界の冒険者ってのは、それが日常茶飯事なんだ! 時に罪悪感に駆られ、時に後悔で眠れない日々を過ごす事だってあるんだぞ!? そんな覚悟できるのか!? 血に塗れた手を見て、お前はそれでも平常心でいられるのか!? 無理だろ!? お前はそんな冷たい奴じゃない! お前は優しいんだから! だからお前はそのままでいるんだ! お前が元の世界に戻りたいなら尚更だ! 誰かを殺す経験なんて要らない! 何かを殺す所を見る必要なんてない! だからこそ、ここでガラさん達の世話になりながら、向こうと変わらない普通の生活をするんだ! 絶対、俺が……お前を元の世界に帰してやる。だから……」
身を振るわせ肩を掴む俺を、茫然と見つめる美咲。だけど、その顔色が青くなったのを見て、あいつもその恐怖を頭に思い描いたに違いない。
……俺は、最悪だよ。
こうやって、折角同じ世界の知り合いと再会できても、結局また傷つけてる。
俺のせいで、美咲に寂しさと不安ばかり与えて、今度は現実に恐怖させてるんだから。
テーブルを濡らす互いの涙。
ふっと力が抜けたあいつの身体が、ゆっくりとソファーに吸い込まれる。
力なく
「……お兄ちゃんは、人を、殺したの?」
「……ああ。この世界で生き残るには、仕方なかったしな」
「やっぱり、嫌な気分になった?」
「当たり前だ。今だって、できる限り避けたいって思ってる」
「……じゃあ、何でこの世界に来たの?」
「……アシェ……いや。アーシェに女神の力を取り戻してやる為」
「あの、幻獣の?」
弱々しい瞳が俺に向けられると、俺もまた弱々しく笑う。
「ああ。あいつが絆の女神の力を取り戻すのに協力してる」
「何で? 知り合いだったの?」
「いや。ただ、シスターがよく『誰かの役に立て』って言ってたろ。それに異世界ってゲームやラノベで興味もあって、軽い気持ちで引き受けたのさ。だけどいざやって来たら、思いっきり死にかけたし。実際誰かを殺さなきゃいけなくもなったし、誰かが死ぬ所も沢山見てきてさ。勝手にゲームみたいな世界を想像してたから、あまりに厳しい現実に己の甘さを痛感したよ」
「でも、お兄ちゃんは頑張ってきたんだよね……」
「まあ、色々辛い経験はしたよ。それでもロミナ達みたいに仲間もできたし、アシェの為に頑張らないとって思ったからな」
「ロミナさん達もやっぱり……人を殺したり、したの?」
「……ああ。魔王軍には魔族もいれば、人もいた。そんな中で世界を救ったんだからな。それにロミナとルッテは、育った村を魔王軍に滅ぼされてるし、キュリアだって母親を失ってる。そんな悲惨な経験も沢山してきてるんだ」
「そう、なんだ……」
きっと俺から聞いた現実を聞いて、自身の甘さを痛感し、己の想いの狭間で揺れ動いてるんだろう。
俺はぐっと腕で涙を拭うと、腰のポーチからハンカチを取り出して、テーブルにすっと置く。
「……ありがと」
美咲は絞り出すようにそう口にし、ハンカチを手にすると、それで両目を覆う。
「……お前は今のままでいてくれ。巻き込んだ俺が出来ることなんて限られてるけど、頑張って元の世界に帰れるようにするから」
「……でも、お兄ちゃんはずっと帰れてないんでしょ?」
「まだアシェを元に戻せてないからな。その後にでも、のんびり戻る方法考えようかなって思ってただけ。だからきっと、戻る方法を探せばすぐ見つかるさ」
……彼女の疑問に、俺は嘘を
アーシェは一度は力を取り戻してるし、俺は絆の女神の呪いで帰れないだけ。
だけど、何となくそれを口に出来なかった。
俺はもう帰れない。そんな話をしたら、美咲が情を見せてこの世界に残るって言い出しかねないから。
ただ、こいつに現実を突きつけ傷つけたという新たな現実が、俺の心に強い罪悪感を生む。
「……巻き込んで、ごめんな」
「……ううん。気にしないで。お兄ちゃん」
ハンカチを目から外し、こっちを見た彼女が、何とか微笑んでくる。
こんな酷い俺を、それでも兄なんて呼んでくれる美咲に、俺も安心させるように笑ったけど。
……ごめん。
何度言っても言い足りないその言葉をまた口にしてしまいそうになるのを、俺は必死に
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