第28話 不死身のキクコの倒し方

 コンルが走り抜けるが、相当に早い。

 これが勇者の恩恵なのだろうか。

 腕を振り下ろされる集団キクコの間をコンルは華麗にすり抜けていく。

 華は揺れる体で、歓喜の絶叫をあげていた。


「わー! キクコがいっぱいいるぅーーーー!」


 コンルは集団から抜けると同時に杖を出し、魔法少女に変身!

 華麗に氷の柱を作り出し、ふわりと浮かんだ。


 公民館から300メートルほど離れた場所になる。

 集団キクコは公民館ではなく、標的を華たちに変えたようだ。


 氷柱の上に立たされた華だが、空を見上げた。

 さーさーと細い雨が、2人の体を濡らしていく。

 見下ろした村は雨で灰色に染まっているが、どこかおかしい。


「……え、うそ。『サイレントヒル』化してない?」


 『サイレントヒル』は、カナダ、フランス、アメリカ、日本の合作ホラー映画になる。

 元はゲーム『サイレントヒル』を原作に、実写映画化されたものだ。


 実写化。

 そう聞いて、残念な気持ちになった方も多いかもしれない。

 だが、華は、オススメのホラー映画だと断言する。

 一番の見どころは、三角頭とバブルヘッドナースが、完璧!

 もう、ここがよければ全ていいよね!?

 と、華は思うが、もちろん、ストーリーもよかった。


 ゲームではお父さんが主人公だが、映画ではお母さんが主人公。

 ここは、共感してもらうための切り替えなのかもしれない。

 やっぱり、娘のために居ても立っても居られないのは、お母さん、というイメージもあるのだと思う。


 サイレントヒル! と叫ぶ娘のために、サイレントヒルに来た娘とお母さんが、さまざまなクリーチャーから逃げ惑うのは、もう、ハラハラしっぱなし!

 一方、お父さんは、お母さんの後を追うことで、サイレントヒルの世界と現実世界が交差していくストーリーになっている。


 この交差したあとの、ラストがたまらない!

 映画ならではで、余韻が悪いのが、本当にグッドなのだ!!!


