08話.[させてもらうよ]
「あのさあ、最近の私って……やばくない?」
なにがどうやばいのかが全く分からなかった。
待っていれば言ってくれると思って見ていたら違う方を向かれてしまった。
一乃はあくまで彼女らしくこうして過ごしているだけだと思うが。
「これまでは友達の友達って感じだったのに最近の私はさ……」
「でも、去年から一緒にいるし、話してきただろ?」
「そうだけど、いまはもうなんか……甘えちゃっているし……」
甘えられる側はともかくとして、甘える側になってしまっている方はこれまでとの差に引っかかってしまうということか。
俺としては普通に嬉しいことだからそのまま続けてほしい。
が、言うとこの落ち着いた感じがなくなってしまうかもしれないから黙っていることにしようとしたのだが、それならそれで仕方がないということで言ってしまうことにした。
無理しないといられないということなら離れた方がいい。
行動を制限したいわけではないんだ。
「……あのときからなんか手を繋ぎたいとか考えちゃってるし……」
「するか?」
「……いちいち言わないでよ」
少し力を込めたら「痛い」と言われてすぐに弱める。
どれぐらいの力で握っていいのかが分からないから怒らないでほしい。
それでも謝罪をして、なんとなく正面を見ていた。
家以外でだったら危うい感じにならないと油断していたのが馬鹿だった。
「咲希と段畔はもう付き合っていると思う?」
「あー、この前はなんか露骨な反応をしていたからな」
高志が頑張って動いていたのが気づけば元丸が積極的に動き出すに変わった。
もう磁石みたいに廊下にいても自然と高志のところに行くから面白い。
それこそ去年から一緒にいたのに最近になって急に変わったのはなんでなのかと意味もないのに考えるときはある。
「一乃も高志が抱えている気持ちは去年から知っていたよな、最初はどういう風に思っていたんだ?」
「別に反対とかそういう風には思わなかったよ? だって段畔がいい子っていうのはすぐに分かったからね」
「もし俺が元丸が好きだと言っていたら――」
「そうしたら止めてたね、咲希を遠ざけてた」
俺と高志の間には遥かな距離があるからだよなと納得できた。
元丸が俺のところに来ていたのは高志と自然に話したかったからかと気づいた。
だって俺のところに当たり前のように来てくれるのが高志だったから、そこに近づけば話すのは容易になるというわけで。
「まあでも、実際はそうじゃないんだからしても意味ないよ」
「そうだな」
「それよりこれ、どうしようか」
「一乃次第だな」
「……ならまだこのままでいいや、どうせまだ帰らないしね」
また俺の家の前でやっているから学生に見られるなんてこともない。
俺としては見られても構わないが、彼女からしたら気になるだろうからこれでよかった。
通行人もほとんどいないと言っても過言ではないし、もしかしたら少し寂しい場所なのかもしれない。
でも、静かでゆっくり過ごすことができる場所だから悪いわけではないんだ。
「確かに明人が言っていたように唐突すぎるというわけではないよね、春に出会ってからなにかと話すことが多かったよね」
「ああ。あ、だけど俺は完全に高志のおまけみたいな感じだったけどな……」
「そんなこといったら私だって咲希のおまけみたいなものでしょ」
高志とふたりでいたときに急に話しかけられてどこかに行った方がいいのか? と考えてしまったぐらいだった。
それでも元丸が一応「阿部君も」と言ってくれたから残ったことになる。
それからは葉野も加わって四人でいることも結構あった。
「ふたりで話すときも結構あったよな」
「うん。でも、明人は自分から来てくれなかったけどね」
「そのときはまださ……」
「私だってそうだったから責めるつもりはないよ」
あとはいまと違って来てくれたら対応をするという風に決めていたからな。
人任せになってしまうがあれは楽でいいんだ。
ちゃんと受け答えをしておけば悪く言われることもなくなる。
話しかけて無視をされてしまった~なんてことにもならないからだ。
「それが面白いよね、いまはこんなことをしているんだから」
「俺は俺らしく過ごしていただけだ、だから一乃がこういう風に求めてくるようになって驚いているぞ」
「なんだろ、自分らしさというのを貫けているからよかったんだよね」
「貫けていたか?」
「うん、私にはそういう風には見えた。あとはまあ……、優しいところかな」
簡単に言ってしまえば自分らしく生きるしかできなかったということだ。
ただ、敵が沢山できたわけではないから悪くない生き方というやつをできていたんだろう。
そうでもなければ中学のときと同じで酷いままだったと思う。
それでも俺は怖いな程度で片付けていただろうが、嫌われない方が絶対にいいからいまのまま生きていきたかった。
「私は頑張って家で過ごしてみようと決めたその後すぐにやっぱりやめて外に逃げることも多かったからさ」
「んー、これってただ俺が物好きな人間だったというだけの話じゃないか?」
相手はすぐに家に帰らずに外でばかり過ごす物好き人間だった、というだけで終わってしまう話な気がする。
逃げているというのを気にしているのであれば、いや、別に嫌なことから逃げたって悪いことではないだろう。
引き受けておきながら逃げたとかなら問題になるだろうが、そうではないなら気にしなくていいはずで。
「でも、逃げるために外にいたわけじゃないでしょ?」
「梓から逃げるために一度だけそういう意味で出たことがあるぞ」
「それでも一度だけでしょ? 私なんて冗談でもなんでもなく逃げてばっかりだったから」
あと、これは自分らしさを貫けているとは言わない気がする。
これはただ一日頑張った自分への褒美みたいなものだからやっぱり違うよな。
女子で言えば例えば、媚びを売っているとか言われ続けても他人のために動ける人間というやつが自分らしさを貫けているというのではないだろうか?
