第38話 続・あの日から、3日目

「赤い女……」


 ネット怪談で読んだことがある。

 何度も何度もチャイムを押し、見にいくと首がぐぅーーーーっと伸びてあかり窓から覗き込んでくる、という都市伝説のような話がある。

 いろんなバージョンが存在するが、華は『赤い女』を思い出していた。


 実際、母に似た声を出すそれは、黒い世界にもかかわらず、赤い服であるのがわかる。もちろんヒールも真っ赤だ。

 そして千切れることなく覗き込んできた顔は、貞子のように目が開き、目を歪ませ、笑っている。


「ねぇ、ちょっと、あんた、人ん家覗くってひどくね? 首伸びるからって、見んじゃねーよ!」


 指を刺し、怒鳴られたことに女の顔が真顔になった。

 さらに華がメンチを切ると、女は驚いた顔をして、すごすごと帰っていく。


 が……



 ──びたん!!!



 数歩離れたと思ったら、ドアに顔面から体当たりしてきた。

 くっきりと顔がガラスに張りつく。

 萌が悲鳴を噛み殺すように、口に両手をあてて、泣き出す始末。


 だが華はそれには動じなかった。

 なぜなら、女の足の動きが、戻るステップを踏んでいたからだ。


「な、慧、コンル、これ、驚かせ要員? なに? ウザくね? 赤い女ってもっと怖いと思ってた。めっちゃ拍子抜け」


 華はドアをガチャガチャし出した女を無視し、ダイニングへと戻ると、残ったコーラを飲み干した。

 まだ泣き止まない萌に、華がキヌ子を抱っこさせたとき、慧弥はため息まじりに笑い出す。


「そっか、華だもんな……」


 もっと怯えたり、驚いたり、それこそ取り乱したり、というのを想像していた自分がバカらしくなったようだ。

 慧弥ははぁーーーと息を大きく吐き、イスにだらりと脱力する。

 コンルは華の冷静さぐあいに、改めて驚いていたが、寂しそうだ。


「あの、ハナ、僕の胸はいつでも空いてますよ? ほら? 飛び込んで?」

「きゃーなんて言わねーし。つーか、なんで母さんの声真似して、ドア開けさせようなんて、へんなのがいるわけ?」

「あー、でも、あれは、前からうちの家に出没していた」

「は?」

「……理由は、雨」


 慧弥は、雨と怪人との関連性をすでに見抜いていたそうだ。

 大きな怪人を倒していたのに、なぜか消えたはずの召喚怪人が復活した日、黒い人を見かけた日、自分の家に赤い女が出てきた日……


「全部、雨が降った後に出てきてた」

「黒い人、いつ調べたんだよ?」

「ちゃんとあの猫カフェのときだよ。時間と日にち、場所とかね」

「……すご」


 慧弥がまとめたデータをスマホの暗い画面で確認してる間に、ガチャガチャした音と声も消えたので、赤い女は他の場所へ出かけたようだ。


「さっきの赤い人は、夕立のあとによく出てきててさ。あーって納得」

「でもそれで隔離されんの?」

「いや、隔離された理由は、それこそ、土曜の夜から、……ゾンビが出るようになったんだ」


 ────土曜日、公民館の状況調査のため、複数の警官と自衛隊、研究員たちは公民館の周囲を徹底的に調べていたそうだ。

 さらに巡回をする警備の人間も多く出ていたという。

 そのうちの1人が、『感染』した──


「ゾンビ怪人に似ていたって話。ボロボロの服をまとった人間が襲ってきたって。他の警備の人間たちと押さえ込んだけど、ちょっと押えたら、首がぼっきり折れて、すぐに砂になって。だけど、引っ掻かれた人はそのあと……」

「そのあと!?」


 華は思わず立ち上がっていた。

 鼻息が荒い。

 頬も紅潮している……


「喜ぶなよ! ……その、ほぼ意識がない状況なのに、暴れだした。華みたいに」

「……は? じゃあ、あたしも感染してるってこと!?」


 自分の手を見ながら、さらに鼻息を荒くする華に、慧弥は憐れむ目で伝える。


「それはわからない。その、頭は眠っている状態なのに、夜になると活動を始めて、暴れる。看病をしていた奥さん、看護師さん、医師の3名が、彼の爪に引っ掻かれ、同じ状況になってるんだ」

「それと、これがどう繋がるわけ?」


 ため息をついた慧弥から引き継ぎ、コンルが続ける。


「夜に出てくるゾンビは、虫といっしょで、明かりやに寄ってきます。音にも寄ってきます。昨日は雨が降らなかったので、出没はほぼありませんでした。ですが、今日は夕立が降りました。今日はゾンビが出るはずです。そして、明日からしばらく大雨予報なのです……」


 華はコンルの説明に、華の頭はの中は花畑状態だ。


「コンル、変身して、狩りにいこーぜ! これで、ゾンビ彼氏も探せる! いいじゃんいいじゃん!」


 再び、萌がわっと泣き出した。


「……コンルさんが、手引きしたんじゃないかって、今、問題になってて……」

「なんでそうなるよ?」

「未知なものには、未知なもので蓋をしたい。そんな感じかな」

「じゃあ、作戦会議するしかねーじゃん。大量に出てきたら、さすがにヤバいし。つか、もう部屋、暗いしさ、シェルターいかね? 窓もシャッター降ろしてんだろ?」


 華の声に、皆、固まる。


「「「シェルターあったんだ……!!!」」」


 まさかの3人の合唱に、華がため息をつく。

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