プロローグ:英雄譚

プロローグ:これまでの事、これからの事

 異世界『フェルナード』。

 この世界には、ここ数年で二度、魔王が現れた。


 一度目は、俺が丁度この世界に来たきっかけでもある魔王。


 俺がこの世界を知った時、既に魔王はこの世界に現れていて、人々の生活を脅かせていたんだけど、そんな中現れたのは聖勇女だった。

 当時誰も抜く事ができなかった聖剣シュレイザードを抜いた少女ロミナは、聖勇女として仲間達と共に魔王に挑み、絆の女神、アーシェの力を借りて魔王を倒したんだ。


 そして約一年が経った頃、魔王は再び復活した。


 マルージュの宮廷大魔術師だった男が、人の記憶から人や物を生み出す魔方陣、記憶の創造神ザ・クリエイターを完成させ、ロミナ達聖勇女パーティーの記憶から魔王を蘇らせてしまったんだ。


 だけどそれもまた、ロミナ達聖勇女パーティーによって倒されて、再び世界の平和は守られ、彼女達は英雄として再びその名を世に響かせた。


 ……って、これだけの話だと思ってたのに。


 最近知ったんだけどさ。

 ロミナの奴、マルージュでの魔王討伐の祝典で、一緒に忘れられ師ロスト・ネーマーが戦ってくれたから、その者も英雄として語り継いで欲しい、なんて大々的に言ってたらしい。


 いや、確かにアシェ──あ、実は俺をこの世界に連れてきた絆の女神様アーシェが、女神の力をほぼ使い切って、白いイタチみたいな幻獣となった仮の姿の事なんだけど。

 彼女と二人で旅してる時、妙に忘れられ師ロスト・ネーマーの名前を聞くなとは思ってたんだけど。そんな所に理由があったのかよ。


 彼女達との旅の途中、噂話でそれを耳にした時は目を丸くしたもんだ。

 だけど、


「だって、あなたが私達に力を貸してくれたからこそ魔王を倒せたんだもん。それに、その時は忘れちゃってたけど、ダラム王からあなたの事も聞いてたから。皆にもあなたの事、知っておいて欲しかったし」


 なんて屈託のない笑みを向けられちゃ、それを咎める訳にもいかないし。まあそれにもう過ぎた事。だから怒りはしなかった。


 まあ、正直目立つのってあんまり好きじゃないんだけど。そんな俺の事を考えて、名前は出さないでくれただけでも良かったよ。


 あ、そうそう。

 自己紹介を忘れてた。


 俺の名前はカズト。

 ひょんな事からこの世界にやってきて、今は冒険者Cランクの武芸者であり、聖勇女パーティーとは別に数年前から噂になっていた存在、忘れられ師ロスト・ネーマーだったりする。 


 その者がパーティーにいると名声を得て、そいつが離れると一気に没落する。


 まことしやかに囁かれた噂は流石に尾鰭背鰭おひれせびれが付き過ぎてるし、その存在を誰も覚えてないからこそ、勝手に忘れられ師ロスト・ネーマーなんて呼ばれるようになったんだけど。

 実際俺は、そう呼ばれるだけの力を持っている。


 パーティーに入っている間、気づかれずに特別な力を仲間達に付与できる『絆の加護』。そしてパーティーに入る事でパーティーメンバーの持つ技や術を修得できる『絆の力』。


 俺がアーシェに力を貸すためにこれらの力を貰ったけど、それと同時に刻まれたのは『絆の女神の呪い』だった。


 これは俺がそのパーティーから抜けると、パーティーメンバーだけじゃなく、そのパーティーに入っていた時に出会った人達の記憶からも消えるっていう奴でさ。

 まあこれのせいで、パーティーを追放されたら皆俺の事を忘れるもんで、気づけばこんな二つ名と共に、この世界にそんな噂が立つようになったんだ。


 っと。

 過去を振り返ってばかりいる訳にいかないな。


 俺は大海原を走る船の甲板の上で、まだ陽が昇る前の朝焼けを見ながら、大きく伸びをした。

 船旅は何気に快適だけど、やっぱり身体が鈍ってもいけないしな。

 だから早朝に一人鍛錬しようって思って、既に道着と袴に着替えて、腰に相棒の太刀、閃雷せんらいを穿いている。


 こんな朝早くに起きたのは、勿論一人でこっそり鍛錬しようと思ったからなんだけど……。


「おはよう、カズト。随分早起きだね」


 なんて、耳に心地よい声が届いて、俺は思わず少しだけ呆れ笑いを見せた後。


「おはようロミナ。お前こそ随分朝早いじゃないか」


 なんて、何食わぬ顔で振り返って、彼女に笑みを向けた。


 そこに立っていたのは、藍色の長い髪と瞳を携えた美少女。白を基調とした衣服と普段着ではあるけど、腰にはしっかり鞘に収まった聖剣シュレイザードが、彼女の笑みと同じ位に輝いている。


 そう。彼女こそ魔王を倒した聖勇女であり、俺のいる聖勇女パーティーのリーダーであるロミナだ。


 あ、そうそう。

 俺、実は昔も聖勇女パーティーにいたんだけど、最初の魔王討伐を目前に、実力不足なのに無茶ばかりする俺を心配したロミナ達に、討伐に行かず残って欲しいからって優しい理由でパーティーを追放されてさ。


