第42話 守れ、児童館!

 音呉村の児童館は、明治時代に建てられたレンガ倉庫を改築したものだ。

 3階建て相当の3つの倉庫からなる児童館は、横並びに隙間なく建てられている。壁の境には分厚い鉄扉を設け、行き来は自由だ。

 中央の倉庫が研修施設となっており、音呉村特産物の芋の調理実習や、有名な先生を招いての科学実験教室が定期的に開かれている。

 さらに2階には小さな植物園と、インコ館が併設し、村人の憩いの場でもある。

 向かって右側は宿泊施設だ。大浴場はもちろん、雑魚寝から二段ベッドまで含めれば、収容人数は300人は余裕だと聞く。児童の研修施設として、他地域の学校でも使われている人気施設でもある。

 左側の倉庫は、施設管理者用の部屋が2階にあり、1階は倉庫として使われている。倉庫は主に実験の道具やそれに伴う薬品などが置かれている。だが危険な薬品や食材など、基本的に使い切りにしている。そのため、ビーカーやフラスコ、調理器具や食器が大半で、薬品などの在庫はなし。

 今週、科学実験の研修はないため、キッチンペーパーが在庫にあるぐらいだ。


 そして、現在──

 右側の宿泊施設側で大人11名、子供21名が籠城しているという。

 そのうちの2名が、華と現在ランニング中だ。



 先に児童館についたコンルだが、上空で見下ろしながらつぶやいた。


「広すぎじゃないですか……」


 無理はない。

 倉庫の一帯は公園も併設しており、バンガローやキャンプ場もある。

 それらを区切るように大きな塀で囲われ、出入り口は南側の門のみ。

 野生動物の侵入を防ぐ意味の大きな塀が、ゾンビを防ぐための壁となる、はずだった。


 だが、その門はすでに突破されている。

 老朽化していたのが原因なのか、ゾンビの量が問題なのか、どちらもあったのかもしれないが、簡単になぎ倒され、重そうな鉄の柵はへしゃげている。


 そのまま正面の中央入り口にゾンビが群がっており、すでに室内へと侵入していた。

 いつ、宿泊施設側の鉄扉を壊しにかかるかわからない。

 それほどに、ゾンビの量が多いのだ。


「こんなに、なんで……」


 コンルは戸惑いが隠せない。

 いつもであれば、召喚するモンスターを倒せば済んでいた。それは、異世界むこうでもやり方は変わらないものだ。

 だが今、召喚するモンスターもいないのに、召喚型モンスターが大量に湧き出している状況に、理解が追いつかないのである。


 を止めればいいのでは。


 コンルなりの思惑があったのだが、それは、無意味だった。

 これだけのゾンビがいる以上、湧き出ている場所を探すより、一刻も早く減らさなければ、立てこもっている人たちが生き延びられない。

 だが、どこから倒すべきなのか、順序が導き出せない。

 どこを攻撃しても、数が減らないからだ。


『……ルさん、コンルさん、大丈夫ですか?』


 慧弥の何度目かの問いかけで、コンルは「はい」と返事をしたが、それでも動けないでいた。

 これまでの戦いが無意味に感じるほど、コンルは今、自分の経験値が足らず、身動きが取れない。


 ……ただがむしゃらに戦って、自分が引っ掻かれでもすれば、自分がゾンビになって終わり。

 いや、もっと最悪の事態にも……


 叫ぶ慧弥の声が、頭に響く。


『コンルさん! 早くしないと!』

「で、ですが、トシ、どこから手をつけたらいいのか……。室内から? 外を減らすべきか……? もっと単純だと思っていたんです! ……こんな戦い方、したことがない……」


