第43話 かくれんぼ

 華が到着したと連絡を受け、凍らせた門にコンルは向かう。

 そこでコンルが見下ろしたものは、想像していなかったものだ。


 それは、ところどころに散らばる紫の炎と、大量のゾンビを焼き払った痕だった。

 まさか1人であれほどの量のゾンビを焼き払えるとは思っておらず、素直に感心と、少しの恐怖がコンルの肌に鳥肌をたてる。


 黒く焦げた砂が雨に叩かれるなか、かろうじて生き残った子ゾンが見えた。

 すぐに氷で追撃するが、いくつかは消しきれない。


「……くそ」

「後始末、サンキュ! 残ってても問題ないっしょ。たぶん」


 上空に浮かぶコンルに手を振った華は、後ろのゴミステーションに歩きだした。

 ゴミステーションとはいうが、たくさんのゴミを詰め込める、金網でできた大きな箱の事だ。

 ゴミのない今であれば、大人2人など簡単に入れる大きさと広さがある。


 そのドアを開け、華は例の先輩2名を引っ張り出した。

 ゾンビから守るために入れたのだが、彼らの目の先には、コンルがいる。

 まさかと思うが、高橋の手元にはスマホが。しかもレンズがコンルに向いている。


 またの隠し撮りである。

 わかってはいるが、華は声をかけた。


「お前ら、今の動画撮ってねーだろうな? あぁ?」

「え、いや、その……」


 華は、高橋からスマホを奪うと、握り潰した。


「へえ?」


 華から変な声がでる。

 まさか、潰せるとは思っていなかった……!

