第二話:同盟団《アライアンス》

 翌日。


「ふわぁ〜」

「あら。随分と眠そうね」

「寝不足なの?」

「あ、まあ。ちょっと色々と考え込んでて」


 暑さ厳しい晴れ空の元。

 欠伸した俺と街を歩いているのは、フィリーネとロミナだった。


 昨日、皆に順番を任せた所、俺と別れた後にダール──いわゆるサイコロを使って順番を決めたらしいんだけど、最も低い目を出し順番が最後になったキュリアが、


「順番こないの、やだ」


 と酷くがっかりしたのを何とかなだめる為、二人ずつ一緒に回らせて欲しいって話になったんだ。


 最近何かと俺に構ってほしたがる彼女らしい反応っちゃそうなんだけど、ちょっとわがままになってる気もするなぁ。


「カズト、大丈夫?」

「ん? 何でだ?」

「何かぼんやりしてたから。まだ眠いの?」

「大丈夫だよ」

「それならいいんだけど。何かディガットでもそうだったけど、最近ずっと寝不足っぽいし……」

「確かにそうね。寝不足は身体に悪いわよ」

「そうだな。気をつけるよ。悪いな、気を遣わせて」


 何処か心配そうな表情を向けてくる二人に笑顔を返したけど、確かに今日は寝不足だ。

 まあ美咲の一件について考えてたってのもあったけど、久々にルッテと夜更かししてたからな。

 流石に馬車で移動中二人っきりで色々する訳にもいかなかったし、久々に頑張ってたからな……。


「それより、今日はどうするつもり?」

「まずは一旦観光案内所なんかでこの街の施設が分かる地図を手に入れて、そこから行き先を決める」

「観光案内所で?」

「ああ。ここって王立の施設が特別で入れないだろ? だったら私設な図書館とか博物館とか史跡とか、そういう私設の場所を抑えられないかなって」

「それなら確かに良いかもしれないわね」

「それだったらこの国の地図なんかも手に入れたらどうかな? きっかけになるような遺跡とかダンジョンなんかもあるかもしれないし」

「ああ、確かにそれもありだな。まあミコラの家に顔も出さないとだし、日毎に順番に進めていこう」


 俺達はそんな会話をしながら大通りを目指してたんだけど、遠間に大通りが見えた時、俺達は思わず足を止めた。


「何かしら? あの人の列」

「あれ、冒険者だよね?」

「そうだな。随分と人数が多いけど、同盟団アライアンスか?」

「そのようね」


 俺達の視界の先には、まるで祭りの人混みのように列をなし大通りを進んでいく、冒険者の一団があったんだ。


 一、二組って数じゃない、結構な量のパーティー。これだけ大規模なのは珍しいし、何とも仰々ぎょうぎょうしく見える。


 因みに同盟団アライアンスは、この世界でも複数のパーティーが組んで戦うクエストなんかがあって、そういう時にパーティー同士が組んだ時の総称だ。


「何か大型のモンスター討伐でもあるのかしら?」

「どうなんだろう? でも街にそういうのが迫ってるような騒ぎはなかったよね?」

「そうだな」


 再び歩き出した俺達が大通りに着いた頃には、冒険者の一団は既に通り過ぎていて、街の外に向かう最後尾が遠くに見えるだけ。

 彼等が通り過ぎた道は普段通りの賑わいに戻っていた。


 ……ん?

 最後尾に付いている騎兵。あれは冒険者じゃなく兵士っぽいな。

 って事は、何か国絡みのクエストなんだろうか?


「……物騒な事にならなければいいのだけど」

「そうだね……」


 不穏な空気を感じたフィリーネとロミナの表情が厳しいものになる。

 まあ、確かに何かあるのは間違いなさそうだけど、もしこの国に危機が迫ってるって話なら、もっと街は慌ただしいだろうし、冒険者じゃなく兵士が動く気もする。


「ま、今は気にするのはやめとこう。街の雰囲気を見る限り、よくある話なのかもしれないし」

「確かに、誰も騒いでないもんね」

「そうね。今は考え過ぎは良くないわね」


 はるか遠くにいる彼等を横目に、俺達はそれを気にしないようにして再び目的地へと歩き出したんだけど、内心少しもやもやとした感情が残っていた。


 ……まあ、あれだけの冒険者が参加するんだ。

 冒険者ギルドで話でも聞けば何か分かるかもしれないし、後で寄ってみるか。


   § § § § §


 予定通り目的の観光案内所に着いた俺達は、そこでこの街のパンフレットを貰うと、部屋の端にあるフリースペースの立ちテーブルを囲み、街の地図を眺めた。


「宮殿周辺の施設は殆ど王立なのね」

「そうだな。闘技場に図書館に歴史博物館。この辺は一般人の立ち入りが禁じられているのか」

「となると、この辺の民芸博物館とか、史跡研究館とか。あ、あと民間の図書館ならこの辺にあるみたいだね」

「マルージュみたいに主要施設が固まってはいないのね」


 確かに。個人的にもこういった文化財寄りの施設って、元の世界でも案外まとまった所にあるイメージだったけど、この街の自由そうな風潮がそのまま活きているのか。それとも個人で運営しているのか。商業街に住宅街、歓楽街の側まで、あまり法則性もなくあちこちにあるな。


