きたいするもの




 行くところがないなら私の家に来るかい。

 行くわ。

 なぜ消えないのか。疑問符がいっぱいだったところに巴に誘われたりんごの妖精は、即断しては、ちょっと待っていてくださいと断ってくるりと振り返り、先程まで宿っていたりんごの木に視線を向けて、言葉を紡いだ。

 早々に着任した後輩となる新たなりんごの妖精に挨拶と注意を促すために。


「ごきげんよう。新しいりんごの妖精さん。ご着任おめでとうございます」

「え、ええ。ごきげんよう。ありがとう、ございます」


 新たなりんごの妖精は戸惑いに戸惑った。

 妖精が新たに宿る時は、木の寿命がまだ十分に残っていて、かつ、先達が美しいものに実を食させて消滅した時のみ。

 なのに、どうしたことだろうか。眼前に先達らしい妖精がいるのだ。

 戸惑わない方がおかしい。

 りんごの妖精は後輩の反応を受けて、くすりと可憐に笑った。


「ごめんなさい。困惑させてしまって」

「いいえ、そんな」

「私もどうして実を食してもらったのに消えないのかわからないの。けれど、あなたが新しく宿ってしまったから、木に戻れもしない。だから、あなたに先達として忠告するわ」

「は、はい」

「美しいものに食してもらいたいあまり、理想を求めすぎてしまったの。時間をかけ過ぎたわ。けれどその結果、私は運命に逆らってしまう形になったの。これはきっと罰だわ。だからいい?待ち過ぎはよくないわ。肝に銘じておいて」

「はい」

「遊びに来るから、わからないことがあったら訊いてちょうだいね」

「はい、ありがとうございます」


 ああ、なんて甘酸っぱい反応だろう。

 りんごの妖精は目を細めて、軽く膝を曲げて小さく会釈をした。


「ごきげんよう」

「ごきげんよう」


 後輩も慌てて同じように会釈をして、立ち去るりんごの妖精たちを見送った。






「何かに面白いことに巻き込まれるのかしら」


 通例にはあり得ないこの現状に、けれど不安より期待が勝った後輩は目を爛々に輝かせた。

 一瞬、任務を忘れてしまうほどに、わくわくしてしまったのだ。









(2021.11.8)


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