第二話:まさかの再会

「キュリア。頼むから、今度からは部屋開ける時はノックして、俺が声掛けてからにしてくれよ」

「でも、カズト、かっこよかった」

「そ、そういう話じゃないだろ。アンナからも何か言ってやってくれよ」

「あ、はい。その、確かに、素敵にございました」

「い、いや。だから、そういう意味じゃなくってさぁ……」


 廊下を歩きながらさっきの行動を戒めようと思ったんだけど、俺の言葉なんてどこ吹く風のキュリアは満足げに頷いてるし、アンナはアンナで顔を真っ赤にして恥ずかしそうに俯いてるし。

 大体かっこいいとか素敵とか、そんなに茶化されるとこっちが気恥ずかしくなるだろって。まったく……。


 思わず頭を掻きため息をいたけど、きっとこれ以上言っても無駄だなこりゃ……。


 そうこうする内に、気づけば彼女達の部屋の前。俺は流石に部屋をノックし、


「カズトだけど。入っても良いか?」


 と声を掛けた。

 流石にさっきみたいな事があったら大変な事になるからな……。


「大丈夫だよ。入って」


 というロミナの返事を聞き扉を開けると、そこにはロミナ達が思い思いに各自のベッドに腰掛けていた。

 大部屋だとテーブルもあるけど、やっぱり向かい合って円陣組めるこっちの方が楽なんだろうな。


「待たせたな。で、俺も呼ばれたって事はこれからの話か?」

「うん」


 キュリアとアンナが皆にならってそれぞれのベッドに腰掛ける中、俺だけは入り口に近いテーブルの椅子を引き出すと、背もたれを前にし、そこに身を預けるように腰を下ろした。


「とりあえず、ディガットにどれだけ滞在するかと、この先フィラベにどう向かうか考えておこうかなって」

「それだったら、数日はここにいた方がいいと思うぜ」


 と、ロミナの挙げた議題に珍しくすぐ反応したのは、ベッドの上で胡座あぐらをかいていたミコラだった。


「何故じゃ?」

「だって皆はこの国初めてなんだろ? 観光客とかにありがちなんだけどよー。この暑さに慣れない内から砂漠入りして、暑さでへばって倒れたりする奴も多いんだ。だから、ここでちゃんと身体を慣らしたり、下準備した方がいいぜ」

「確かに砂漠向けの装備なんかは準備した方がいいとは思ってたんだけど。ここで揃いそうか?」

「勿論。何気にここは物流もちゃんとしてるし、ここから首都目指す奴も多いからな。そこは心配ねーと思う」


 何だろう。

 普段だったらこういう話は面倒臭そうにただ聞いてるイメージが強いから、ミコラが積極的に意見する姿は珍しいな。


「あら。貴女がここまでちゃんと発言するのも珍しいわね」

「へへーん。これでも伊達にフィベイル出身じゃねーしな」


 わざと棘がある言い方をフィリーネがしたけど、ミコラは珍しくそれに乗らずに自慢げな顔をする。

 まあでも、確かに彼女のこういった経験は、砂漠を未経験の俺達にとっては有難い話だ。


「因みにどれ位慣らすのが良いの?」

「ま、三、四日かな。実際砂漠やフィラベの方がもっとあちーからな。多少時間かけた方がいいぜ」

「これ以上、暑いの、やだ」


 ミコラの言葉に、ベッドで正座し膝の上にアシェを乗せたキュリアがちょっとげんなりした顔をする。まあ船の上はまだ海風もあって涼しさもあったけど、早くもこの街の暑さにやられてたもんな。


 あれ?

 暑さって言えば……。


「そういや、アシェはその姿で暑くないのか?」

『神様なんだから当たり前よ。大体あなただって、今まで私を首に巻いてて熱くて困った事ないでしょ?』

「あ、言われてみれば……」


 確かにウィバンに向かう時なんかでも、暑さは感じてたけど、アシェが首に巻き付いてるからって感じはなかったな。

 昔はここまで暑い地域なんて中々来なかったから意識してなかったな。


「アシェ、首にいると、ちょっと涼しい」

「そうなのですか?」

『あまりにキュリアが苦しそうだから、ちょっとだけ体温調節したのよ。暑さで倒れちゃうと可哀想だから』

「アシェは凄いのですね」

「うん。すごい。アシェ、良い子」


 アンナが感心すると、キュリアもアシェの頭を撫でて褒めてる。けど、どうにもそれは神様を尊敬してるってより、やっぱり小動物を可愛がってるようにしか見えないな。

 まあアシェも満更じゃ無さそうだしいいけども。


「とりあえず不慣れな砂漠でかつ暑さがかなり厳しいとなると、多少が張っても素直に駅馬車とか使った方がいいか?」

「そこは任すけど、流石にその方が無難だと思うぜ」

「じゃあ、後で駅馬車の予約しに行って、空きを見つつ滞在期間決めよっか」

「そうじゃな」

「ねえカズト。後で停留所に付き合って貰っていいかな?」

「ああ。ついでに装備の買い出しなんかもしないとだな」

「じゃ、皆で、行こ?」

「そうね。荷物はカズトに持って貰えば良いものね」

「おいおい。流石に全員分は無理だぞ!?」

「という事は、持っては貰えるという事かのう?」

「ちょ!? そうじゃないって!」


 俺が慌てて否定すると、皆が楽しそうに、それぞれの個性を見せながら笑う。


 旅をするようになって良く見かける皆の笑顔に、俺は揶揄からかわれた悔しさより勝る感情を抑え、ちょっと不貞腐れた振りをした。


 ……ほんと。

 この辺アンナが増えても昔と変わらないな。

 まあ、実際昔も荷物持ちにされる事は多かったけど、それでも気遣ってはくれていた彼女達。

 何処かそんな懐かしい空気を感じる度、嬉しくなる気持ちを抑えるのも大変だ。

 あ。だからって絶対にMじゃないからな?


