第19話 〆の映画鑑賞
食後のデザートにと、母がオレンジを切って出してくれた。
華は自分が食べたい分の3切を皿にのせ、テレビの前へと移動する。
だが、ソファには座らず、クッションをしいて、床で見るようだ。
だらりと腰をずらして鑑賞をするのが、彼女のスタイルだ。
「はい。これから、あたしを労う会をはじめまーす。バリケード破壊ババア鑑賞会、映画タイトルは、新感染。スタートスタートぉ!」
ウキウキでチャンネルをかえる華の横に、コンルは座ろうとする。
だが、ソファに座れと、華にソファが叩かれる。
言われた通りに座るコンルだが、何が始まるのかとワクワクしている。
一方、慧弥と萌はげっそり顔だ。
「お前の映画解説、はじまるんだろ? 俺、帰るし。……ほら、コンルさんも帰りますよ?」
「萌はお風呂に入っこよー」
連れて帰ろうとするコンルの腕に、華が両腕で抱きついた。
「一人で解説してもつまんねーから、コンルはいてくれよーぅ。初めて見る人に解説するの、めっちゃたのしーんだよーぅ!」
「……あー、はい。ハナがそういうなら」
全身で引き留められたのが嬉しすぎるのか、コンルの鼻の下が長い。
いや、もう顔がほどけてひどい。
素早く元の席についたコンルに、華は満足気だ。
「帰りはあたしが送ってくから。じゃ、帰れ、慧」
もう画面しか見ていない華に、慧弥は肩を落とす。
「……はぁ。コンルさんに迷惑かけれないから、俺も残るわ……」
そうかそうかと言いながら、慣れた手つきでサブスクを選択、さらにすでにマイリストに入れてあったのか、簡単に映画を見つけ、再生が押された。
「まあ、しゃべるの最初だけだから、最初だけ!」
「そういうヤツに限って、全部なんだよな……」
始まったのは『新 感染 ファイナル・エクスプレス』。
韓国発のゾンビ映画だ。
このメインテーマは、【家族愛】が描かれている、と、華は思っている。
ギクシャクした主人公の家族関係から、ゾンビを通しての人間模様はもちろん、妊婦さんの心細さ、夫の苦渋の決断、もちろん、バリケード破壊ババアが、なぜ破壊したかの根拠もそうだ。
ひとりひとりの人間模様が、小さな仕草や行動で背景を見せつつ、究極の選択をさせていく。
これがゾンビ映画の醍醐味でもある。
さらに、シチュエーション!
『特急列車』という、密室空間だからこそ、増え続けるゾンビからどう逃げていくのか。
恐怖ポイントをしっかり抑えてあるのが素晴らしい!
ゾンビ映画らしい楽しみ方ももちろんだが、どちらかというと、人間模様が泥まみれで描かれているせいで、身近な話にも感じられる。
仮にゾンビでなくとも、自分が究極の選択を迫られたとき、どう選ぶのか。なにを選ぶのか。ふと考えさせられる映画だと、華は思う。
それこそ、ちゃんと冒頭はコンルに説明をしていた。
この映画の舞台はどこの国で、どんな仕事をしている主人公なのか、あれは野球部で、ここは駅で、と、しっかり説明をしていたが、ストーリーも中盤となり、バリケード破壊ババアで出てきた頃には、ほぼ無言だった。
そんな華がぼそりとこぼす。
「……マジ、韓国の表現って、リアルで極端で、めっちゃドラマ性あるんだよね……」
「それはよく分からないですが、ハナが好きなものは、僕も好きになりたいです」
華はオレンジの皿にポップコーンを足しながら、映画を見たままコンルに言った。
「コンル、それは、好きの言い訳を、あたしにしてるだけだな。逆にいえば、嫌いの理由も、あたしのせいってこと。……それ、めっちゃ重いから……やめろ……」
クライマックスに近づくいてからの会話のため、ところどころが、力の抜けた語尾になる。
コンルは少し考え、華をみる。
「じゃあ、僕がこのエイガが面白いといったら?」
「ん? あんたが、楽しいってのが、一番大事……ちっ! ポップコーン、空かよ……コンル、ポテチ食べる?」
「あ、今日の昼、トシが持ってたものですか?」
「そうそう」
「炭酸のジュースといっしょにいただきたいです」
「任せろ。映画は娯楽だからな! 楽しめないなら、見ちゃだめだ」
華はいそいそと立ち上がり、茶箪笥をガタガタしている。
華の背を追い、コンルを見た慧弥は、気づいていた。
──コンルは、テレビを見ていない。
映画よりも、ハナの喜ぶ顔が、驚く顔が、楽しそうに笑う顔ばかり見ていた。
それも、とても、幸せそうな笑顔で、だ──
「……エイガ、とっても、楽しいですね、トシ」
「横、見すぎですけどね」
コンルは恥ずかしそうに笑うが、慧弥に微笑みかける。
それが幸せだと言いたいようだ。
慧弥は、なぜか無性にイラつく心をなだめるため、渡されたコーラを一気に飲み干した。
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