「ショーン・ビーン、探しにきてくれないかな……帰ったら見なきゃ」

「しょーん?」

「いや、こっちの話。いや、その、村の様子、おかしくね?」


 コンルはふわりと浮き上がり、改めて村の全体を見渡すと、小さく頷き、戻ってきた。


他界クラックに堕ちたようです」

「くらっく? すきま? なにそれ」

「こちらの世界での意味は説明できませんが、僕たちの言葉では、他界クラックと呼びます」

「これ、どうやって、もどんの?」

「堕ちた理由は、神が取り込まれた可能性があるってことです。神を戻せば、戻れます」


 解決策がわかったところで、氷柱が揺れる。

 大勢のキクコが揺らし始めたのだ。


「折れない?」

「その前に、着替えなくては」

「できるかー!!!!」


 電波塔より高い氷柱の上で、着替えることなどできるわけがない。

 足元は50センチ四方はあるが、それでも片足で立って何かを脱ぐなど、正気の沙汰ではない。


「狂ってる系JKしてるけど、これは無理。無理。マジ無理!!!!」


 それでもコンルは気にせずに、小さな渦を杖を振って出現させる。

 そこから、変わらずふかふかのアンゴーが顔をだした。


「貴様、コレ、使エ! 使エ! コロス!」

「いきなり、物騒なんですけど、アンゴーさん……」


 もふもふの手にかけられていたのは、ブレスレットだ。

 受け取り、手のひらに乗せて見る。

 赤いルビーのような、透明感のある石に、1円玉程度のぎょくが埋め込まれ、透明な玉の中には、小さな渦が巻いているのがわかる。


「アンゴー、作ッタ! オレ、天才! 使エ! コロス!」

「だから、なんで最後、殺すなんスか……。使うっていっても、どう使うの、これ?」

「その渦を回転させることで変身するようです。アンゴー、華のこと気に入ったみたいで。受け取ってください」

「あ、ありがとう、アンゴー」


 アンゴーは鼻をひくつかせると、耳をピコンと揺らし、穴の中へと戻っていく。

 ふわふわのしっぽを見送りながら、くたくたの人参をあげようと思っていたとき、コンルは華と目を合わせて浮かび直した。

 そして、いつになく、にっこりと笑う。


「いってらっしゃい、ハナ」


 コンルの手が、華の肩を押し出したからだ。

 不意の力によろけた体は、頭から落ちていく。

 伸ばす腕は見る間に離れていく。


 声を出す暇もなく、体が落ちる。

 もがくも何も、掴む場所もない。

 左手につけたブレスレットが光り始めが、地面に頭から落ちるのは、あと2呼吸ぐらいだろうか。


 唐突すぎて、何も考えられない。

 後悔も、憎しみも、なにも……


 ということは、なかった。


「コンル、死んでも一発、殴ってやる!!!!!」


 地面に激突する瞬間、華の体が赤い花びらが視界いっぱいに広がった。


 ──深紅の椿だ。


 椿の香りとともに、体がふわりと浮かんだ。

 まるで胎児のように身をまるめた華を、そっと花びらが包みだす。

 煌めく粉は花粉なのだろうか。

 だが、華の筋肉痛はもちろん、軽い怪我を治してくれているのは間違いない。

 体がじんわりと芯から熱くなる。

 華は目を開けた。


 大きな椿が咲き誇る──


 そこから出てきたのは、漆黒のセーラー服と和防具を身につけた女子高生、和製ファンタジアだ。

 体操選手だった頃を思い出し、決めのポーズを取った華だが、我に返る。


「……コンルー! 降りてこーい! 痛くしねーから! な!」


 瞬間でガチギレだ。

 腹いせとでもいうように、向かってくる集団キクコを刀で斬り裂きながら、華は呼ぶ。


「降りてこい、っつってんだろぉ!」


 むしろ、華が怪人と言ってもいい。

 口から湯気を吐いているようにすら見える。


 氷を割りながら降りてきたコンルだが、さっと距離を取った。


「だって、落ちてって言って、落ちました?」

「落ちた!」

「いや、落ちないと思います」

「それ、あんたの考えだし!」


 ずりずりと襲ってくるキクコたちだが、切り落としても復活している。


「はぁ? チートか?」

「本体を叩かないと、彼らは死ねません」

「死ねない……?」


 コンルが氷で集団キクコの足止めをしていくが、『死ねない』という言葉がひっかかる。

 滑るように走るコンルに、華は走って追いかけていく。

 あぶれたキクコを斬りながら、飛び越え進むが、


「あたしも飛ぶ!」

「それは、勇者特権です」

「変身は?」

「この格好は勇者特権ですが、通常の装備変身は鍛冶屋の力ですよ。アンゴーは特級鍛治師ですから」


 やっぱり、くったくたのにんじんを山盛りあげなくてはならない。

 華は今日の夜に食べさせようと算段をするが、今は不死身のキクコをどうにかしなくてはいけない。


「コンル、死ねないってなに? 消えるんじゃないの?」

「彼らは怪人に取り込まれた魂のようなものです。怪人が死ねば死ねますが、それまでは不死身です。でも、斬られる痛みも感じていますし、憎しみや悲しみの負の感情のなかで生きているんです」

「地獄じゃん……」

「ハナ!」


 刀に迷いが出た。

 足をつかまれ、さらに頬を殴られるが、背筋で海老反りから、刀をまわし、胴から切り離していく。


「……くそ!」

「ハナ、自分の身を大事に」

「わかってる」


 再びコンルに抱えられ、公民館の屋上へと着地する。

 この公民館には天文台が設置されており、ひと際高い塔があるのだ。

 その上に移動をして、見下ろすが、不死身のキクコの位置がわからない。


「困りましたね」

「全体を凍らせるとかで炙り出しとかは? 不死身のキクコ出てくるとか!」

「……その、不死身のキクコ、ですが、元はどこから?」

「キクコだとすると、あれ、トイレんとこ」

「そこに行くしかないですね」


 そうは言うが、ここから離れることになる。

 動きは鈍いが、集団キクコは公民館を囲っている。

 コンルが多少は氷漬けで動きを止めたが、それがいつ動くかもわからない。


「コンル、あんたは神がどこにいるか、わかったりすんの?」

「……ええ、はい、わかると思います。アンゴーは神の親戚ですから、匂いがわかるかと」

「なんで、猫とうさぎが親戚なんだよ! まー、どうでもいいや! 行け!」

「ここを一人で? 無理ですよ」

「倒せねぇんだから、2人で残っても意味がねぇだろ」


 コンルは頷くと、華の半頬をそっとなぞる。


「名前を叫んでくれたら、すぐに飛んで参ります。今、華には椿カメリアの加護があります。ブレスレットの花が散るまで、強化魔法がかかっていると思ってください」


 華は改めてアンゴーからもらったブレスレットを見る。

 左手首に鮮やかな椿の花がガラス細工のように咲いている。

 とても美しいが、今の華には、がある。


「また、ガッチガチやぞ! ってなんの!?」


 口をへの字にして、左の力拳を殴って見せるが、コンルにはこの動作の意味は通じない。

 小さく顔を振ると、華の肩をさする。


「安心してください。痛みはありません。全て、加護が強化してくれてるので。……でも、カメリアの花が散ったら、終わりです」


 コンルのアイスブルーの瞳が言う。

 とても危険であること。

 それでも、華を信じたいこと。


 そして、守れなくて申し訳ないこと──


 華は親指を立てて見せる。

 首をかしげたコンルに、


「意味は帰ってきたら教えてやるよ。……じゃ、神、探してきて!」


 コンルはすぐに高く舞い上がり、場所を確認したのか一気に飛んでいく。

 それを首を長くして確認した集団キクコだが、屋上にいる華を見つけたようだ。

 黒い中に浮く、白い目玉がぎょろりとこちらを向いた。


「追いかけっこ、しよーぜぇーっ!」


 華はスカートを靡かせながら、集団キクコの黒い波のなかへ、笑顔で飛び込んだ。

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