第三話:聖勇女らしさ

「でも、ちょっと不思議だよね」


 俺達が壁画を見上げていると、ふとロミナがそんな事を呟く。


「不思議って、何がだ?」

「だって、この国には王立の博物館なんかもあるよね? これだけの壁画、もし本物ならそっちに置くんじゃないかな?」

「言われてみれば、この壁画は何処の史跡の物かの記載もないし、何処か新しめに感じるわね」


 言われてみれば、確かに他の出土品なんかには出所となった遺跡や場所が示されてるけど、これにはそういうものはないな。


「だけど、描かれている蜃気楼の塔はシャリアも知ってるんだよな?」

「うん。って事は、複製品レプリカなのかな?」

「だとすれば、こんな謎めいた言葉まで堂々と書くものかしら? 遺跡荒らしにあったりしそうだけれど……」

「こちらはある意味では複製品レプリカですが、ある意味では本物オリジナルなのですよ」


 三人で顔を見合わせ頭を捻っていると、落ち着いた男性の声が背中から届く。

 俺達がゆっくりと振り返ると、そこに立っていたのは、この街らしく軽装な格好で片手で杖を突きやってきた、白髪混じりの落ち着いた中年の男性だった。


「あなたは?」

「ああ、お邪魔してすいません。ここの館長をしております者です」


 俺の問いかけに礼儀正しく頭を下げる彼の身のこなしは、何処か大人たいじんの風格を感じる。


「先程仰っていたのは、どのような意味なのですか?」


 他所行きの丁寧な口調でフィリーネが問いかけると、びっこを引く片脚を杖で支えつつ、ゆっくりと前に歩み出て俺達に並ぶと、壁画を愛おしそうに見つめた。


「ここに語られし伝承は、我が国でずっと伝わるもの。それを私が女王に掛け合い、職人に壁画として描かせた物なのです」

「ずっと昔から伝わっている物なんですか?」

「ええ。小さい子でも知ってますよ。『眩しい朝日と優しい夕日。ふたつの光がひとつになれば、ふわりと浮かぶ、不思議な塔』。こんな童歌わらべうたがある程ですから」


 問いかけたロミナに対し返された、子供に口ずさむ様な軽快な歌。

 歌い慣れた感じは、確かにずっと伝わっている感じがする。


「わざわざ壁画にしたのは何故ですか?」

「蜃気楼の塔は、長年ここで暮らす私達にとっても謎だらけなのです。ですから、何時か何方どなたかがその謎に迫ってほしいと、このような形で遺したのです」

「謎だらけ、ですか」

「はい。私もその姿は生まれてから何度か遠間に見た事がございます。ですが、遠くから見えし姿も側に寄るにつれかすみのように消え去り、誰もそこに辿り着けないのです」

「その時、太陽の光はやはり、朝日と夕日が重なったりするのですか?」

「流石にそのような事は。時間も日もまちまちですので、きっとこの歌にある言葉は、塔に辿り着く為のものなのでしょう」


 何度かの俺の質問に澱みなく返ってきた答えに、俺は何となく納得した。


 語られし伝承があっても誰も辿り着けない場所。それは確かに冒険者にとって、魅力的であり蠱惑的こわくてきだ。


 でも、様々な冒険者が謎に挑もうとして、だけど未だに踏み入れない世界。それが街でこんな風に語り継がれていても、何時しかそれが消え去る事だってあるかもしれない。

 絆の女神が少し前まで、忘れ去られ力を失った女神であったように。

 だからこそ、語り継いで何かを残そうって思ったんだろう。


「もし興味が沸けば、是非皆様もその謎に挑んで頂ければ」


 意味深いみしんな、だけど嫌味のない笑み。

 何となくその顔から、彼もまたこの塔の神秘さに魅入られたんだって察するのは容易だった。


 ……そういや、冒険者って言えば。


「あの、急に話を変えてすいません。今日、大人数おおにんずうの冒険者の一団が街から出て行ったのを見かけたのですが、あれは何でしょうか?」

「ああ。あれは砂鮫サンド・シャーク狩りです」

砂鮫サンド・シャーク狩り、ですか?」


 ロミナの疑問の声に、館長は笑顔を崩さずこくりと頷く。


「はい。毎年この時期は砂漠に砂鮫サンド・シャークが増えるので、国の依頼で討伐クエストが貼られるのです。他国から冒険者が集まるのは、この時期と闘技大会の時期。まあ、毎年の風物詩のようなものです」