 ちなみにこういった施設を目的にしたのは、俺達がこの国を殆ど知らないからだ。

 宝神具アーティファクトは例外にしても、付与具エンチャンターだったり特別な力を持つ遺跡、魔族の遺失技術ロストテクノロジーなんかは冒険した先にあるって思うのが一般的だし、それは間違ってはいない。


 けど、その国の歴史や伝承の中でそのきっかけとなる詩なんかが出てきたり、魔導書なんかにヒントが記されている事ってのも結構あるんだ。

 特に、今俺達が望んでいるのはこの世界でも宝神具アーティファクトレベルの希少な力。

 普通に冒険してて見つけるってのも相当難しいし、それこそ雲を掴むような話だからこそ、僅かな足がかりでもいいから見つけておきたいんだ。


「図書館から資料を探すのは相当時間掛かりそうだし、今日は民芸博物館と史跡研究館辺りに絞って行動してみるか」

「それが良さそうね」

「うん。じゃ、行こうか」


 俺の言葉に頷いた彼女達を連れて、俺達はまず民芸博物館へと足を運んだ。


 俺達の世界の民芸って言うと、やっぱり代表的なのは工芸品。

 それはこの世界でもあまり変わらないけど、古い時期に作られた食器、土器みたいなものから、この土地独自の文化として生まれた付与具エンチャンターなんかもあったりする。


 例えば、ディガットでの巨大蠍ギガ・スコーピオンの戦いで、ミコラやアンナが身に付けていた付与具エンチャンターの靴。

 あれは砂に殆ど沈まない特殊な付与が施されていて、普通に大地を踏みしめるように戦うことができるものなんだけど、これなんかは他の地域では殆ど普及してない、砂漠の国フィベイルだからこそ生まれた付与具エンチャンターなんだ。


 とはいえ、昔から狩りなんかが得意な獣人族らしく、民芸で多いのは武器や罠なんかが多いし、あまり俺達に関係するような物は見当たらなかった。


 その足で次に向かったのは史跡研究館だ。

 ここにはこの街だけでなく、近くの探索された遺跡より発掘された品々や文献のレプリカ、伝承なんかも見れるんだけど……。


「この規模、本当に個人でやっているのかしら?」


 フィリーネが周囲を見渡しながら感心するのも無理はない。

 さっきの民芸博物館は、その名を冠しながらも決して施設は大きくなかったんだけど、こっちは三階建ての建物で敷地も広く、何より多くの品が並んでいる。

 他の国で国営って言われても引けを取らない程の展示品があるんだよ。


 とはいえ、観光地においてこういう場所って、この世界でもあまり人気がないのか、客はあまり多くない。

 まあ、騒がしいよりは落ち着いて見れていいんだけどさ。


「ねえ、あの壁画って何かな?」


 周囲を見渡していたロミナがふと、建物の奥、三階までフロア全体が吹き抜けとなった所にある大きな壁画を指差した。


 抽象的なその壁画に描かれたもの。

 それは砂漠の中に薄っすらと浮かび上がる、天高くそびえる塔が描かれているように見える。


「何かの塔、だよな?」

「そのようね。ええと……『世界を彷徨いし蜃気楼の塔。朝日と夕日が重なり合う時、その姿を現す』とあるわね」


 壁画に刻まれた古代文字を真剣な顔で読み解くフィリーネ。

 こういう時、聖魔術師として学びのある彼女の知識には感心させられるな。


「蜃気楼の塔、か……」

「そういえば、昔師匠が言ってたかも」

「シャリアが?」

「うん。冒険者だった頃にこの塔の噂を聞いたみたいで、一度入ってみたくて色々調べたけど、結局叶わなかったんだって。今でも冒険者が登った記録は殆どないみたいだよ?」

「殆ど……って事は、少しはあるって事か?」

「確か。でも随分と昔の文献で少しだけ触れられていただけって言ってたかな」


 壁画を見上げたまま、ロミナがそんな話をしてくれたけど。

 蜃気楼の塔……登った記録が殆どない塔……。


 そこに何があるか分からないって事は、まだ見ぬ付与具エンチャンター位はあるんだろうか?

 とはいえ、朝日と夕日が重なり合うなんて事、この世界だって太陽はひとつだし、普通に考えてあり得ない。という事は何か専用の道具があるんだろうか?


 ぱっと考えただけでも色々謎がありそうな塔の存在。

 正直、冒険者だったらこんな伝承に浪漫も感じるだろうし、何とか見つけたいって気持ちも生まれるか。

 実際俺もちょっと興味が沸いたくらいだし。


 しかし、蜃気楼の塔……か……。

 俺は少し考え込みながら、暫くの間じっと塔の壁画を見上げていたんだ。

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