裁定
◆6-1
始原神イヴヌス様は、世界を暖めるために金陽神アユルス様をお創りになりました。
そして、アユルス様の妻として、光竜ィヤスロゥを創りました。
始原神イヴヌス様は、世界を安らげるために銀月女神リチア様をお創りになりました。
そして、リチア様の夫として、闇竜ラトゥを創りました。
(真神書・第二章第一節より)
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また骨の馬車に詰め込まれ、レタは空を舞うことになった。
全力で不機嫌だと腕と足を組み態度で訴えてみるものの、当然相手は気にした風も無く、上機嫌で馬の尻を小突いている。其処に既に皹が入っているのは見なかったことにした――今、動力が壊れたら馬車がどうなるのか考えたくない。
そもそも自在に飛べる癖に何故わざわざこんなものを使うんだ、と悪態の内容が変わり始めた頃、眼下に奇妙なものが映った。荒野が広がっているのは以前と同じだが、そこに巨大な石塔のようなものがいくつも立っていた。酷く規則的で、空まで届きそうに高いものが幾本も。前にはこんなものは無かった筈だ多分――同じ場所を飛んでいるのかも解らないが。
「あれは何だ?」
「ん? ……ああ、もうあれぐらいのものが経つ時期か。早いもんだ、相変わらず」
答えを期待せずに聞くと、案外すんなり返事が返ってきた。金の奇妙な目を開けてすぐ閉じた神は、つまらなそうに呟く。
「人が作った建物だ。そろそろ天空から飛び出す機械も作られる頃だろうな」
「……なんだって?」
言われた言葉が信じられず、恐怖も忘れてもう一度眼下を見る。立ち並ぶ巨大な石塔、その下を駆けまわる巨大な箱達。確かにその中に人間のようなものも沢山いるようだが――レタが知っているものとは、服装も姿もかなり違う。
「こいつらも、人間なのか? こんな凄いものを作れる奴らが」
「二千年も経てばそれぐらい出来るようになるさ。いつものことだ」
やはりつまらなそうに言われた言葉の意味が一瞬理解できず、息を飲んで、ぐっと込み上げる吐き気を堪えた。この神と出会ってから、そんなにも長い時間が経ってしまい、人がこうやって発展していき、しかしそれすら何度も繰り返されたことで――。
「、っ」
憤りなのか苛立ちなのか、とにかく衝動が体を突いて動かした。手を包む黒革は、一瞬の躊躇も無く刃に姿を変えてくれる。真っ直ぐ、神の首を狙って突き刺した刃は、がちんと音を立てて当たり前のように止まった。
それでも、ほんの僅か。切っ先が皮膚に埋まり、ぴしりと小さい音を立てる。たったそれだけのことで快哉を叫びそうになった時、神の腕は容易くレタの体を抱き上げ、膝に抱え込んだ。
「っぐ」
「まだだ。焦るなよ。まだ足りない」
まるで幼子のように抱き抱えられ、力を籠められて息が詰まる。苦しいが、痛くは無い。……力加減をしているのかと驚くよりも先に、どこか哀願のように耳元で囁かれる。
「ああ、糞。時間が足りないのか。もう少し頑張れ。どうにかまだ、頼む」
「……」
何を言っているのか相変わらず解らないし、相手の言葉に従う気なんて欠片も起きないのに、何故か反論の口が動かない。無理やり冷たい腕の中から顔を持ち上げて睨みつけると、不気味な金色の瞳の、酷く虚ろな瞳孔たちの中に、まるで炎のような揺らめきが一瞬浮かんで、すぐに消える。
その輝きに驚き視線を取られた一瞬。がくん、と骨馬車が揺れて、同時に何か巨大なものが傍を通過していく。一度では無く、二度、三度。
「何――」
「七竜共か。あいつらも暇だな」
馬車を掠めるように翼を広げて飛んでいくのは、巨大な角と翼を有した巨大な蜥蜴だった。良く見れば、いつの間にか眼下に広がっていた水面にも、水を掻いて泳ぐ蜥蜴が追随している。
金色の鱗を持つ一際巨大な個体が吼え声を上げると、様々な色合いの蜥蜴達が呼応するように首を擡げ、吼える。
「狙いはどっちだ、俺かお前か」
「いや、軽く挨拶した程度だろう。竜共は
事実、竜と呼ばれた蜥蜴達はそれ以上かかってくることも無く、真っ直ぐに飛び去っていく。その先に何があるのかと目を細めたレタの視界に、僅かながら島が見えた。