 一度は呪いの力で彼女達に忘れられて、俺はその後一人旅をしてたんだけど、色々とあって今はまた彼女達のパーティーに戻ってこれたんだ。

 今は自由気ままに皆と旅をしている最中。俺がパーティーに戻れた事で、過去の記憶を思い出してるし、俺が忘れられ師ロスト・ネーマーと知って一緒に旅をしている。


 俺がこの世界に来てから一番長くパーティーを組み、実力不足の俺を仲間として扱ってくれた彼女達。

 だからこそ、俺はずっと仲間だと思ってて、ロミナが死に間際の魔王より受けた呪いを解いたり、それこそ二度目の魔王戦ではパーティーに加わって彼女達の力にもなったりもした。

 ま、そこで一度死んでるけど……。


 とはいえ、結局色々あって今は生き返って、再び仲間として一緒にいられるのは、やっぱり嬉しい。

 あの日、改めて受け入れて貰った時は、本気で泣いたしな……。


「どうしたの? ぼーっとして。もしかして寝不足?」


 はっと気づくとロミナが俺の顔を覗き込んで来る。って、顔近いって!


「だ、大丈夫だよ。それよりお前こそ、こんな時間に起きてどうしたんだよ?」

「あ、うん。何か寝つきが悪くって。思ったより早く起きちゃった」


 ロミナが俺に向けてへっと笑って見せるけど、俺はその裏に隠された哀しみを思い、少し切ない気持ちになる。

 だけどそれを顔には出さず、「そっか」と笑って見せた。


「今日の午後にはディガットに着くんだよね?」

「船長さんはそう言ってたな」

「そっか。カズトはフィベイルの国って初めて?」

「ああ。ロミナもか?」

「うん。どんな所なのか楽しみだね」


 甲板の手摺りに並んで立ったロミナは、風になびく前髪をかき上げながら、海の先、朝日が登ろうとする海岸線を楽しげに眺める。

 その表情が本当に絵になる位に魅力的で、危うく見惚みとれそうになるのを抑え、俺も海岸線に目をやった。


 今俺達は、砂漠の国フィベイルの首都フィラベを目指すべく、海路でフィベイル唯一の港町、ディガットに向かってる所だ。

 そこから東に砂漠を横断し、首都フィラベに入ろうって思ってる。


 因みに、目指しているフィラベは、俺達聖勇女パーティーの中の一人、獣人族の少女ミコラの故郷なんだけど……。


「お? カズトにロミナもめっちゃ早起きじゃねーか! もしかして稽古か?」

「おいおい。まだ何もしてないだろって」


 噂をすれば何とやら。

 俺とロミナが振り返ると、猫耳をピンと立てた快活な笑顔で、短い赤髪を靡かせ元気よく駆け寄って来た。

 こいつは身体動かすの好きだから、朝稽古する気満々だな。


 そして、姿を見せたのは彼女だけじゃない。


「おはよう、カズト。ふわぁ〜」

「おはよう。キュリア」


 眠そうな目を擦りながら、首にアシェを巻いた琥珀色の髪の森霊族の少女、キュリアが小さく欠伸をしてる。

 何か何時も以上にぽやっとしてるし、まだ相当眠いんだろう。


「あら、ロミナも起きてたのね。でも二人共、起きるのが早過ぎじゃないかしら?」


 そう口にした白い翼が特徴的な天翔族の女性フィリーネは、珍しく魔導帽を被らず、後ろで結った金髪を見せたまま、何かを勘ぐったような怪しい笑みを向けて来る。


「朝から二人っきりとは。ロミナよ。よもやカズトを独り占めか?」

「そ、そんな事ないよ! 偶々たまたま甲板に出たら、カズトがいただけだもん」


 慌てふためくロミナに悪戯っぽい笑みを見せたのは、白銀のツインテールを靡かせた、亜神族の少女ルッテ。とは言っても口調はよわいを感じさせるし、きっと少女というのも変だと思うけど、年齢は聞いてないから口にはしない。


「カズト。ロミナ。おはようございます」

「ああ。アンナもおはよう」


 柔らかい物腰で挨拶をしてきたメイド服の女性。

 彼女は俺がパーティーに戻った時に一緒に聖勇女パーティーに加わった、キュリアと同じ森霊族の女性アンナ。

 ふわっとした茶髪を靡かせる彼女はほんと、何時見ても落ち着いたメイドって感じだ。


 今、聖勇女パーティーは俺達七人。

 正直美少女だらけなこのパーティーで男は俺だけ。そういう意味では中々に気も遣うし大変で、昔パーティーにいた頃から色々と振り回されている。

 だけど同時に、俺にとって本当に大事な仲間だからこそ、こうやってまた一緒に旅ができてるってのは嬉しいもんだ。


「あ。朝日」


 と、キュリアの声に釣られ、俺達は手摺りの側に歩み寄り、朝日が登り始めた海岸線に目をやった。


 朝焼けの空に、陽の光を反射し水平線が光っていく光景。こりゃ凄いな。


「うおー! めっちゃ綺麗じゃん!」

「ほんと綺麗だね」

「ここまでの朝焼けを拝めるとは。早起きも悪くないの」

「そうね。たまにはこういう光景を見るのも悪くないわね」

「はい。今日も良い一日になりそうですね」


 確かに。

 これだけ雲のない快晴の中こんな神秘的な光景を見ると、アンナの言う通り、今日は何か良い日になりそうって気持ちになるもんだ。


 今日でまた陸に戻って、この先は砂漠越えか。

 さて、今回はどんな旅になるのか。

 本当に楽しみだな。


 俺はそんなワクワクが溢れそうになるのを抑えつつ、皆と共にしばし朝焼けを眺めていたんだ。

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