第五話:侮辱

 残念ながら、現代世界でもバイトなんかでウェイターを経験した事はない。

 とはいえ、孤児院では何かとシスターの手伝いをして、子供達のご飯をトレイで運んだりもしてたから、これくらいならお手の物、って思ってたんだけど。やっぱり、本場の酒場ともなると勝手が随分違かった。


 店内が広いって訳じゃないけど、円形のテーブルもそれなりに間隔を空けて並べられてるはずなんだけど。やっぱりお客が多いと通れる場所は狭くなる。

 しかもあれから時間も過ぎて、外が夜景に変わってきた頃には、書き入れ時になって、カウンター席もテーブル席も満席だ。


「カズト。これを右奥のテーブルに頼む」

「はい!」


 グラダスさんがカウンター脇から出してきた大皿の炒め物をトレイに載せ、俺はそんな人でごった返す店内を、何とか客にぶつからないように運んでいく。


「おまたせしました。きのこと野菜の炒めものです」

「おお、兄ちゃんありがとよ!」


 テーブルの空きにそれを置いた俺は、お客に頭を下げるとすぐさまカウンターまで戻り、次の料理や酒の入ったジョッキを受け取っては持っていくのを、必死になって繰り返した。


 実の所、アンナがパーティーに加入した事で、彼女の一般職である従者の技術も『絆の力』で手に入れてたもんだから、メイドさんのように物を運んだりといった動作は思ったよりスムーズにできている。

 だけど慣れてはいないから、稽古しているより神経を使うし、料理を持って移動するバランス感覚を掴みきってないから気が抜けない。


 俺は料理を運ぶのに必死だったんだけど、横目に見えるタニスさんやアンナは流石って感じだった。


 アンナは注文を受けたりもしてるんだけど、その応対も、料理を運ぶ姿も華になるし乱れもない。

 美人なのもあって、何かと皆の視線を釘付けにしてるんだよな。


「なあなあ。お嬢ちゃん。こっちで一杯俺達と付き合わないか?」


 なんて声を掛けられても、


「申し訳ございません。仕事中でございますので」


 とさらりと断り忠実に職務をこなす。

 しかも途中でセクハラまがいに手を出そうとする客にすら、トレイが空いていればそれでピシャリと止め、料理で手が埋まっていれば華麗に掻い潜って仕事を進める様は、もうプロフェッショナルそのもの。


 対するタニスさんも、常連らしい客との会話もこなしつつ、時にオーダーや会計のレジもささっとこなしていくってんだから、本職の凄さを感じるよな。


 そういう意味では一番俺が仕事量少ないのに、少し息切れしてるのは何ともみっともないな。もう少し頑張らないと。


 そんな気持ちで、新たな料理をあるテーブルに運びに行ったんだけど、そこの客は、周囲の客と少し雰囲気が違かった。

 多分装備を見ても冒険者だと思うんだけど、既に酔いが回った真っ赤な顔で、どこか悪びれないニヤニヤした顔をしてる。


 ……何か、嫌な予感がする。

 そう思いはしたけど、今は仕事の手伝い中。俺は素知らぬ顔でウェイターを務める事にした。


「お待たせしました。エール三ジョッキと、鶏の丸焼きです」

「ありがとよ。なあ兄ちゃん。あんた、あそこにいる聖勇女様達と、どんな関係だ?」


 酒臭い息を、料理を置こうとする俺に吐きかけてくる。


「はい。パーティーを組ませてもらってます」

「ほう。じゃ、夜な夜なあの子達と乳繰り合ってるのか?」

「そんな事はしません」

「あんな美少女と一緒で手すら出してないのか。まったく、根性ねーなー」

「ほんとだぜ。俺だったら出逢った瞬間しっぽりしちまうよ!」

「ちげーねー」


 酷い会話と共に響く「がっはっはっ」という耳障りで下品な笑い。

 正直、少しいらっとはした。けど、俺はそれをできる限り表情に出さないようにして、料理を置くと「失礼します」と言い、背を向けその場を後にしようとした。

 けど、次の言葉を聞いて、俺は思わず足を止めてしまう。


「結局聖勇女様とか言ってもやっぱり淫乱女なんだろ。男旱おとこひでりならそんな男じゃなくって、俺達が相手してやるってのによ」

「そうだそうだ。兄ちゃん、折角だから俺達をあっちに連れて行ってくれよ。一緒によろしくしてやろうぜ」


 その言葉は、瞬間店の空気を凍らせ、他の客を静かにさせる位にはふざけた言葉だった。

 多分常連の皆は、タニスさんの言葉もあったから、敢えて俺達の事について詮索しないようにしてたんだろう。こういったひどい言葉は掛けられなかったしさ。


「……お断りします」

「なんだ? 度胸もない男だな。あ? それともなんだ? あいつらが俺達の女になるのを見るのが嫌なのか?」


 肩越しに見えたあいつらの煽りと嘲笑。

 あいつらの望みの先にあるろくでもない未来。

 ……ふざけてる。


「……単純です。あなた達のような下衆な人達に、彼女達に会う資格なんてないからです」

「ほぅ、言うねえ。じゃ、お前はLランクのあいつらに見合うってのか?」

「わかりません。ですが、彼女達は俺を仲間として認めてくれています」

「どうせ荷物持ちさせられたり、ただこき使われてるだけじゃねーの?」

「そんなひょろっひょろの聖術師だもんなぁ。役立ちそうにないし」

「彼女達はそんな事はしません。これ以上の侮辱は止めてください」

「そういう事は力がある奴が言うもんだ。お前に何ができるってんだ?」


 にやにやした顔を崩さぬまま、リーダー格っぽい男はテーブルに両足を乗せ、ふてぶてしい態度を見せる。脇に座った仲間であろう男三人も、力を示さんと指をぽきぽきっと鳴らしてくる。


 俺はトレイを持った手をぎゅっと握り、奥歯を噛む。

 今は手伝い中。手を出したら負けだし、グラダスさんや周囲の客に迷惑が掛かる。それは本気で分かってた。


 ……だけど。

 結局怒りを抑えきれず、ゆっくりと振り返ってしまう。


「お? 何だ? やる気か?」


 何処か嬉しそうに立ち上がる男達。と、ほぼ同時に。


「カズト」


 気づけば何時の間にか、俺の脇にアンナが立っていた。

 彼女を見ると、その表情にあったのは止める意思……じゃなく、決意。

 間違いなく、俺が戦うなら手を貸す。そんな心算こころづもりなんだろう。


 ただそんな彼女を見て、俺の沸騰しそうだった心は逆に、冷や水をかけられたように一気に冷めた。


 彼女まで巻き込むなんて、それは流石にできないだろ。

 だからこそ、何とか怒りを飲み込もうとする。


「おお? メイドさんにまで守られちゃうのか。ほんと、一人じゃ何もできない駄目男かぁ?」


 そんな光景が滑稽だったのか。男達が俺をあざ笑うと、アンナからぎりっと歯ぎしりする音が聞こえた。

 彼女も随分熱くなっている。このままじゃやばい。


「……カズトを馬鹿にする者など、許せません」

「アンナ。止めろ──」

「いいえ。アンナ、よく言ったわ」


 アンナを止めようとした俺の言葉が聞き慣れた澄んだ声に遮られる。

 そして、その瞬間。突如立っている男達三人を、光の鎖が無理矢理抑えつけるように椅子に縛り付け、その身体をがんじがらめにしたんだ。

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