×××
遠目から見たら島だと思っていたそれは、近づけばすぐさまおかしな場所だと解った。
まず、植物が一切生えていない。地面は薄明るくぼんやりと黄味がかっており、土や砂は一切なくつるりとして凹凸も無い、綺麗に磨き上げられた盆のようだった。形も円錐の底を天に向けたようになっており、水面から僅かに離れた場所に浮かんでいた。
骨馬車は悠々とその上に降り立ち、アルードも何の気負いも無く降りる。連れて行かれるのかと思いきや、レタのことは無視するように島の中心へ向けて歩いていってしまう。それはそれで腹が立つので、滑らかな地面を蹴って後を追った。
先程空で襲ってきた大蜥蜴――アルードは竜と呼んでいたか――達は、皆その中心部に集まり羽を休めているようだった。水を超えてきた滑らかな鱗の美しい竜や、その背に巨大な甲羅と数多の植物を背負ったずんぐりとした竜も、島の上に上がってきていた。
竜は全部で七匹おり、アルードの方を睨み付けるものもいれば一切無視しているものもいた。巨体と爪の間をアルードとレタが潜っていっても、止められることも避けられることも無い。
やがて、島の中心に辿り着いた。七匹の竜で満杯になるぐらいの島の上面、他に唯一存在したのは、人一人が入るぐらいの、地面と同じ色をしたまっさらな球体だった。島の中心に、大きな球がひとつ、浮かんでいる。一切の汚れも皹も無く、音を立てることも無く。
球体の一番近くに寝転んでいた、光を発しているかのような黄金の鱗を持った竜がゆっくりと顎を上げ、息で空気を揺らすと同時。
『未だ貴様が此処に来る日は遠い。崩壊神よ、何用だ』
脳髄に響くような低い声にレタは驚いて足を止めるが、アルードはいつも通りつまらなそうな顔で軽く耳を掻きつつ答える。
「あとたった数度の瞬きなど気にするか。珍しく気分が良いんだ、妻の紹介でもさせて貰おうかと思ってな」
そこでむんずと襟首を掴まれ抵抗している内に、金色の竜はもう一度深く長く息を吐いた。
『……秩序神と戦神より、いつになく浮かれていると聞いてはいたが。好きにせよ、創造神は何も拒まぬよ』
ゆっくりと顎が地面に降り、竜が目を閉じる。どうやらこの状況を咎められることは無さそうなのに、却ってアルードは不機嫌そうに舌を打つ。それでも足を止めず、球体に近づいた。
『その地虫も連れて行くのか、崩壊神よ』
『貴様の酔狂も度を超したものだ』
赤い鱗と黒い鱗の竜が、そこで混ぜ返すように反応した。不機嫌そうに尾で地面を叩き、長い爪で硬い地を削ろうと腕を動かす。紅玉と黒曜石の如き瞳が睨んでいるのは、レタの方だった。一瞬足が竦むが、アルードに気取られるのは嫌なので、腹に力を込めて睨み返す。
その瞬間、黒と赤の羽が砕け散った。
「っ!?」
悲鳴の二重奏が島の上空に響く。何が起こったのか解らず隣を見ると、アルードの金目からまた皹が伸び、消えて行くのが見えた。手指を動かすことなく、ただ一睨みで二頭の竜の巨大な翼を砕き散らしたらしい。否、翼だけという器用な事は出来なかったのか、その背中も鱗ごと抉れてしまっている。
「これが蛆なら、貴様等は羽虫だな。逆らう気概も無いのなら、翼など無くして這い蹲っておけ」
崩壊神の声に明確な苛立ちが籠っているように聞こえて、驚く。あのタムリィという神が襲ってきた時と、同じような声音をしていた。
『――愚也、愚也、崩壊神よ!』
『貴様には何も為せぬ理から、未だ目を逸らし続けるか!!』
黒と赤の竜も激昂し、砕かれた翼から黒い煙と赤い炎を漏らしながら叫んだ。しかしアルードは最早何も聞く気は無いと言わんばかりに、浮かぶ球体に向けて歩いていく。勿論、レタの襟首を掴んだまま。
そして、球体の前に立つと同時。今まで何の瑕疵も無かった筈のその表面が、ぴりぴりと鱗が剥がれるように穴が開いていく。アルードは一層ゆっくりと、丁度自分の背丈と同じくらいの大きさに開いた穴の中へ足を進めていった。
怨嗟の籠った竜の声が未だ背に届いていたが、穴がすぐに塞がり何も聞こえなくなった。
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