第18話 みんなで夕食会
お風呂をわかしてくれていた萌に大感謝をし、華はお風呂へとダイブ!
……したいのだが、だんだんと体が言うことを聞いてくれなくなっていた。
極度の筋肉痛だ。
油が切れたロボットになった気分で、ジャージを脱いでいく。
「萌ぇーーー……萌えぇぇぇーーー……」
死にそうな声で呼び出された萌だが、素直に脱衣所へと来てくれた。
ついでに、ランドンも覗きに来きたようだ。
先に浴室へと入っていく。
「なーに、ねーちゃん」
「チチバンドが外せない。助けて」
「……ひどいね、思ったより」
ブラのホックを外してもらい、なんとか全裸になれた華は、スローをかけられたRPGのキャラのようにのそのそと動き、浴室へと踏み込んだ。
「ねーちゃん、なんかあったら、お風呂の呼び出し押してよ?」
「ありがと。萌が妹でよかった、ねーちゃん」
「なに言ってんの。風邪ひくよ?」
萌に奥に押し込まれ、扉が閉められる。
ランドンは浴槽のふちで湯加減を見ていたようだ。
いや、お湯を見ている。
過去に、浅いお湯のなかに飛び込んだことがある。
ゆらゆら揺れている水面に誘われたのか、揺れた光に誘われたのかはわからない。
「ランドン、この風呂には、ダイブなし、な」
座れただけで、ほっとする体の軋みを感じながら、長い髪の毛を雑に洗っていく。
洗いながら、手に砂利の感触がある。
「……キモ」
3回、シャンプーで洗った華は、豪快にお湯で流していく。
ランドンが嫌そうに鳴くが、無視。
すぐに体を洗いにとりかかるが、今日は泡で体をなでて終了とする。
もう、肩があがりにくい。
腰をひねるのも辛い状況だ。
「あー、マジ、しんどい」
全身の泡をどうにか流し、浴槽に体を沈めた華だが、
「ああああああ」
おっさんのような声が出てくる。
怯えたランドンは扉に手を伸ばし、出たいと騒ぐが、これも無視だ。
あまりの無視加減に怒りだしたランドに、華は笑う。
「だって、開けられないんだもん。もう少し、待って、ランドン」
華はゆっくりとお湯のなかで、体をなぞる。
見た目的にも打撲ですんでいるよう。
押せば痛む箇所はあるが、腫れはない。
ゆっくり膝を伸ばし、腕をもむ。
肩を回すと、ごきっと鈍い音がした。
「……のぼせる」
40分ほどお風呂にかかっていたようだ。
脱衣所の時計を見て驚く。いつもなら15分程度だからだ。
着替えはどうにか萌に頼ることなく済ませられたので、廊下の壁をつたいながら、ダイニングへと向かっていく。
ちなみに髪の毛はタオルで包んである。ドライヤーで乾かすなど、無理。腕が上がらない。
「めっちゃ、家が広く感じる……」
足元のランドンは、華を見上げ、心配そうだ。
目が合うと、ふるんと鳴いて、華の様子を確かめている。
「ランドンは優しいな。ありがとね」
どうにか腕を伸ばし、鼻筋をなでてやると、ぐるぐると喉を鳴らす。
あと、3歩でドアだ。
だが、もう夕食のメニューが華にはわかっていた。
香辛料の香りで、お腹が鳴りだす。
「……キーマだよ、ランドン! やったね」
家のダイニングテーブルは6人座れる長方形のテーブルだ。
だが、男性3人いると、少し狭く感じてしまう。
すでに慧弥とコンルが席につき、父の晩酌に付き合っているのか、2人はコーラで談笑中だ。
「ねーちゃん、はい」
萌が気を利かせて椅子を引いてくれた。
ランドンが椅子に乗ったので、それを抱っこしながら腰を下ろす。
「あー、助かるわー」
はぁと息をついて座る華に、慧弥は苦笑いだ。
「ババアだな」
「いや、強化魔法のせいでしょ、これ」
さしだされたコーラを一気に飲み干した華に、コンルは眉を寄せた。
「勇者じゃない人にかけると、そんなことになるんですね……」
「今までなかったのかよ!!!」
今日のメニューは、華の予想通り『キーマカレー』だ。
母の得意メニューでもある。
このキーマカレーといっしょに出されるのは、茹でエビがたくさんのアボカド玉子サラダと、甘味のあるコーンスープだ。
どれも華の好物で、どれから食べようか迷ってしまう。
「じゃ、いただこうか。はい、いただきます!」
父の発声で食べ始めた夕食。
父はキーマカレーでもビールが飲める。
ただルーが多め、ご飯少なめなのが、ポイントだ。
「コンルのこと、紹介された?」
となりの父に尋ねた華に、父はビールを飲み込みながら頷いた。
「彼が、あのファンタジアなんだろ? いやーさっきも言ったけど、ホントに、いつも村を守ってくれてありがとね、コンルくん」
「いえ。僕は勇者ですし、あたりまえのことです」
「この1年、普段通り生活できてるのは、コンルくんのおかげだよ?」
「そんなこと……恐縮してしまいます……」
頬を赤らめたコンルに父は笑い、華を肘でつつく。
「……華ぁ、めっちゃいい子じゃないか、コンルくーん」
「あんまりイジると、部屋で、飯、食うからな!」
会話を埋めるようにテレビの音が流れてくる。
何度目だろう。
父がちらりと目を向ける。
テロップには、
『和風ファンタジア登場!』
そう書いてある。
映像は、黒のセーラー服に和防具をつけ、面を装備した女の子が戦っているものだ。
