第46話 打ち上げ

 先輩たちだが、児童館には戻せず、自宅へと送ることにした。

 先輩方も今日のことは相当堪えたようだ。

 恐怖と不安と安堵で目が死んでいる。


 一番近い家が佐藤家だったのだが、ゾンビからの襲撃跡もないため、しっかり玄関を封じて、2階で隠れて過ごせというと、素直に頷き、家へと入っていった。


 軽い気持ちの配信が、死地をくぐりぬけることになるとは。

 一生分のツキを使い果たしたような先輩たちの背を見送り、ようやくコンルと華は帰路につく。

 だが、華は抱えてもらっての移動だ。

 正直、立つのも精一杯の状況がある。あと10分も休めば歩くことは可能かもしれないが、今はお言葉に甘えて、コンルに抱えて飛んでもらっている。


「コンル、すまん……」


 コンルの腕のなかで小さくなる華に、コンルは笑う。


「これぐらい、お安い御用ですよ。もう魔法が打てないので、飛ぶぐらいしかできませんし」

「めっちゃ助かってる。児童館から家までって歩いても20分はかたいからさ」

「そうですね。意外と距離、ありますよね」


 まだかすかに聞こえるゾンビの声に、華は視線を飛ばした。

 黒い森の奥から聞こえた気がするが、斬る力もないので、無視することにする。


「……でもさ、なんで、雨降るとゾンビ出んだろ……」


 とっくに晴れた夜空は、星が見える。

 コンルは見上げたあと、つぶやいた。


「僕の世界では、雨は魂なんです」


 いきなりの言葉に、華の思考がおいつかない。


「雨が魂……?」

「えっと、土のなかに、人の想いの種があって、その種を雨が芽吹かせると、モンスターになるといわれています」

「……ん? 想いに魂が宿ると、モンスターってこと……? でも今まで、でっかいキーパーがモンスターを召喚してたじゃん」

「そうなんですよね。だから僕も、ちょっとわかんないんですけど……」

「全員がキーパー、だったってオチとか」

「ないですよ」


 コンルはすぐに否定するが、もう一度繰り返した。


「そんなこと、あるわけないですよ」


 もう、我が家がすぐそこだ。

 しっかりとコンルが作った氷の壁が機能している。

 ゾンビを氷漬けにさせて、家の周りが安全地帯だ。

 もう、首なが女も、のぞきゾンビも入ってはこれまい!


「慧、玄関から入る。鍵、開けてって萌に言ってくれー」

『おっけー』


 玄関に電気がついた。

 久しぶりの明るさに華は目を細めたとき、勢いよく扉が開いた。

 飛び出してきたのは、萌だ。


「ねーぢゃん、おがえりぃーっ」

「はいはい、ただいま」


 抱きつく萌の背を叩きながら、華はブレスレットに触れて、変身をといた。

 寝巻き姿だが、汗でひどい。


「ねーちゃん、めっちゃ汚れたから風呂はいるわ。ほら、離れて?」

「うん! お風呂、沸かしたから入ろ!」


 萌に手を引かれ、風呂場へと連れていかれるが、萌も服を脱ぎ始めた。


「萌もいっしょに入る」

「なんで?」

「いっしょのほうが、時間短縮じゃん?」

「べつに、いいけど」


 萌と華はのんびりと風呂に浸かるなか、コンルは地下のシェルターにあるシャワー室で汗を流すことに。

 慧弥にシャワー室の使い方を教えてもらうと、着替えも渡される。

 慧弥と同じスエットだ。


「すみません、同じ服で。でもこれ、新しいので!」

「とんでもない。ありがとう、トシ」


 シャワーの音が響くなか、慧弥は食事の最終準備を整えていく───


 お風呂から上がった萌と華は、各部屋を確認することにした。

 カーテンの閉め忘れがないかをみて、玄関に鍵をかけて、さらにシーツで玄関の窓を覆っておく。


「これで、覗きも見えねーだろ」

「完ぺきだね、ねーちゃん」


 さらに祖父の部屋の窓シャッター、そして、出入り口用シャッターを下ろし、動かないことを確認。

 2人でハッチを開けたとき、華は笑顔になる。


「なに、このいい匂い!」


 ハシゴを滑るように落ちていくと、テーブルにあったのはホットプレートで焼けたお肉、そう、焼肉だ!


「華とコンルさん、功労者だしな。しっかり肉食って、体力戻してもらわないとな」


 豚ロース、鶏ムネ肉、牛もも肉、ウィンナーに餃子、他にも冷凍ブロッコリーとツナ缶のサラダまである。


「萌、これ、どこにあったの? 準備、大丈夫だった?」

「肉は、そこの冷凍ストッカーにあったんだ。焼ける前に食べちゃわないとね。あとね、準備は慧くんが家の周り監視してくれてたから平気!」


 その言葉に、華は驚いていた。

 慧弥は複数箇所の状況確認をこの時間こなしていたことになる。

 いくら画面を見るのに慣れているとしても、並行して状況を確認し続けるのは、そう簡単なことじゃない。


「慧、ありがとな」

「……ん? なんのこと?」


 パソコン画面を覗く慧弥にいったのだが、聞いていなかったようだ。

 それにイラっとした華は、パソコンを無理やり閉じた。


「ちょ、あ!」

「みんな無事に帰ってきたんだし、見るのやめよーぜ。あれだけ減らしゃあ、平気だって」

「そうですよ、トシ。チキンがいい色に焼けてきてます!」


 すでにコンルは紙皿とフォークで食べる準備万端だ。

 猫たちも美味しそうにカリカリを頬ばり始めている。


「そうですね。……あ、コンルさん、ご飯も食べません? 俺と分けましょ?」


 いただきますもなしに始まった焼肉だが、とても美味しい!

