第五話:美咲の言葉
あの後、俺達は民間経営の図書館に足を運んでみた。
「今回はとにかく、転移と蜃気楼の塔に関する物だけ抑えてみてくれ」
と二人に頼み、手分けして図書館で関連書籍を探ってみたものの、やはりマルージュの大図書館なんかと比べたら書籍数は少ないし、一般人向け故の浅めの知識が得られる程度の本しか出てこなくて、結局収穫はなし。
骨折り損の
「悪い。何か余計な手間だけかけさせて」
「いいのよ。情報収集なんてこんなものよ」
「そうだよ。あまり気にしないでね」
図書館を出た俺がそう声を掛けると、二人は優しい笑みを向けてくれる。
ただ、何となく申し訳が立たなくて、笑って誤魔化すのが精一杯だった。
気づけば日差しも少し西に傾いて来たし、ミコラの家にも行かないといけないか。
「今日はこの辺にしとこう。俺は美咲の所に顔を出してから戻るから、二人は先に戻っててくれ」
「分かったわ」
「じゃ、また後でね」
「ああ」
俺達は互いに手を振り合うと、それぞれがかうべき場所に向け歩き出した。
……まだ再会してたった一日なのに。
一人になって、心に隙間が生まれたのか。本当に美咲をちゃんと向こうに帰してやれるんだろうかっていう不安が、歩きながら湧き上がってくる。
もし俺と同じで一生こっちにいないといけなくなったとしたら、俺はあいつにどうしてやればいいんだろう。
確かに、人懐っこいし人間関係はうまくやれる気はする。
だけど、正直
そんな世界を知った時、あいつは耐えられるんだろうか?
あいつはこっちで、生き甲斐とか見つけられるんだろうか。
「……ったく」
思わず頭を掻くけれど、それで何かがまとまるわけじゃない。
ずっとこんな事ばかり考えてると、俺の方が参りそうだけど……それも自業自得か。
俺が自分で安易に引き受けたアーシェを助ける道。その結果がこれなんだ。参ったとか言える立場じゃない。
大体美咲とだって、パーティーを組んでる中で逢ったんだ。女神の呪いも何とかしなきゃ、もしかしたらあいつも俺の事を忘れるかもしれないんだ。
確かにガラさん達もいるし、美咲はうまくやれるだろう。
だけどあいつは俺を見て、寂しかったと言ったのは、本当に心細かったからだ。
だからこそ、俺が美咲に忘れられて、見知らぬ世界で誰も知っている者がいない寂しさを、もう一度味わわせる訳にはいかないよな。
俺は己の後悔を奥歯で噛み殺すと、一つ息を吐き、ただ静かに賑やかな街を歩いて行ったんだ。
§ § § § §
俺がミコラの家に着くと、ミーシャさんが出迎えてくれて、俺を家の中に入れてくれた。
「そういえば、ミコラはちゃんと手伝いしてますか?」
「ええ。あの子は子供好きだからそこは大丈夫よ。ただ、さっきミロが帰ってきて二人で話をしてたんだけど、あの子が急に『ちょっと出掛けてくる』って飛び出して行っちゃったのよ」
「ミロさん、ですか?」
並んで廊下を歩きながら、俺が首を傾げると、あらやだ、と言わんばかりにはっとしたミーシャさんが苦笑し頭を下げてきた。
「あら、ごめんなさいね。元々ここの孤児院の男の子で、今は宮殿の警護の仕事をしてるのよ。カズト君は流石に知らないわよね。じゃ、ミサキちゃん連れてくるから、ここで待っててね」
「はい。ありがとうござます」
応接間の前に着いた彼女が頭を下げ去っていくのを見届けた後、俺は部屋に入るとソファーに腰を下ろした。
ミコラが飛び出していく出来事か。
何があったのか?
……あ。
瞬間、ふっと閃いた。
ミコラが昔一緒に孤児院で過ごした男の子なんだろ?
