第45話 敵前逃亡

 ガツン──!!!


 大きく砕けた音が鳴る。

 横を見ると、だいぶ掘り進んでいたようだ。

 氷が赤いのは、拳が切れてのことだろう。


「あーもー! 氷、足すか!」

「これ以上強くすると、殴った先からゾンビが凍ります」

「あーーーー! どこにしよ、どこにいく!?」

「2階にしましょ」


 駆けあがったコンルのリボンを華がつかむ。

 腰がつかまれたコンルはのけぞりながら、振り返った。


「もう時間がありませんっ」

「いや、上は、植物園と野鳥がいて……」


 コンルの顔が無だ。

 その表情を読み取った華が言う。


「やっぱ、ヤバい?」

「ゾンビの温床にぴったりです……」


 氷の壁に小さな穴が開通。

 ゾンビの声が聞こえだす。


「ハナ、あの奥は?」

「あそこ、か」


 「多分、無理だけど」そう言いつつ、華は管理者用倉庫へ続くのドアノブをひねってみた。

 やはり、想像通り、鍵がかかっていて動かない。

 ドアを壊すことは簡単だが、果たして向こう側が無事かどうかがわからない。

 開けたことで、大量のゾンビがここに流れ込んでくる結果になるのは、大問題だ。


 華は階段下で待つコンル元に戻りながら、


「詰んだな……」


 ぼやいたとき、コンルが横に吹っ飛んだ。

 氷から突き出した腕に殴られたのだ。


「コンル!」


 駆けよる華にコンルは、切れた唇を手の甲で拭った。

 白い手袋にが赤く滲む。


「僕は平気です!」


 穴が開くと景気よく壊れ始めた。

 砂にできない村人ゾンビだ。手出しができない。

 華はコンルの手を取り、引っ張った。


「戦術的撤退!」

「それ、敵前逃亡っていうんですよっ」

「いいから走れ!」


 階段下を抜けると、正面にトイレの扉がある。

 ドアを押し、コンルを室内に投げるように通したあと、華は全体重を扉にかける。

 押し扉の押し合いになるが、複数の上、力が強い!


「コンル、凍らせろよ! ……3、2、1」


 華が床に伏せた。

 同時に、コンルが氷をドアに張る。

 一瞬にして凍りついたドアだが、やはり軽め。それほど時間は稼げない。

 まるで工事現場のように殴られる音が響く。


「あーもー! あんたとまたトイレでかくれんぼかよ」

「それは僕だってそうですっ」


 2人でぐるりと見渡すが、さすが倉庫。

 窓がない。

 ない。

 ない!!!!


「慧、なんか、策ない? ない!?」


 焦る華だが、慧弥はいたって冷静だ。


『そこまで迎えにいくのは無理だな。ゾンビもそこそこいるしね』

「もっと、こう、逃走経路!」

『俺も見てるけど……まあ、壁壊せば、外だけど……』


 慧弥の声に、コンルと華の目が合う。


「そっか、壊せばいいのか!」

「やりましょう、ハナ」


 ドアへの体当たりが始まった。

 トイレのドアなど、少し厚めの板のようなもの。氷が砕ける前に、ドアが壊れ始めている。


 コンルの足元に魔法陣が浮かんでくる。

 小さな声で呪文をつなげるコンルだが、華へ視線を飛ばしてくる。


「……ハナ、僕はこの1発が限界です。ハナはどうです?」

「花びらが2枚。どうにかなんでしょ」


 小さく頷いた。

 水色のツインテールがかすかに揺れる。


「いきますっ!」


 可愛い顔に、ドスの効いた声がトイレに響く。

 ドリル状に先が尖った氷が胴体ぐらいの太さとともに出来上がった。

 杖を突き出すと、壁に向かってぶち当たる。

 激しい音と、粉塵が白くトイレに充満するが、むせながら見えた壁は、壁のままだ。


「なんだこりゃ……」

『外のレンガも壊れたけど、なんで穴、開いてないの!?』

「そりゃこっちのセリフ!」


 分厚い鉄の板がはめこまれている。

 ここだけそうなのか、何がそうかはわからないが、これに穴を開けるしかない。


「あたし、やる」


 華は刀を抜き、慎重に炎を移すと、凹んだ鉄板の前で構えた。

 逆刃にした刀を左手で添え、刀を握る右腕を大きく引いた。

 体勢は低く、重心は後方に。

 下半身に力を込める。

 華は腰を捻り、重心を刀の先へ集中させた。


「ガトツ!!!!!!」


 突き出した刀は、勢いよく鉄の板に刺さり込んだ。

 紫の炎が赤く鉄を溶かしていく。


「燃えろ!!!!」


 華の声に呼応するように、炎が膨らんだ。

 見る間に炎が大きく穴を開けていく。

 だが、その炎も持続は無理だ。

 大きく出力すれば、維持できる時間は短いのだ。


 炎が落ち着き、赤く焼けた鉄がすぐに黒く色を変えるが、開いた穴は、ひと一人がなんとか通れる程度。

 コンルがなけなしの魔法で鉄を冷やし、華の背を押す。


「ハナ、先に出てください、早くっ」


 振り返ると、ドアの半分が壊されている。

 複数の体が穴に入ろうと腕を伸ばしているではないか。

 意外と小さく見えた穴だが、頭を入れれば、肩幅よりも広い穴だ。

 くるりと前転しながら地面に着地すると、次はコンルが穴に飛び込んだ。


 が、肩幅があわない。


「コンル、肩出して、頭だして、そっから胴体!」


 一本抜けた腕を華が引っ張っていく。

 なんとか抜けたコンルが地面に転がった。


「いたた……」


 振り返ると、大量の腕が生えている。


「「うぉっ!!!」」


 慄き、地面に尻餅をついたまま後ずさる2人だが、どうにか脱出ができたようだ。


『お疲れ!』


 慧弥の声に安堵を浮かべる華だが、立ち上がったコンルを覗き込んだ。


「コンル、引っかきとかされてない?」

「……平気、ですね」


 華がコンルの状況を確認しようと背中にまわったとき、


『華、外のゾンビ、先輩んとこにいる。行けるか?』

「もちのろん」


 華とコンルはすぐに先輩たちを生贄にした場所へと駆けだした。

 もう、臭いでわかる。

 相当なゾンビが集まっている。


「「FJ、助けてえぇええぇー!!!!」」


 情けない声がかかるが、それも仕方がない。

 崩れかけた氷の上に、ようやくゴミステーションが乗ってる状態だ。

 いつ転がり、ゾンビの餌食になるかわからない。

 しかし、門の外で消した半分相当はいる。

 斬っていくには多すぎる。


「……ラスト1発!」


 華は最後の花びらを刀に宿した。

 紫の炎が刀を包んだと同時に、華は刀を素早く水平に払った。

 炎が直線に走る。

 華へ襲い掛かろうとするが、寸前に燃えつき、砂へと変わっていく──


『……華、討伐完了!』


 慧弥の声が、華の頭に響いた。

 寝起きの身体では堪えたようだ。

 華の膝が地面に着いたが、親指を立てるのは忘れていなかった。

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