第三話:故郷だった場所

 俺とアンナが改めて聖勇女パーティーに加わっての初めての旅路。

 俺が賽の目で決めた旅先は、ロミナの故郷、ソラの村だった。


 陸路では大変だろうとシャリアが貸してくれた大型帆船、海の歌姫セレーディア号に乗り、マルヴァジア公国の南にある港町、パージに寄港してもらい、そこから陸路でその村を目指す事にしたんだけど。

 道中。ロミナから当時彼女が村を追われるまでの事を聞いたんだ。


 魔王とその配下の魔族は、元々遥か離れた島国、暗夜あんやの島ディアガムを根城としていた。

 この世界には転送魔法なんてまともにはない。だけど彼らはいにしえに封印されし、魔族が遺した遺失技術ロストテクノロジー、大陸の一部に遺されていた魔伏点デモニア・コードと呼ばれる潜まれた魔方陣を使い、ここディロイア大陸各地に攻め入ってきた。


 転移の宝神具アーティファクトのように異界に渡るような力はないものの、人や魔族を贄に、魔王の穢れし血によって蘇った歪んだ転移陣、魔伏点デモニア・コード

 それは言わば大陸にのこった闇の穢れみたいなもんでさ。


 昔、各国は古の魔王まおうとの戦い以降、そんな魔族達の大陸侵入を最低限に抑えるべく、各地の首都を中心に聖域の陣を張って穢れを払い、できる限り国を守ろうとしたそうだ。


 だけどその陣もまた、当時その身を犠牲に魔王達により乱れた世界を救わんとした者達の力と引き換えに生まれた聖域。

 多くの犠牲を払う訳にもいかず、限られた人々の力だけで大陸全土を覆うのは難しかったみたいでさ。


 だから、各国の端に位置するような魔伏点デモニア・コードまで消し去る事はできなくって、それが今回復活した魔王の侵攻の足掛かりとなったんだ。


 魔王軍の侵攻で大きな被害を受けた場所のひとつが、このマルヴァジア公国の南の地域。

 パージの港も含めたこの地域は、彼等の侵攻により滅んだ街や村も多かったんだって。

 流石に港は交易の要だから、魔王が倒された後、最優先で復興が進んだみたいだけど。


 そして、魔伏点デモニア・コードが潜んでいた地域にある森の中にひっそりと存在していたのが、ロミナの故郷であり、魔王軍の先遣隊の侵攻を受けた場所。ソラの村だったんだ。


 最初は鬱蒼とした森の中を進んでいたんだけど、村が近づくにつれ、森に焼き跡が残り、生い茂っていた木々は減っていき。に着いた時、そこは荒れ果てた村の跡だけが残っていた。


 焼け焦げ、朽ちた家々。

 田畑だったであろう場所や道には、術の爆発でか、幾つも土が抉られた穴が開いている。

 滅んでから数年経っているからだろう。既に残った建物には蔦が絡み、足元に多くの草が生えている場所も沢山あった。


 正直、俺達も魔王軍と戦いつつ旅をした。

 だからこうやって荒れ果てる前の、凄惨な街の跡を見た事はある。


 だけど、ここはロミナの故郷。

 だからこそ、俺達はその場所を見て、声を上げる事すらできなかった。

 実際、ロミナにどんな声を掛けて良いかも分からなかったしさ……。


「ごめんなさい。皆に、お願いがあるの」


 そんな酷く朽ち果てた哀しい場所で、ロミナが俺達に頼んできたのは、村人達の遺品の回収。

 皆で手分けして村の中を探る中、俺もロミナに頼まれて、彼女と一緒に、彼女の実家があったはずの場所を訪れた。


 何とか建物のていを成していたそこに入ると、建物内にも生え始めていた草を掻き分けつつ、俺達は遺品を探ったんだけど。


「お父、さん……お母……さん……」


 血糊の残った壁の足元に、彼女の両親が身につけていたらしい、両親と若いロミナが映った肖像の入った古びたロケットペンダントが並んで見つかった時には、流石の彼女も堪えきれ身を震わせ、両膝を突いたまま嗚咽を漏らしてしまい。俺が何も言えぬままただ横に屈み、慰めるように肩にぽんっと手をやると、彼女は俺の胸に飛び込み、涙しながら懺悔した。


「私は、ルッテと逃げる事しか出来なかった! お父さんも! お母さんも! 村の皆も誰一人助けられなかった! ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」


 そこにあったのは、聖勇女ではなくひとりの少女の後悔と懺悔。

 今は抗う力があるからこそ、力がないあの頃を思い返し、より後悔したんだろうな。

 きっとあの頃に戻れたらと、強く思ってたんだと思う。


「……きっと、皆思ってるさ。お前が生きてくれて、この村の悲劇を繰り返さないよう、魔王を倒してくれただけでも良かったってさ」


 結局俺は、そんな慰めにもならない言葉しか掛けられなかったし、こういう哀しい記憶だけを忘れさせてやる事すらできないなんて、忘れられ師ロスト・ネーマーとしての無力さを強く感じたのは今でもよく覚えてる。


 ロミナが落ち着いてから、一緒に他の家も巡ったんだけど、彼女がある家で見つけた焼け残った絵を手にした時。


「私の友達が描いたの。凄く上手でしょ」


 なんて、寂しげに笑い、色々な物を手にしつつ想い出を語ってくれたのは、きっと決別の意味もあったかもしれない。


 集めた遺品は、村の一角、元々墓碑が幾つかあった場所に並べて穴を掘り、まとめて地面に埋め、木で十字架を作って埋めてやった。

 この世界でも十字架は聖なる象徴でもあってさ。それを組んでやる事で、彼等の魂が安らかに天に召されるようにと、改めて想いを込め皆で祈りを捧げた。


 夕陽に照らされる中、ロミナが必死に泣くのを堪えていたのも、口惜しそうな想いを堪え慰めるルッテの顔も忘れられない。


 彼女もきっと無念だったんだろう。

 あの最古龍ディアの娘であり、古龍術師としての力がありながら、一人では魔王軍に立ち向かう事も叶わなかったのが。


「あの時、ロミナの両親に彼女を託された。その願いは叶えたが……ロミナの願いは別。それを叶えてやれんかったのは、今でも後悔しておるよ」


 夜、一晩そこでキャンプを張り、皆がテントで寝静まった後。

 俺とルッテで火の番をしている時、彼女は口惜しげにそんな辛い胸中を口にしていたけど、だからこそロミナが聖剣を手にした時、魔王と戦う決意をしたのも、止めはしなかったんだろう。


 ……きっと、こんな光景を見たからだろうか。

 翌朝、ミコラからこんな提案をされたんだ。


「な。次は俺の故郷に行ってくれねーか。皆の故郷見てたら、ちょっと懐かしくなっちまってさ」


 彼女らしからぬ空元気を見せつつ、硬い笑みを浮かべてたけど、きっとあいつも色々ロミナに気を遣いつつ、だけど何時か逢えなくなってしまうかもしれない家族が恋しくなったんだと思う。


 それが、俺が知るロミナの故郷の物語。

 そこには、辛い想い出と忘れたい哀しみしか残っていなかったはずだけど……そこに、ロミナの希望があったんだ。

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