さらぬもの




 ああ、じゃあいただく。


 小さくて真っ白い可憐な花が瞬く間に変化した、小さくて真っ赤な可愛らしくも美味しそうな実を摘んだ九尾の妖狐。

 管理者とりんごの妖精が見守る中、ぱくり。大きな口に小さな実を丸ごと招き入れて、しゃりしゃりじゃりじゃりときどきがりがりと、咀嚼音を立てながら、三十回噛んで飲み込みました。


 美しい九尾の妖狐がさらに美しくなる。

 りんごの妖精はわくわくしながら変化を見守りました。

 見守りました。

 じっと穴が開くほど見守りました。


 が。






「ちょっとあなた何も変わらないじゃない!?」

「そうなの、ですか?」

「ああ、そうだねえ。いつもと変わらず美しいけど、変化はないねえ」


 九尾の妖狐はその場でゆっくりと横に縦にと一回転した。

 管理者はじっくりと見つめてから言った。

 りんごの妖精はぷんすかと頬を膨らませた。


「何よもう!紅の瞳に満天の星がちりばめられて瞼を動かすたびに星々が飛び放たれるはずだったのに!その長い銀色の髪からも揺らめくたびに!その艶やかな白い歯からも肌からも動くたびに!もう!さいあくだわ!」

「まあ、俺の美しさはこれ以上どうしようもないほど完ぺきだったということだな」


 りんごの妖精は涙目になって、キッと九尾の妖狐を睨めつけたが、ものの数秒で肩を落とし、ものの数秒で立ち直り、横髪を払った。


「まあ、いいわ。うつくしいあなたに私を食べてもらえたんだもの。満足だと現実を受け入れるわ。巴さん。いつも応援してくれてありがとう。私はもう行くわ」

「ああ。寂しいねえ」


 管理者、巴は涙目になった。

 りんごの妖精も瞳を潤わせたが、涙は見せなかった。

 去り際は花が枝から落ちるように潔く。だ。


「さようなら」


 巴はいっぱい、いっぱい感情を込めて手を振った。

 九尾の妖狐も巴に倣って、けれど感情を込めずに手を振った。

 りんごの妖精は上品に手を振った。


 三者三様、手を振り続けた。

 振った。

 振った。

 振り続けた。

 痛みと怠さを激しく感じるまで。


「なあ、いつさようならするんだ?」

「………長く待ち過ぎたかしら」











(2021.11.5)


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