第六話:少女達の怒り

「なっ!?」


 突然の事に驚く男達に、リーダー格の男も思わず足を下ろして椅子から立ち上がろうとしたけど、瞬間同じように椅子に光の鎖で縛られ、完全に身動きが取れなくなっていた。


 これは……魔術、光縛の鎖か!?

 思わず振り返ると、視線の先には奥の部屋から顔を出したフィリーネとミコラ、そしてアシェを首に巻いたキュリアが立っていた。


 フィリーネは何処か冷たい顔で。ミコラは何処か楽しげ……いや。怒りがちらちら顔に見え隠れしてるか。そしてキュリアに至っては、珍しく明らかに不貞腐れた顔をしながら男達をじっと見つめている。


「カズト、馬鹿にするの、許さない」


 そうキュリアが呟いた瞬間。


「うわぁぁぁぁぁっ!! あちっ! あちいって!!」


 背後から聞こえた男達の悲鳴に、俺は咄嗟にまたあいつらの方を見たんだけど、そこにある光景に絶句した。


 何でって、そりゃあいつらが飲んでいたエールのジョッキから、炎が勢いよく立ち昇っていたからだ。


 ちょ!?

 こっちは炎の精霊フレイムの力!?


 流石に直接彼等を焼きはしないし、天井とかエールのジョッキを焼くことはしていないものの、燃え盛る炎の熱は、男達を怯えさせるだけじゃなく、周囲を唖然とさせるに充分な熱量を持っている。

 普段人に対してこんな安易に精霊の力なんて使わないキュリアがこれとか。相当怒ってる証拠だ。


「殴り合いしたいのかー。そうかー。聖勇女とか聞くと、普通の奴には手を出さなそうだもんなー。そうやって馬鹿にしやすそうだよなー」


 俺が唖然としていると、背後からポキポキと指を鳴らす音と共に、ミコラの怒りを孕んだ声が聞こえた瞬間。

 あいつはくるりと俺の頭上を飛び越えると、勢いよくあいつらのテーブルめがけ、空中から踵落としを食らわせた。


 瞬間。

 そのテーブルは割れもせず、反動で浮き上がる事もせず。彼女が踵を叩きつけた箇所だけを抉るように打ち抜き。


  パーン!!


 打ち抜かれたテーブルと床がかち合った乾いた音が店内にしっかりと響き渡ると、怯えていた男達だけじゃなく、店内の客すら言葉を失い、目を丸くし微動だにしなくなる。


 って、おい!?

 あんなピンポイントでテーブルの一部だけを打ち抜くのかよ!?


 普通にあんな事したら、大抵はテーブルが真っ二つに折れるか、蹴ったテーブルの反対が跳ね上がる。

 テーブルを殆ど動かす事なく、上にある物すら倒さずにこういうのを事もなげにこなすなんて、普通はできない芸当だ。


 勿論、あいつらにこの技の凄さが分かったのかは分からない。けど、充分ヤバさは伝わったのか。顔面蒼白のまま、すっかり固まってしまっていた。


「良い事を教えてあげるわ。確かに聖勇女パーティーは人々の為、魔王と戦ったわ。だけれど、別に中身は普通の冒険者と変わらないのよ。理不尽には怒りを示すし、侮辱には抗議もする。そして、悪人には容赦しないわ。さて、貴方達は私達にとって、どんな存在かしらね」


 俺とアンナの脇に並んだフィリーネは、はっきり分かる嫌味を交え、脅し文句と共に冷笑を浮かべる。


「へっ。こんなろくでもなさそうな奴等、悪人と一緒だろ。とことん痛めつけても構わねーよ。な? キュリア」

「うん。カズト、馬鹿にしたの、許せない」


 さっきまでと違い、はっきりとした怒りを感じるミコラの声。フィリーネと反対から俺達に並んだキュリアの顔もまた、少し怒りが増している。その証拠と言わんばかりに、また一瞬より強い炎がエールから上がった。


「わわわわ、悪かった! 俺達が悪かった! だから許してくれ!!」

「す、すいません! 金輪際皆様の前に顔なんて出しませんから!」

「俺達が生意気でした! だから見逃してください! 頼みます! この通り!」

「ひぃぃぃぃっ! 殺すのは、殺すのは勘弁してぇぇぇっ!!」


 三者三様に必死に助かろうと懇願するあいつらの顔は真っ青。

 こりゃ、すっかり酔いも覚めてるな。

 流石にこのまま放っておくのも気が引けるし、この辺りで止めとくか。


「……フィリーネ。ミコラ。キュリア。そこまでにしとけ。他のお客やグラダスさんに迷惑が掛かるだろ」

「あら、いいの? アンナも随分と不服顔だったし、しっかり思い知らせておいた方がいいんじゃないかしら?」

「……カズトが良いと仰るのであれば、わたくしはそれで」

「ちぇっ。つまんねーの。キュリアも止めてやれ」

「……むぅ」


 おいキュリア。

 むぅってそんな不満そうな顔するなよ。ってまさかお前、本気で殺す気じゃなかったろうな!?


 心でちょっとそんな不安を覚えたけど、エールから上がっていた炎は、振り返ったミコラのつまらなそうな顔と共に、すっと消え去った。


 ……さて。

 やっと落ち着いたとはいえ、この状況はどうすりゃいいんだ?