その子は刀に紫の炎をまとわせると、大きな怪人の首を焼き落してしまった。
すぐにインタビューが流れる。
質問は、『和風ファンタジアをどう思うか?』
『カッコいいですよね!』
『ちょっとビックリ。首、焼き切っちゃうのは、ねぇ』
『あんないたの、まじビビる。日本、リスペクトしてんじゃね?』
観覧席でのインタビューのため、ファンタジアには肯定的な意見が多いが、コンルのようなスマートな倒し方ではないことが、あまり印象が良くないよう。
「あれ、華なんだろ?」
「なんで」
「あのセーラー服は、華だけだろ?」
父には防具を見せたことはなかったのだが、セーラー服から判断したようだ。
「え、違うんじゃない?」
「いや、ほら、ここ! アップの首筋、ほくろある。華だろぉ」
着地を決めた華の横顔がアップになる。
その左耳の下に、ほくろがあるのだ。
「……よくみてるわ」
ぼやきのような声に、母は笑う。
「だって、 章司さんは華のお父さんよ〜?」
「葵さんだって、お母さんでしょう」
2人の会話はいつまでも、これからも、こういうラブラブな雰囲気があるんだろう。
華は諦めたのか、
「……うん、まぁ、そう」
映像に肯定した。
「華が怪人を倒しちゃうとわなぁ。父さん、鼻が高い」
2本目のビールに手が伸びる。
機嫌がいいようだ。
「あ、本当に、誰にも言わないでよね」
「わかってる。華が捕まるのは嫌だからね。でも、すごいな、華。倒しちゃうんだから」
「でも、華ちゃん、無理しちゃだめよ〜。本当に、危なかったんだし〜。見つかったら、章司さんも捕まるかもしれないもの〜」
父は褒める係で、母は注意の係だ。
たしかに母の言うこともわかる。
だが、これは、変身できなかったコンルが悪い。
と、言い返すのもできず、華はキーマカレーを口いっぱいに詰め込み、飲みこんだ。
一方、目の前に座るコンルだが、額に汗が流れ続けている。
むしろ、食べている量が減っていない。
三条家の場合、中辛のカレールーを色々ブレンドして作っているのだが、この辛さにコンルは苦戦していた。
「……辛いです……辛い、です……」
とっくに水を飲み干したコンルに、華はぬるま湯を差しだした。
「これ、ゆっくりね。冷たいのよりいいから」
「……ありがとう、ハナ」
辛味が痛いのか、鼻声で鼻をすすっている。
「……はぁ。お湯の方がやわらぎますね。ありがとう、ハナ」
「ぜんぜん。つか、それ、少しは食べれそう? 他の用意する?」
「いえ。少し、慣れてきました。あの、ハナは、辛いもの、得意ですか?」
「好きな方だけど?」
「なら、僕も好きにならないと」
「無理すんなって」
すでに2杯目に突入した慧弥がコンルを見た。
「コンルさんって、渦に毎回帰ってましたよね。むこうには治癒魔法とかあるんですか?」
慧弥の質問に、コンルは大きく頷いた。
「治療魔法はありませんが、治療院があります。だいたいの勇者は仕事を終えたら、そこに行きますね」
「勇者の仕事って、時間、決まっていたりするの?」
父の声に、コンルは首を横に振る。
「地域ごとで勇者がモンスターを倒しているので、モンスターが出てきたら倒す、それだけです」
「夜もなの〜?」
母が萌にスープのおかわりを渡しながら言うと、それに大きく頷いた。
「夜のモンスターは強いので、気をつけなければなりません」
「じゃあ、ここにも出てくる!?」
テンパる萌に、キヌ子が擦り寄う。
萌は渋い顔でスープを啜る。
「いいえ。夜のモンスターの復活は来年ですね。3年周期で復活するモンスターなので」
コンルから断片的に教えてもらう異世界を楽しみながら夕食は進んでいく。
もちろん、コンルもこの世界の常識を少しずつ理解している。
似ているが、似ていない向こうと、こっちの世界に、戸惑うことはないまでも、違和感があるのは間違いない。
「今日、結構、召喚したやつ倒した気がするけど、その数字とかってわかるもんなの?」
サラダの皿に残ったコーンの一粒と格闘している華に、コンルは答える。
「アンゴーが数字の管理をしています」
「あんごー? ねーちゃん、あんごーって?」
新キャラに萌は興味津々だ。
華は水を飲み干し、息をつく。
「あれ、コンルってさ、小さい渦だせるじゃん? その中に鍛冶屋のアンゴラウサギがいるんだよ」
「えー会いたーい!」
前のめりな萌に、コンルは渦を出そうとするが、壁掛け時計を見て「すみません」と言う。
「アンゴーは、寝るのが早くて、もう、寝ています」
「え? 8時で?」
驚く萌だが、華はアンゴーは意外と高齢なのかもと判断。
明日、生のにんじんをあげようかと思ったが、柔らかく煮たものにしようと思う。
「今起こすと、間違いなく包丁持って暴れるので、明日でいいですか、モエさん?」
「じゃ、コンルさん、約束。明日、アンゴーに会わせてね!」
食事は終わったが、まだ8時。
華は今日の〆を忘れていなかった。
──映画鑑賞の時間である。
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