「もう少し日が落ちたら外でも行こうぜ。夜の方が過ごしやすいから、この国は夜遅くまで開いてる店も多いしさ」

「そうだな。じゃ、一旦部屋に戻ってるから、出掛けたくなったら声かけてくれ」

「カズト。戻っちゃうの?」

「ああ。出かける支度をしときたいし」


 俺がそう返すと、キュリアは何処か寂しそうな視線を向けてくる。

 以前はこんな事なかったのにと思いつつ、


「出掛ける時は一緒なんだ。そんな顔するなって。じゃ、また後でな」


 なんて言って、部屋を後にしたんだ。


   § § § § §


 汗を掻いた身体を部屋の風呂で軽く流した後、俺は一旦道着ではなく聖術師の服装になった。

 以前買ったこっちの方が、今の時点だと暑さ対策になるからな。


 部屋の鏡に映る、久々に見るこの姿。

 以前はカルドって偽って、この姿で皆の前に立ってたんだよな。

 よくよく考えたら、あの時も死にかけてたんだよな……。


 流石にこれからは、もう少し皆も頼らないといけない。それは勿論分かっている。

 けど、俺は同時にもうひとつ心に決めたことがあるんだ。

 この辺は既にルッテに話してあるけど、後でもう少し話でもするか。


 過去を振り返りつつ、バックパックから小さなリュックを取り出すと、最低限の品はそこに仕舞う。

 後は武器だけど、流石にカルドの時に使ってた錫杖はずっとは持ち運べなくって武器屋に売ってるしなぁ。

 ま、いざとなったら体術で何とかするとして、念の為に短刀位は持っておくか。

 

 出かける準備を一段落させ一息くと、気づけば空は少しずつ夕焼けに染まり始めた。

 窓を開けて感じる風も、多少暑さが落ち着いた気がするな。


  トントントン


「カズト。そろそろ出かけない?」

「ああ。今行く」


 ロミナの声を聞いた俺は、窓をしっかり戸締まりすると、部屋の外に出た。


「お、今日はそっちにしたのか?」

「ああ。暑さ凌ぎにな」


 廊下に出ると既に全員がそこに揃っていたんだけど、開口一番驚いてみせたのはミコラだった。

 皆も防具なんかは避け、各々袖の短い私服になっているけど、唯一アンナだけは普段どおりのメイド服か。


「アンナ。その格好は暑くないのか?」

「はい。わたくしのメイド服は幾つかございまして。こちらは暑さ対策もされておりますので」


 なんて笑顔で言うけど、普段の服との差がわからない。

 まあ彼女がいうんだし、シャリアに仕えていたんだ。きっとそういう点も考慮されたものなんだろう。


「じゃ、行くかのう」

「そうね」


 ルッテやフィリーネの言葉を合図に、俺達はロミナとルッテを先頭に、後ろに並んでゆっくりと階段を降りていった。

 そして、先頭のロミナとルッテが一階の酒場に降り立った、その時だった。


「いてっ!」


 突然ロミナが足を止めたせいで、後ろにいたミコラが彼女の背にぶつかったんだ。


「おいロミナ、急にどうしたんだよ!?」


 流石にミコラが少し機嫌悪そうな反応をしたんだけど、彼女はまるで微動だにせず、ただ何かを見つめている。

 その脇に立っているルッテもそうだ。その場から動こうとせず、なにかに目線を向けているみたいだけど……。


「リュナちゃん! こっちにチキンソテーふたつ。あとエールも頼むぜ」

「はいはい! お義父とうさん、チキンソテーふたつお願い!」


 階段を降り二人を避けるように横に逸れ、彼女達が視線を向けた先を見ると、そこには紺色の短いポニーテールをした、一人の快活そうなウェイトレスが、元気な声で注文を受けていた。


「……彼奴あやつは……リュナ、か?」


 思わず驚きの声をあげたルッテの声に、注文を取り終え偶然こちらに振り向いたウェイトレスが、ふっと視線をこっちに向け……瞬間。彼女はトレイで口を覆い、目を丸くした。


 驚き。それは分かる。

 だけど、その驚きようが尋常じゃない。

 そして、リュナと呼ばれた少女の瞳が、少しずつ潤んでいく。


「まさか……ルッテに、ロミナ?」

「うん。……やっぱり、リュナ……だよね」

「……うん。そうだよ」

「生きておったのか?」

「……うん……」

「……良かった……」


 後ろ姿のロミナが絞り出すようにぽつりとそう口にした瞬間。

 二人は同時に駆け出すと、互いを抱きしめあった。


「リュナ! 良かった! 逢いたかった!」

「ロミナ! 私もずっとあなたに逢いたかった!」

「良かった! 本当に無事で良かった!」


 歓喜し、涙しながら再会を喜ぶ二人の姿に、店内の客も、店の親父さんや女将さんも。そして俺達パーティーの面々も唖然としたんだけど。

 二人がとても嬉しそうな顔をしているのを見て、俺は何となく察したんだ。


 彼女が、なんだって。

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