 細く小さく消え入る声に、慧弥は目一杯、声を張った。


『コンルさんは、できます! 大丈夫! 今まで、俺たちを救ってきてくれてますから! 待ってて! 今、ルート見ます!』


 背中を押してくれる声に、コンルは杖を強く握りなおした。手袋が濡れ、布がぎちぎちと音を鳴らす。


 コンルは思う。

 父も独り戦っていた日は、倒されるかもしれない恐怖と戦っていたのだろうか……


 コンルは深呼吸を2回、繰り返す。

 少し、落ち着いてきた。

 頬を流れる雨が冷たい。


『……えっと、まず、そこ! 後ろの、大きな門を封鎖してください。内と外を分断できたら、内側を掃討し、終わったら、外を片付けましょう!』

「……はい!」


 コンルは改めてあたりを見直した。


 そうか。

 客観的に広く戦場は見るべきなんだ。

 いつもばかり倒してきたツケだ。


「……ありがとう、トシ」


 コンルは素早く舞い上がり、言われた通り、門を凍らせた。

 大きく囲う壁と繋げるように、ゾンビごと凍らせていく。

 人柱入りの氷の壁は、かなり頑丈そうだ。

 外側のゾンビが氷を叩きだすが、割れることはない。むしろ、叩いた手が凍りはじめている。


「時間稼ぎはできそうですね」


 これで、内側と外側で分かれたわけだが、内側だけでも相当な数がいる。

 次にコンルは氷の雨を降らせはじめた。

 鋭い氷がゾンビの頬に当たるだけで、ゾンビが凍っていく。


「弾けてください」


 コンルが杖を小さく振った。

 凍った部分の氷が言葉通り、

 凍ったゾンビが1体弾けると、周りのゾンビに破片が刺さり、凍らせ、また弾けるという連鎖技だ。


 見る間に砂になって消えていくゾンビだが、それでも半分も減っていない。

 丸く切り抜くように現れた砂地にコンルは立つと、わっとゾンビが群がりだす。

 コンルは自身の周りに小さな無数の氷を浮ばせ、一斉に放った。

 四方に散った氷はゾンビの体を凍らせ、弾きながら倒していく。

 だが、首が落とされなければ死なないのが、ゾンビだ。


 さらに鋭い氷を7つ、浮かばせた。

 華の日本刀に似ている。

 再び集まり始めたゾンビに向けて、7本の氷の刀で斬り落としていく。

 主に、首を、だ。

 足元のゾンビを蹴散らしながら、もう少しまとめてかかってきてほしいコンルは、氷の強化魔法の魔法陣を浮かばせてみた。思った通りに、魔法陣だろうと、光にゾンビが反応しだす。

 蛾のようにふらふらと群がり始めたゾンビを斬っていくが、なかなかに集まりが悪い。騒いでも気づかないゾンビが多数いる。


「僕が囮になればいいのでは……」


 コンルは、氷魔法強化の魔法陣を高く浮かばせた。

 まるでオレンジのスポットライトに当てられたアイドルのよう。

 襲いかかってくるゾンビを凍らせ、杖で殴り、蹴りで首をもぎ、氷の刀で首を落とす様は、リズム感がよすぎるせいで、キレのあるアクションダンス、いや、“トリッキング”だ。マーシャルアーツ発祥のアクロバットスポーツだ。

 頭を足首近くに下げて上体を回し、その反動で足を高く上げて回る技がある。シャントという技だが、今、コンルが蹴散らしている技は、まさしくそれだ。アップテンポのロックがBGMでも遜色ない、アクロバティックな動きに、慧弥からは感動のため息がもれる。


「……トシ、どうですか?」

『めっちゃキレがよくって、かっこいいです!!!』

「何のことです? ゾンビです。数はどうですか?」

『あー……』


 慧弥は小さく咳払いをし、少し時間を開けて、返事がきた。


『えっと、……その、だいぶ減らせてますが、まだ結構います。キャンプ場の方、あの小さい丸太詰んだ建物あるじゃないですか。あっちの方までフラフラしてるのが結構いて』


 振り返ると、林の先に慧弥が言った通りの建物が並んでいる。

 残りの片付けに、コンルは足をつかうことにした。

 自力で走り探し、倒すしかない。

 夜明けまで時間はあるが、陽が出て、その地面でゾンビが眠ってしまえば、その場所で夜に復活してしまう。1匹でも減らさないといけない。


 今、求められているのは、安全地帯を作ること。


 目的を履き違えないように、コンルは今できることをしようと、雨が降る暗闇にじっと目を凝らす。


「……けっこうやっかいですね」

『サーモとかで見れたら楽なんですけど、相手、死んでますしね』

「サーモがわからないですが、何か、おびきよせる装置とか、考えた方が早いでしょうか……」


 どこにでも、ソロプレイヤーはいるもの。

 はぐれゾンビの強い意志を感じる。

 集団には染まらない。という、強い強い意志だ。


「……装置……どうしたらいいんでしょう……」


 かすかな音の方角へ氷の粒を飛ばすと、びしゃりと音がする。

 ゾンビがいたようだ。

 当たってよかったが、当たったのは20発中1発の確率である。


 ──効率が、悪すぎる!!!!


 時間差で発動するトラップ型の魔法が使えればまだマシかもしれない。

 だが、それができるのはハイクラスの魔術師ぐらいだ。コンルはそこまでの魔法は使えないし、使いこなせるわけもない。

 ため息混じりにつぶやいた。


「おびき寄せるもの、光と音、他はなにがありましたっけ……」


 ほぼ独り言のコンルの声に、華が返事をした。


『コンル、おびき寄せるもん、あるわ。今、そっちいくから待ってて』


 華の声に、コンルはつい笑顔が浮かんでしまう。

 後方から来るゾンビを殴りながら、コンルは自分の服の砂を払った。


「ハナが来る前に、少しでも、片付けをすませておかなければ」


 やはり男の子。

 好きな子の前ではカッコをつけたいものだ。

 やる気を見せるコンルに、慧弥も協力してゾンビ討伐に動いていく。



 ……が、本番は、これからだった────

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