 いや、焼肉のタレが美味しいのであって、お肉自体は安いお肉なので、それほど美味しいものではないと、思う。

 それでもいつもの5倍は美味しく感じる。

 みんなで食べている、というのも美味しさになっているのかもしれない。


 ただ小さなテーブルはホットプレートを乗せればいっぱいいっぱいに。

 それぞれの飲み物や食べ物は床に置いての食事である。


「ねーちゃん、キャンプみたいだね」

「そうかもなー」

「雑な感じがいいよな」


 同意する3人に、コンルは困惑の顔だ。


「きゃんぷって、なんですか?」

「野宿のことです」

「でも、ここは室内ですよね?」

「……コンル、牛肉、食うか?」


 華はほぼ埋まっているホットプレートに、肉をのせ、華はそれ以上、何も言わなかった。

 目で、『肉、食おうぜ』と強く、訴えかける。




 のんびりと肉を食べきり、〆のアイスクリームまで食べた4人は、満足げにお腹をさすっていた。


「コーラ、飲みすぎました……」

「あたし、アイス食べすぎたわー」

「萌、あしたのご飯いらない」

「俺も朝ごはん抜きでいいわ……」


 テレビはバラエティ番組が流れている。

 あのあと特に速報もなく、平和な時間が過ぎている。

 SNSをざっくり見てみても、ファンタジアとFJの活躍を讃えるものが増えており、少なからず、敵ではないことは証明できたようだ。


「あー、寝床、どうする?」


 華の声に慧弥はむくりと起きるが、


「華、全部閉めてきたんだろ?」

「たりめーよ。氷もいつ崩されるかわかんねーしな。上で寝るのは不安がある」

「じゃ、今日はここで寝るの?」


 萌の顔が華やいだ。


「なんで、嬉しそうなの?」

「本当に、キャンプみたいだなって! ここんところ、ソファで仮眠みたな感じだったし」


 萌はルンルンで寝袋を選び出す横で、慧弥は重いお腹を抱えながら、奥の部屋を覗き込んだ。


「ここって、部屋、いくつあるっけ?」

「えっとね、奥に2つある。奥、あたし使ってたから、そこで萌と寝るわ」

「一番、奥って、物品庫みたいなとこ?」


 慧弥が驚くのも無理はない。

 細長い部屋で、両脇に棚があり、物はそれほどなかったにしろ、1人で寝るにも手狭な部屋だ。


「あたしは面倒でいっつも床で寝てたけど、天井にマットレスあんだよ。それ置けば、二段ベッドにできるんだ。だから、コンルと慧、別々で寝るなら、シャワー室横の部屋と、ここで寝ればいいんじゃね?」


 コンルも奥を覗く。

 さっき使ったシャワー室だが、隣にトイレがある個室だ。

 出入りがあるかもしれない部屋で寝るのは少し抵抗がある。


「トシ、ここの部屋で2人で寝ませんか?」

「俺はかまわない、ですけど。俺、奥行きます?」

「いえ。人の足元を暗いなか通るのは危ないですし」


 気づけば、もうすでに12時に近い。

 片付けは明日の朝にすることに決め、ゴミはゴミ袋に、テーブルは端に寄せ、寝床を作ると、それぞれの部屋へと移動だ。


 もちろん、8匹の猫たちもそれぞれに寝床を決めたようだ。

 猫団子になる子たちから、クッションで寝る子までさまざまだが、コンルの近くで寝る子もいる。チャトランとチャチャだ。

 寝袋を広げ、この中で寝るのだと教えてもらったが、先に入ったのは、チャトランとチャチャだった。


「僕が寝る場所がありませんね」

「入ってみたらどうです? 意外と大きめなので、これ」


 コンルは猫たちに隙間を譲りながらも、フィットした寝心地に、ほっと息をつく。

 寝袋の下に敷いたマットのおかげもあり、痛みがなく寝れる。


「久しぶりに、ゆっくり眠れそうです。神の添い寝もたまりません……!」

「ですね。ここんとこ、交代で見張ってましたしね」


 慧弥が電気を消した。

 窓のない地下だ。真っ暗になるはずだった。

 だが、遊び心なのか天井に蓄光の壁紙が貼られており、蛍光色の花火が一面に描かれている。


「……天井、美しいですね」

「これは、蛍光灯の光を蓄えて、光るんです。30分ぐらいは明るいですけど、それ以降は暗くなっていきますから、安心してください」


 答えたあと、慧弥がもぞりと動く。


「LEDじゃないんだ……へぇ……そっか、わざわざ……へぇ……」


 ひとり納得し終えたところで、コンルが「ありがとう」そう言った。


「……え? なにがです?」

「トシには助けられてばかりです」

「いや! 俺なんて、なにも」

「トシは、素晴らしいですよ。交代で外を見張るのだって、監視カメラとドローンの映像で、危険が少なく済みました。今日も冷静にゾンビの流れを判断してくれましたし。僕なんかより、ずっと勇者です」

「変なこと言わないでください。俺は戦えないし。コンルさんが、立派な勇者、ですよ」

「……僕は、そんな人じゃないです」


 寝ましょうか。コンルの声が闇に静かに落ちる。

 すぐに寝息が響いてくる。


 慧弥も深呼吸をして、眠ろうとしたが、なぜか頭が冴えてしまって、眠れそうにない。

 花火の火花の数を数えてみたが、それでも眠れるまで、かなりの時間がかかりそうだ。

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