 営業妨害も甚だしい展開になっちゃったし、流石のグラダスさんやタニスさんも、俺達に怒りの矛先を……。

 俺が戦々恐々としながら振り返ると、グラダスさんがため息をきながら、こっちに歩み寄って来たんだけど。


「カズト。お前は本当にそれでいいのか?」


 口にされた第一声は、そんな予想外の言葉だった。


「え? どういう事ですか?」

「言葉通りだ。仲間を侮辱され、お前は煽られた。仲間を止めたが、内心はらわたが煮え繰り返ってるんじゃないか?」


 ……そりゃ、正直怒りはある。

 それが顔に出てしまったのか。グラダスさんは獣人族らしい牙を見せてにやっと笑う。


「俺から見ても、酒に酔っていたとはいえ、こいつらの所業は目に余る。お前がぶん殴りたいって言うなら止めはしないが?」

「お! まじか!? カズトやろうぜ! 俺も正直怒りが収まんねーしよ」

「うん。カズト、お仕置きしよ」


 おいおい、グラダスさん何言ってんだよ!?

 急に二人が乗り気になってるじゃないか。


 ……ったく。

 俺はひとつため息を漏らすと、グラダスさんに向き直ってこう言った。


「俺は、彼等がこの酒場から出て行ってくれて、この先俺達の前に顔を出さないでくれれば、それで」

「あら。本当にそれで良いの?」


 フィリーネの念押しに、俺はこくりと頷く。


「俺は皆が大事だし、皆が侮辱されるのも許せない。だけどそれを理由にこの男達を傷つけたんじゃ、こいつらと変わらない気がするんだ。それにこんな奴等に手を出して、世界を救ったお前達の名が穢されるのも嫌だし。だから、それでいい」


 俺がフィリーネ達に一人ずつ視線を向けると、皆が普段通りの顔でふっと笑う。


「カズト。貴方様は本当に変わりませんね」

「ほんと。お人好しだよなぁ。ま、いいけどよ」

「うん。カズト、優しい」

「別に私達はどう思われようと構わないのだけど。貴方がそれでいいと言うなら、まあ良いわ」


 皆の言葉を聞き、俺も笑い返す。

 こうやって皆が仲間として大事に想ってくれる。

 だからこそ、俺はこいつらを仲間だって思い続けられんだ。


 俺達の反応に感心した顔をしたグラダスさんは、そのままミコラの脇を抜け、テーブルの前に立つ。

 

「どうやら聖勇女様達は寛大なようだ。酒代は要らん。だから、お前達はさっさとこの店を出て、二度と顔を出すな」

「勿論宿泊もお断りだよ。あんた達の部屋の荷物はこんなもんだったね。これ持ってさっさと出て行きな!」


 気づけばタニスさんが手伝いの人達と幾つかのバックパックを持って現れると、テーブルの脇にどさっと投げ捨て、そのままグラダスさんに並び、腕を組みキツイ顔を見せる。


 二人の言葉に合わせるように、彼等を抑え込んでいた光の鎖が消えると。


「すすすす、すいませんでした!」

「ひ、ひえぇぇぇっ!!」


 男四人は慌てて床に転がった荷物を手にすると、それぞれに悲鳴をあげ、脱兎の如く酒場から逃げ出して行った。


「皆、済まなかったな。気を取り直して飲み食いしてくれ」

「お詫びにエールを一杯ずつご馳走するよ!」

「おおおお!」

「さっすがタニスさん!」


 一件落着と言わんばかりにグラダスさんがパンパンっと手を払い、タニスさんが店の客に笑顔を振りまくと、一気に店内に活気が戻って行く。

 っていうか、終わってみたら誰もこの出来事なんてどこ吹く風って感じだけど……酒場をやっていると、こういういざこざは多いんだろうか?


「カズト。アンナ。私達はちょっと駅馬車の予約に行ってくるわ。後はよろしくね」

「あ、ああ。悪かったな。助けてくれてありがとう」

「まあ殴れはしなかったけど、すっきりしたしよしとすっか。キュリアも行こうぜ」

「うん。カズト。アンナ。またね」


 俺の動揺などお構いなしに、フィリーネ達もマイペースなまま、俺達に手を振り出て行ったけど……。


 あ。ミコラが壊したテーブル……。


「グラダスさん、タニスさん」

「ん?」


 俺は仕事に戻ろうと背を向けた二人を呼び止めると、振り返った彼等に頭を下げた。

 勿論アンナも自然そんな俺に続いて頭を下げる。


「ご迷惑をお掛けしてすいません。しかもミコラがテーブルまで壊しちゃって──」

「その辺の話は後だ。頭を上げろ」

「いい? 二人共。悪いけどさっきみたいにバンバン働いて頂戴。期待してるから」


 顔を上げた俺達に笑う二人の笑み。

 それを見て、何となくリュナさんが二人に感謝していた理由が理解できた気がした。


 でもほんと、聖勇女パーティーに悪評が立たなかった事にはほっとしたけど。酒とか運んでいる最中。


「キュリアちゃんの不貞腐れ顔、可愛かったなぁ……」

「俺なんてフィリーネ様のあの冷たい笑み。ゾクゾクしちまったよ……」

「ミコラちゃんのお転婆っぷりも相当だぜ。あの足で踏みつけられたら堪らないよなぁ」


 なんて、何処か変な感想を漏らす奴らも含め、何かと俺に羨ましそうな顔をする客が多かったのには、流石に内心苦笑いだった。


 普通あんなの見たら怖がるだろ。

 やっぱり酒の力がこうさせてるんだろうか?

 ああいった変な事言い出さないよう、これからも酒は飲まない事にしよう……。

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