「それで街の方々は、平然となさっていたのですね」

「はい。ただ今年は例年より砂鮫サンド・シャークが多いのか。普段より多く討伐隊が出ているようですが」


 フィリーネの言葉に頷き返す館長もまた、そこだけは疑問だったのか。少し不思議そうに首を傾げた。


 砂鮫サンド・シャーク

 それは砂漠に存在する幻獣だ。元を辿れば人為創生物シンセティカルだったらしいけど、今や野生化しているし、新たに生み出す技術もなくって幻獣扱いになった怪物の一種。


 全身はその名の通り砂で覆われ、砂漠に潜りつつ不用意に近づいた者を狩り取る危険な存在だし、砂漠の広範囲に存在するるんだけど。彼等は縄張りがはっきりしているのか、活動場所は限定されているから、街道なんかには殆ど出没しないんだ。


 俺もまだ実物までは見た事がないけど、一応額にある宝石がコアらしく、そこが弱点なんだとか。あと、全身は確かに砂なんだけど、牙だけは鉄で出来てるらしくって、鉱石資源に乏しいこの国では重宝されてるとは聞いた事がある。


 とはいえ、砂に紛れ群れで行動する点やその独特で機敏な動きは、巨大蠍ギガ・スコーピオンとは別な意味で脅威だし、倒し慣れていないならAランク位の実力は欲しいなんてよく言われてる。


 しかし、そう考えるとあの冒険者達は皆、国が認めた実力者揃いって事か。

 そんな奴等が集まる砂鮫サンド・シャーク狩りって、相当有名なんだな。


   § § § § §


 その後、折角の機会なので館長に色々と建物に飾られた物達について説明を受けた。


 ただ、残念ながらあまり美咲の転移とか、俺の呪いを解くような話に繋がりそうな物は特になし。

 結局、最初に興味を引いた蜃気楼の塔だけが、何かしか可能性を秘めているって感じだった。


「わざわざご案内頂きありがとうございました」

「本当に助かりました。ありがとうございます」

「いえ。こちらこそ、足を運んで頂き光栄にございます」


 人気ひとけのない展示室の出入口に立った俺達は、彼女達の感謝の言葉と共に館長に頭を下げる。


「では、これにて失礼致します」

「あ、お待ちください」


 と、挨拶を済ませその場を去ろうとした俺達を、館長が呼び止めた。


 ん? 何かあったか?

 俺達が顔を見合わせていると、館長がやや真剣な顔になり、ロミナをじっと見つめた後、声を低くし、こう問いかけてきた。


「……人違いでしたら申し訳ございません。貴女様は、聖勇女様でいらっしゃいませんか?」

「えっ!?」


 俺達が小さく驚きを見せると、館長はおずおずとこんな話をしてきたんだ。


「実は、魔王との決戦にて私も女王陛下の行軍への同行を許可され、御二方おふたかたをお目にした事がございましたもので」

「もしや、足のお怪我はその際に?」

「はい。お恥ずかしながら魔王軍の手の者に不覚を取り、今は退役してこちらでのんびりさせて頂いております」


 フィリーネの言葉に、気まずくならないように気を遣ったのか。館長が笑顔を見せる。

 どうりで応対が落ち着いている訳だ。


「……はい。お察しの通り。私がロミナ。そしてこちらがフィリーネです」

「おお、やはり。その節は魔王から世界をお救い頂き、本当に感謝に堪えませぬ。誠にありがとうございました」


 嬉しそうにロミナの両手を取った艦長が、女神を崇めるかのように膝を突き頭を下げると、彼女も表情を柔らかくし、微笑み返す。


「私達はやれる事をしただけです。皆様が絆の女神様を信じ、共に戦ってくださったからこそ生まれた未来。礼を言われる程の事はござませんから。足のお怪我もございます。ご無理なさらずに」

「お優しきお言葉。お気遣い、感謝致します」


 ……ほんと。

 最近彼女のひとりの少女の姿を見ながら側にいて、そっちに慣れすぎてたけど。

 やっぱり彼女は聖勇女なんだなって、この立ち振る舞いや館長の尊敬の目を向けられる姿から再認識するな。


 ロミナの言葉に甘え、館長が再び杖を取り、フィリーネの助けを借りてゆっくり立ち上がると、二人に笑顔を向けた。


「こちらへは皆様でいらっしゃったのですか?」

「はい。ただその……あまり騒ぎ立てられたくないので、お忍びで。ですから周囲には内密にしてもらえませんか?」

「……ああ、そういう事でございましたか。分かりました。誰にも口外は致しませんので、ご安心を」


 館長がちらちと俺を見た後、何かを察したような顔でそう答えたんだけど……何だ? 今の視線は?


「カズト。そろそろ行きましょう」

「あ、はい。あの、お世話になりました」

「こちらこそ。また何かございましたらお気軽にお越しください。皆様に絆の女神の御加護がありますように」


 何となく館長の反応が気になったものの、ロミナの言葉を合図に二人が笑顔で頭を下げたのに釣られた俺は、そのまま余計な話はせずに、彼女達とその場を後にしたんだ。

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