 変身している間はそれなりに力があるようだ。


「「あーーーー!!!」」


 1テンポ遅れて驚く2人に、華は呆れながら言い切った。


「親愛なる隣人を、無断で撮影しすぎ! 禁止な、禁止」


 前に向き直る瞬間、華は佐藤の左手を見逃さなかった。

 素早く抜刀し、彼のジーンズのポケットを刀で裂くと、スマホがすとんと落ちる。

 フェイシングのように、刀でスマホを突き刺すと、華はひょいっと本人へ投げ捨てた。


「「あああああ!!!!!」」


 叫ぶ彼らを無視し、降りてきたコンルに華は駆け寄る。

 なんだか、久しぶりに会う気分だ。

 お互いに怪我なく合流できるのは、意外と嬉しいのだと、華は思う。


 だがコンルは華の汚れ具合を見て、ケガがないか気になるようだ。

 華の肩をつかみ、クルクルと回して確認しだす。


「だいじょぶだって。目、回る!」

「モエさんと約束しましたから」

「はいはい。平気平気。でも花びら、3枚も使っちゃったわ。つかさ、なに、あの量? めっちゃゾンビ映画みたいだった! ……ははっ……興奮しちゃうよね……ふふ……」

「しません」


 きっぱりと言い切りつつ、コンルの視界は児童館である倉庫へと向いた。


「残りも3枚か。なんとかするしかねーな」

「僕がちゃんと守ります」

「背中は任せた」


 ガタガタと聞こえ、振り返ると、半泣きの佐藤と高橋が、ゴミステーションによじのぼりながら、塀を乗り越えようとしている。

 スマホを簡単に壊されるのなら、もう、金輪際、関わりたくない。

 そう2人の背中にデカデカと書かれている。


「中の方がゾンビいっぱいだぞ!」


 華の声に驚き、さらに言われた内容に驚いた2人は、尻餅をつくように地面に転がった。

 だがすぐに立ち上がり、華に殴りかかる勢いだ。


「嘘つくんじゃねーよ、FJ」


 コンルの長い腕が、佐藤をアイアンクローで止める。

 165㎝の佐藤の腕が大ぶりに振り回されるが、長い腕のコンルには微妙に届かないようだ。胸のリボンすら、かすらない。


 だが、間違いなく華をさしてFJと言っている。


「なんだ、その、FJって」


 華が尋ねると、叫び返された。


「ファンタジアで、日本風だから、FJ! もう、これでみんなに通じるし!」

「はぁ? 親愛なる隣人、パクりすぎじゃね?」


 華は肩をすくませ離れるが、「嘘をつくな」そう言わせた内容が肝心だと思い直す。


 なぜ、


「中にいないって、どうしてそう思ってんの?」


 華の質問に、半ギレ佐藤と高橋が交互に答える。


「だって俺たちでてくるとき、門、ガッツリ閉まってたし」

「塀のぼって出たとき、ここら辺、ゾンビのゾの字もいなかったよな?」

「光も音も漏らさないようにしてるから入ってくる意味、わからんし」

「だから、中は絶対安全だって、友だちにも連絡してて?」


 華は腕を組み、眉間に皺をよせるが、嫌な答えしか出てこない。


「……ゾンビ連れてきたの、あんたたちじゃないってこと?」


 空気が止まる。

 華はてっきり、先輩方がゾンビを呼び、ゾンビを引き連れたせいで、児童館が襲撃されたと思っていた。テレビもそう報道していたように思う。

 だが、たまたま目立っていたのを映してた。

 ……とすると、最悪を考えるしかない。


「……バリケード破壊ババア、なんて、いねーよな……?」


 もう一度、児童館を見やったとき、ゾンビの咆哮が小さく響く────




 児童館の内側に入った華とコンル、そして先輩2名だが、コンルに飛んで運んでもらった。

 それがたいそう気に入ったのか、先輩2名は大興奮だ。むしろ、うるさい。


 そんな2人に華は優しく微笑んだ。

 口元は見えないだろうが、目はしっかりと笑ったつもりだ。


「もう一度、ゴミステーションの中、入ってくれる?」


 児童館の横に設置された金網のゴミステーションだ。

 塀の外にあったものよりも、ひと回り大きい。

 テンション高い2人は、素直に入っていく。

 華はすぐにロックをかけ、コンルに言った。


、氷の上に乗せて、囮にしよーぜ」

「わかりました」

「「え?」」


 コンルは器用にゴミステーションの下から氷を生やしていく。

 バキバキと音を立てながら、3メートルほどの高さにゴミステーションは掲げられた。

 雨はもう止んだようだ。薄い月明かりが、ゴミステーションを照らす。


「そこで騒いで、ゾンビ呼んで」

「「はぁああぁぁ?」」


 2人の大きな声が雨のあとの敷地に響く。

 すぐにゾンビが近づいてくるのを、片っ端から斬り落としていくが、これでも効率がよくない。


「チマチマ面倒だから、ある程度、人数寄せてからゾンビ片付けるか」

「いい考えです」

「夜明けまでまだしばらくあるし。じゃ、頼んだ!」


 去っていく2人の背中に叫ぶ男たち。

 その声に寄ってくるゾンビたち。

 絶叫とゾンビの鳴き声がエコーするなか、コンルと華が向かうのは、児童館の正面玄関だ。


「コンル、けっこう、大変だったんじゃねーの?」


 あたりの砂を蹴り上げて、華が言う。


