第39話 作戦会議 シェルターにて

「明るい……あったかい……明るい……」


 萌は幸せそうに猫たちと戯れながら、備蓄のチョコレートに手を伸ばす。

 ざっと見るに、いつの間にやら2週間分の備蓄に増えていたようだ。祖父が戻ったあの日に増やしたらしい。

 大変ありがたいので、華も萌からチョコレートを1つもらい、頬張った。

 久しぶりの甘みのせいか、胃がぐうと唸りだす。


「ねーちゃん、電子レンジ用のお粥あるから、あっためてあげるね」


 もはや固形物でも良かったが、さっきまで寝ていたことを考慮しての選択に甘えることにした。


 慧弥はさっそくとネット環境を調べている。

 有線があるため、それでつなげるようだが、舌打ちがひどい。ここは地下のため、電波はほとんど入らないのが、彼の苛立ちの主な原因なのがわかる。

 そんな慧弥の隣に腰を下ろしたコンルだが、ずっと驚きっぱなしだ。


「部屋自体が、要塞なのですか?」


 というのも、部屋の出入り口はもちろん、窓までもシャッターが降ろされたからだ。


「強盗対策にしては頑丈だから、やっぱ、核爆弾とかに備えてんのかね? おかげで、一番最初、魚頭に窓割られたんだけど、音しなかったんだ。それ、ちょっと難点だよなー」

「たしかにー」


 パンダを抱えつつ、萌は寝転がる。

 猫も5匹、プラス3匹で8匹、問題ない。

 ふと、両親の猫を見つけ、華に疑問符がついた。


「思えば、母さんと父さんは?」

「今頃かよ。公民館の件ですぐに検問所が封鎖してさ。だから、俺たちがクラックから出てきたあたりで帰ってこなかったら、村には帰ってこれなかった、ってこと。だから親御さんがいない家も結構あるみたい。公民館使えないから、児童会館使ってるって報道してた」


 何気なくテレビをつけるが、ニュースは音呉村関連ばかりだ。

 ただただ黒く濡れる真っ暗な村が映し出されている。


 今のドローンは鮮明な映像が撮影可能だ。

 テレビ用のドローンは、街頭に群がるゾンビたちを映しだした。


 光を見上げる姿は、どうみても腐った人間だ。

 男か女かの判別は、身長の差ぐらいだろうか。

 服装は、先日のゾンビ怪人のときと同じ、チュニックやブーツ、ワンピースなど、音呉村の人間ではないことは間違いない。


 大柄なゾンビが、光に向かって、ぶんと腕を振り下ろす。

 明らかに、攻撃的な動きだ。


 目を凝らすと、四つん這いの人間がいる。

 子どもだ。

 虫のように地面を這っているが、しかも速い。

 ドローンが、群がるゾンビの顔を映そうと近づいた瞬間、腐った顔面がアップになった。


 子どもゾンビが飛びかかったのだ。


 口は蛇のように開き、歯はない。舌は溶け、頬の肉が削げていた。

 目は濁り、窪んだ奥に詰まっていたが、前に当たったせいか、ぽろりと転がってぶら下がる───


『映像が乱れました。切り替えます』


 萌はすでに画面から背中を向けていた。

 何度も、こんな映像があったのだろう。ナチュラルホラー映画だ。驚かされるのが嫌なら、目を背ける。いい判断だ。


 反対に、華の目は爛々に輝いていた。

 おかげで、ずっとテレビを見てしまい、電子レンジがおわったおかゆに、なかなか口がつけられないでいる。


「ねーちゃん、冷めちゃうよ?」


 背中ごしに萌に言われるが、見惚れていたことがバレている。


「今、食べるって……」


 切り替わった画面では、遠目でゾンビを映してくれた。

 小さくとも映してくれるのは、大変ありがたい。

 おかゆの食欲が増すというもの!!!


 華がゾンビを眺め、美味しそうにおかゆを啜るのをみて、改めて変人だと納得した慧弥だが、ふと華はスプーンをくわえた。


「このゾンビって、まだこれ以上いるの?」

「僕の予想ですが、先日よりは増えるはずです。今も雨が降っているので。改めて伝えますが、ゾンビ発生の流れは、雨が降り、夜になると土から出てきます。朝日が出ると、土に潜ります。ただ、昼間その潜った場所を掘っても、ゾンビは出てきません」

「なんじゃそりゃ……」


 華は口をへの字に曲げる。

 カチカチとプラスチックのスプーンを噛みながら小さく唸る。


「昼間に討てないのか……。今年、雨、ぜんぜん降ってなかったのも大きいな。今になって、か。……でも、斬れば減るんだよな?」

「今日出た分は、減るんじゃね?」


 画面と格闘した慧弥が顔を上げて答えてくれた。

 くるりと回されたパソコン画面には、監視カメラの映像がある。

 光に群がるゾンビたちを自衛隊、警察官たちが頭を撃ち抜いたり、殴ったりしながら、砂化させている。

 動きが鈍いタイプなので、対処はできているが、なかなかに骨が折れそうだ。


「これ、子どもタイプ襲ってきたらやばくね? ま、どうにかすっかね、大人だし」


 残りのおかゆを流し込んだ華を、コンルはじっと見つめている。

 それも惚れ惚れと、頬を赤らめて、だ。


「なに?」

「ハナは冷静なんですね。素晴らしくて」

「んあ?」


 華は部屋の端に丸められた寝袋から本を取り出した。

 そこには、『ゾンビサバイバルガイド』と書いてある。


「こーなることも、ちゃんと想定済みだかんな!」

「ふつーしねーよ!」


 慧弥からツッコミがはいるが、華はパラパラと本をめくったあと、自身の髪の毛を掴んだ。


「長すぎると握られて命取りっていうから、髪、切るかな……」


 近くにあったハサミをひょいと手に取った。

 だがそのハサミをコンルが素早く奪う。


「ダメです。華の黒髪は美しいので切ってはなりません。背後は僕が守りますから、髪の毛はそのままでお願いします」

「おー、いうねー」


『ただいま音呉村は静寂のなかにいます。大きな怪人がいない今、小さな怪人が生まれてきた理由もわかりません。すべて、あのファンタジアが招いたことなのでしょうか。ここで村の住人の方にインタビュー』


 華はチャンネルを変えた。

 コンルへの愚痴でも言われたものなら、たまったもんじゃない。

 ここまで一生懸命、村のために戦ってる異世界人はコンルだけだ!


 だいたい、幸せゾンビタイムがようやく到来したのに、ぶち壊すような言葉など、聞きたくもない!!!


 切り替えた番組は、芸人が食べ歩きをしながら、地元の思い出を語るバライティー番組だった。

 黒スープのラーメンが、めっちゃくっちゃ美味しそうに見える。

 ラーメンをはふはふすする音につられ、テレビを見始めた萌に笑いながら、華は改めてコンルに尋ねてみる。


「コンル、この状況って、そっちでもよくあったり?」

「いえ。でも、いや……わかりません」


 濁した言葉が聞きたいが、決定的なものではないのかもしれない。

 華はそこをつつくことはやめた。


 今は、雨が降るたびに出てくるゾンビをどうにかしなければならない。


 それが果たして2人でどうにかできることなのか──


 ピロリロリロリン!

 ピロリロリロリン!


 テレビから警報が鳴る。

 外からは微かにサイレンも聞こえる。


 ニュース速報として流れたのは、『音呉村児童館にゾンビ襲撃』の文字だった。

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