第40話 助ける理由は、人それぞれ。
萌の手がリモコンを握る。
チャンネルを元に戻したのだ。
すぐに映し出されたのは、児童館を囲みつつある、ゾンビの群れだった。
「なんで、こんなに……?」
萌の疑問もわかる。
光を漏らさないように工夫がされてあるのは見てわかるし、仮に細い光があったとしても、これほど集まることは想定外だろう。
バリケードらしきものは見えるが、らしきもの、だ。
大きな被害が出ていないのであれば、土嚢を積んでおくぐらいのことしかしないのが、普通だろう。だいいちに、昼間は出てこず、夜にしか出ないのなら、なおさらだ。昼のうちに準備はできるが、黙って過ごしていれば、襲われることもない。
だが、今、襲われかけている──
「……ちっ」
慧弥が舌打ちするのもわかる。
見慣れた顔が映る。
ゾンビの先頭を走るのは、間違いなく1つ上の先輩の、佐藤清彦と高橋讃太だ。ちなみに、讃太の誕生日は、12月25日、三男坊である。
「はぁ〜……見つけたわ……」
くるりとパソコンを回して見せてきたのは、動画サイトだった。
だが、メジャーではない。
背景が黒く、文字もみづらい。
「なにこれ」
「アングラの動画投稿サイト。そこに広告つけて配信してたみたい」
「そんなことできんの?」
「ちょっと知識があれば、ね。ま、今、相当拡散されてるから、すぐ落とされると思うけど」
映像は彼らのスマホからだ。
まだ配信は続いている。
走る音と布が擦れる音、息切れと、ゾンビの鳴き声、ときおりあがる彼らの悲鳴が響いてくる。
『やばい! めっちゃ追ってくる!』
『お前、スマホ消せって! ……うわぁ!』
『走れ走れ走れ!』
『子ゾン、めっちゃ集まってるぞ!』
どっちがどっちの声かはわからないが、相当に切羽詰まった状況だ。
彼らが児童会館に向かっているせいで、児童館に人がいるとゾンビが判断。
わらわらと大層な数を集めている。
「もうそろそろ、ゾンビになんじゃね? ウケる」
だが、ブレる画面で見えたゾンビに、華の目が光った。
「子ゾンって言ってるけど、……これ、……首から足が生えた大人じゃない……? えー、ヒルコにそっくり〜かわいい〜」
うっとりと声をあげる華だが、ヒルコとは1991年の塚本晋也監督の作品『ヒルコ/妖怪ハンター』のことを指す。
漫画家・諸星大二郎「妖怪ハンター」を沢田研二主演で実写映画化したもので、2021年レストア&リマスターされ、各サブスク映画で見られるようになった作品だ。
そこに出てくる『ヒルコ』という妖怪が、人間の頭から蜘蛛の脚を生やした姿をしていて、それにソックリだったのだ。
華は立ち上がると、コンルの手を強く強く握り、立ち上がらせた。
「コンル、行こう! ヒルコを倒して、あたしたちも妖怪ハンターになろうっ!」
「妖怪ハンターにはなりませんが、華が言うのなら」
さっそくと、ハシゴを向いた2人に、萌が両腕を広げて立ちはだかった。
「……みんな、コンルさんのせいとか言ってるし。それに、ねーちゃん、起きたばっかじゃん」
「妖怪ハンターは、妖怪を倒さなきゃいけない
そっと萌の肩を押し、進もうとする華に、萌が腕をつかむ。
行かないでくれと、はっきり言えない萌の優しさに、華は微笑んだ。
「ねーちゃん……」
「萌、コンルが背中守ってくれるっていうから、平気だって」
華の強い視線に根負けした萌は、俯きながら体をずらした。
それを見て、慧弥が「お守り」そう言って、コンルにつけだす。華には手渡しだ。
「長距離対応の小型トランシーバー。家にあった。これ、使えると思わん?」
電源を入れ、イヤホンマイクを耳にかければ、即通話可能だ。
「あーあー聞こえる?」
パソコンから華の声がもれてくる。
コンルは、直接響いてくる華の声に大興奮のよう。
アイスブルーの大きな目が、さらに見開いている。
「これ、いいですね……興奮します……!」
「あんたの反応、おかしいって」
「ハナに言われたくありません」
「そろそろ先輩、ゾンビになりそう。助けるなら早めの方がいい」
パソコンの画面に食い入る慧弥をシェルターに置き、ハッチを開け出ていく華たちを見送りに、萌も出てきた。
だが、そわそわと落ち着かない。
心配でたまらないのだ。
「萌、あたしたち、2階から出てく。あと、この部屋のドアシャッターは、ちゃんと閉めて。約束」
「わかった。じゃあ、合言葉は、『風』『谷』にしよ、ねーちゃん」
「オケ。じゃ、萌、ちゃんと戸締りな。ガタガタ聞こえたら、朝まで絶対ドアは開けんなよ!」
「わかってる。気をつけてね。いってらっしゃい」
「おう!」
「ちゃんと守りますので、モエさん」
華とコンルがドタバタと駆け上がっていった。
その音につられてか、玄関のドアがガタガタと鳴り出す。
萌は音が鳴らないように、ドアの内側にあるシャッターに手をかけたとき、
どん! ど、どん!
ドアが叩かれる。
そっと覗き込んだドアに、黒い複数の影が蠢いているのが見える。
ドアに張り付き、こちらを覗き込んでいる──!
焦って、手にかけていたシャッターが滑った。
大きな金属音が、家中に響く。
ガンッ! ガンガンガンガン!!!!
ドアが激しく叩かれる。
力任せに叩かれるドアから、軋む音がする。
ドアが壊れ始めている。
怖さで震える萌の手が、なかなかシャッターのへりをつかめない……!
びじゃ………っ!
『家、壊すつもりか? あぁ? さわんじゃねー!』
華の叫ぶ声が遠ざかっていく。
べっとりと砂がついたドアを見て、萌はゆっくり、息を吐いた。
「……ねーちゃん、ありがと。がんばって」
萌は一気に、シャッターを降ろし、シェルターへと戻っていく。
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