「そうですね、ひしめき合ってました。でも、トシのおかげで減らせました。本当に感謝しています」

「そかそか。じゃあ、慧、焼肉好きだから、お礼に、今日の夕飯、焼肉にすっか」

『おまえ、ゾンビ倒して焼肉食えるのおかしいから。して、もうご飯、配給制みたいなもんだから、肉なんか食えねぇよ』

「なら、ここ調理実習室あるし、肉、奪えばいいんじゃね?」

『今、そこ、避難所』

「……ち」


 舌打ちをする華の目の前をコンルの杖が横切った。

 殴られたのはゾンビだ。頭がもげ、すぐに砂になるが、華は肩をすくめてみせる。


「くっせぇ臭いも消えたらいいんだけどな」

「臭いまでは難しいですね」


 砂の山を踏み越え、現れたのは、自動ドアも破壊された児童館だ。

 辺りは砂とガラスとコンクリの破片が散らばり放題である。


「コンル、かくれんぼって得意?」

「隠れる方ですか? 見つける方ですか?」

「見つける方」

「苦手です」

「マジかよ。あたしもなんだよぉ」


 華は足元のコンクリを取り上げ、中に向かって投げこんだ。

 正面入り口のカウンターを越え、壁にがつりとコンクリがめり込む。

 その音に寄ってきたゾンビをコンルが氷で仕留めるが、2人は肩を大きく落とした。


「隠れてる……マジで、隠れてる」

「僕、こういうのすごく苦手なんですけど」

「なにが」

「いきなり、わー! ってされるの、本当に苦手なんです」

「それの、連続だって」

「嫌ですよおぉぉおぉ」


 華の後ろにぴったりくっついたコンルは、華が歩くのを待つばかり。

 まるでお化け屋敷に来た軟弱彼氏だ。確かに背中は守れているが、意味が違う。


 そろそろと2人で中に入ってみる。

 だが、流石に暗い。目をこらしても、室内は暗すぎる。


 華は必死に昔の記憶を呼び覚ました。

 昔、ここの施設で遊んだ記憶だ。

 数年前はよく来ていたのを思い出し、シュミレートしていく。


 ──カウンターの裏に、まっすぐ廊下が伸びている。その奥に、2階への階段がある。

 廊下の左側が科学実験室、右側が調理実習室。

 2階へつながる階段の下にお手洗いと、さらに両端に、左の倉庫と右の倉庫につながる鉄扉があった記憶がある。


 ただ、ここでの問題は、2つの研修室の廊下側が、壁ではなくガラス窓であること。


 部屋に入れない親御さんが、子どもを見るためのガラス窓だったのだが、ちょっとしたトラップになりそうだ。

 部屋のなかにゾンビが侵入していた場合、ガラス越しに襲ってくる可能性がある。

 さらに、村人だった場合、ゾンビかどうかの確認をしなければならない。


 凶暴化、と聞いているが、実態は、不明のままだ。

 仮に治せるのなら、連れて帰らなければいけないだろう。

 これが、めんどくさい一番のポイントだ。


 闇雲に倒してはいけない。ってこと。


 華も生きている人間を斬りたくはない。

 慎重に動かないと、本当に取り返しがつかないことになり得る──


「……どーすっかな。とりあえず、避難してる人の安全確保か」

「もぉおおー、全部凍らせていいですか?」

「だめだって」

「なんでです」


 2人のやりとりに釣られて、ゾンビがひょっこり顔をだした。


「わぁっ!」


 驚いたコンルが、素晴らしいコントロールでゾンビの頭部を撃ち抜いた。

 華はため息をつきながら、コンルの頭をはたく。

 もう1体出てきたのは、華が刀で斬り落とすが、振り返った顔は怒っている。

 半頬に指をあて、静かにしろとジェスチャーする華だが、


「ここに、生きてる人間がいる可能性と、村人がゾンビになって混じってる可能性があるのっ」

「え……?」


 華は小声で続けて説明をする。


「あくまで想像だけど、ゾンビがこの中に大量に入ったってことは、複数の人間がここに逃げ込んできってことかもしれない、とすると、まずはこの壁の後ろにある、2つの実習室の廊下を抜けて、右側の宿泊施設を確認した方がいいかなって……。けどさ、そこが破られてたら、どうしよっか?」

「全部凍らせます」

「だめだって」


 月明かりがふんわりと2人を照らすが、中までは明るくはならない。


「コンルの渦、小さくして、足元照らすってできる?」

「できますけど……行くんですか? 僕、いやです」

「じゃ、置いてく」

「それも嫌ですぅ」

「じゃあ、ついて来いって」


 華の背中にぴったりとくっつくコンルに肘鉄を入れつつ、華は廊下へと向かう。

 実際、本当にここに隠れている人間がゾンビ化してしまっていたら、どうしたらいいのだろう。


 何度も何度も妄想に妄想を重ねてきた事態が、現実に起ころうとしている。

 華の刀を持つ手が震える。


 そして、唇が笑う。


 タギってきてる──!!!


 華は非常識な感情を抑え込むのに必死になったとき、廊下の奥で、ガタリと音がする。

 同時に、肉を引きずる音も聞こえる。


 かくれんぼの鬼役から、鬼ごっこの追われ役になるまで、そう時間はかからなかった。

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