って事は、再会と共にあいつに浮いた話でもあって、どうすればいいか分かんなくて思わず皆に助けを求めに行ったとか……って、流石にそれは飛躍し過ぎか。
まあでも、あいつは快活で愛嬌もあるし、外見だって十分可愛いからな。
地元に戻ったんだし、そういう話のひとつやふたつ、本気でありそうな気もするけど。
……そういや再会っていえば。
毎日美咲の所に顔を出すのはいいけど、何話せばいいんだ?
正直元の世界にいた時だって、あいつが勝手に部屋にやってきてはゲームするだけで、言うほど大した話もしなかったんだけど。まともに会話が続くんだろうか?
何となくそんな困った気持ちになっていると、応接間の扉がノックされた。
「美咲だけど。お兄ちゃん、入ってもいい?」
「ああ」
俺の返事に応えるように扉が開くと、そこから姿を現したのは、片手にポットとカップを器用にトレイに乗せた、セーラー服姿の美咲だった。
「ん? お前その格好どうしたんだ?」
「和人お兄ちゃんが、向こうの世界懐かしく思うかなーって思って」
「まあ、確かに久々に見たな、その制服」
彼女が身につけているのは勿論、向こうの世界で学校に通う時に身に付けていた制服。
普段から孤児院の手伝いをこの格好で
「お兄ちゃん。ちょっとガン見し過ぎだよ」
「あ……悪い悪い」
少し呆けていたのか。美咲の言葉にはっとして頭を掻いた俺を見てクスクス笑った彼女は、慣れた手つきで紅茶をカップに注いで俺の前に置くと、自分の分も用意して向かい側のソファーに腰を下ろした。
「そういやお兄ちゃんって、あっちの世界の服は取ってないの?」
「ああ。俺、来た矢先にゴブリンに襲われて服もボロボロにされちゃって。だから早々に処分した」
「何か勿体ないなぁ。想い出を振り返ったりするのに、残したりとか考えないんだ?」
「あの時は右も左も分からない中、ある意味裸一貫で世界に放り出されて、生き残るのに必死だったしな」
俺が紅茶を口にすると、彼女も釣られて紅茶を口にする。
「そういう意味じゃ、私は恵まれてたって事だよね」
「確かにな。ガラさん達が優しい人達で良かっただろ」
「うん。それは、感謝してる」
ちょっと歯切れの悪い言い方をした彼女は、太腿の上でカップを両手に持ったまま、紅茶に視線を落とすように、表情に影を落とす。
「……お兄ちゃん。美咲の事、ガラさん達に頼んでくれたんだよね?」
「ん? ああ。話を聞いたのか?」
「うん。……お兄ちゃんは、この先も冒険者を続けるの?」
「ああ。お前を向こうに帰す方法も見つけないとだしな」
おずおずと話しながら、上目遣いに彼女がこっちを見る。その視線を受け止めた時、俺は少し嫌な予感がした。
「もし旅に出たら、また危険な目に遭ったりするの?」
「まあな。冒険者ってそういう職業だし。だけど皆もいるし、そこは大丈夫さ」
「次ここに戻ってくるのは何時なの?」
「どうだろう。勿論お前が帰る方法を見つけたらすぐ戻るけど。それなりに間も空くかもな」
「そっか……」
彼女がことりとテーブルにカップを戻すと、はっきりと大きなため息を漏らす。表情には既に彼女らしい笑みなんてなく。落ち込んだような表情で俯いてる。
「……もし、私が向こうの世界に帰らなくて良いって言ったら、お兄ちゃんは一緒にいてくれる?」
小さな声で、美咲がそう口にした時。
俺は、すぐに言葉が出なかった。
その意味は分かってる。
きっとロミナがリュナさんに思ったであろう気持ちと同じに違いないから。
けど……。
俺はどう応えればいいのか分からなくて。
「何言ってんだよ。お前は絶対に帰してやる。いきなり諦めるような事言うなって」
無理矢理笑みを向け、あるかも分からない希望を口にしたんだけど。あいつはまたゆっくりと視線をこっちに向けると、
「じゃあ、私が冒険者になったら、一緒に旅してくれる?」
真剣な顔で、俺が最も聞きたくなかった言葉を、口にしたんだ。
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