とにかく、俺はしなければならないことがあるとき以外は自由きままに生きているというだけだからそんなことを言ってもらえる資格はなかった。
マイペース野郎と言われてしまってもおかしくはないぐらいだから。
「確かに逃げた回数は少ないけど、逃げたからって悪いわけじゃないだろ」
「情けない気持ちになることはあるよ?」
「そうかもしれないけど、無理して潰れられても嫌だからな」
俺だって人間だからそういう気持ちになることはある。
差があって当然だと考えていても、高志にはできて自分にできないことがあったりすると残念な気持ちになったりする。
考えられる脳や感じる心があるから仕方がないことだった。
だが、仕方がないことだからと片付けられる人間ばかりではないということなんだろう。
もし彼女がそうであるなら抱えずに話してほしいと思う。
吐くだけで多少すっきりするというのはみんな同じだろうから。
「それにそういうときは親友を頼ればいいんだ」
「咲希か」
「邪魔したくないということなら俺を使ってくれればいい」
ぺらぺら話してしまうときもあるが、黙って聞くことの方が本来は得意だからな。
ちゃんと聞くから沢山話してくれればいい。
不安や不満なこととかも文句を言わずに聞くからと言っておいた。
悪いところがあれば指摘もしてほしかった。
「それって私といたいだけなんじゃないの?」
「それもある、なんか前とは違うんだよ。あ、ただ、幼馴染紹介事件は――」
「ただ良大を知ってほしかっただけだよ」
幼馴染も勝手に紹介されて困ったことだろう。
あの後も全く関わっていなかったから本当に意味のないことだった。
また、あのときついた嘘も同じく意味がないことだと言える。
「最初の話に戻すけど、別に恥ずかしいことじゃないから安心してくれ」
「……それなら明人も甘えてくれないと不公平じゃない?」
「甘えるって……どうすればいいんだ?」
「えっ、それは……どうすればいいんだろう?」
頭を撫でてほしいとかそういう考えはない。
俺としてはこうして緩く付き合ってくれるだけで十分だと言える。
だが、彼女からすればそれは不公平に感じてしまうわけで。
「どうすればいいか一乃が考えておいてくれ」
「な、なんでっ、明人が甘える側なんだから明人が考えてよっ」
「じゃあこれからも一緒にいてくれ」
「それは甘えているんじゃなくて頼んでいる、では?」
「いいから、俺はそれだけで十分だからさ」
とりあえず今日は送ることにした。
なにをすれば甘えたことになるのかはやっぱり分からなかった。
「梓、異性に甘えるならどういうことをすれば甘えるに該当すると思う?」
こういうのはとにかく女子に聞くに限る。
ただ、残念ながら元丸か一乃か梓にしか聞けないというのが現実だった。
これだと偏ってしまう可能性があるし、そもそも出てこないこともありえるから。
「女の子側からなら頭を撫でてもらうとか色々あるけど、男の子側からだと……」
「だよな」
「あ、膝枕をしてもらうとかどう?」
「それって甘えるって言えるのか?」
「言えると思う、ついでに頭も撫でてもらったらいいと思う」
なるほど、それで少しでも不公平がなくなればいいが。
せっかく少しでも時間を考えて出してくれたことだから使ってみることにした。
そうしたら「放課後にしてあげるよ」と言われて。
「外だと痛いから空き教室とかでいいでしょ?」
「ああ」
なんか放課後の教室でそういうことをすることになった。
彼女は床に座るなり自分の足をぽんぽんと叩いて誘ってきた。
もうこうなったら逃げるわけにはいかないから大人しく頭を預けることにする。
「よしよし、いい子ですねー」
「なんか母さんみたいだ」
「それって志保さん?」
「いや、生んでくれた母さんの方だ」
俺でも寝られないときがあって、両親に寝室に行ったら毎回そうしてくれたんだ。
しかもわざわざ俺の部屋まで来てしてくれたこともあるぐらいだから母には感謝しかなかったなと。
「そういえばどうして……」
「俺が小さい頃に病気で亡くなったんだ」
「あ、そうなんだ……」
「いいことではもちろんないけどさ、あれがあったからいまの俺に繋がっている気がするんだ」
なにを言われても動じないメンタルを身につけられた。
歪まなかったのは父が優しくしてくれたからだ。
あとは縛り付けてこなかったのも影響していると思う。
「偉そうに言われたくないかもしれないけど、いついなくなってしまうのか分からないから家族とは仲良くしておいた方がいいぞ」
「そうだよね」
「ああ、それに安心して家に帰れるようになるのは大きいだろ?」
「でもさ、もしそうなったらこれはなくなっちゃうってこと?」
「したいなら一時間とかに限定してすればいい、俺はどうせある程度の時間までは外にいるんだからな」
だが、冬に付き合わせるのはなんか違うと分かったので、春と秋限定の行為ということにした方がいい気がする。
風邪を引かれてしまっては嫌なのと、一応まだひとりでも楽しめるから問題ない。
それでもということなら外ではなく学校で過ごそうと決めていた。
そうすれば一乃的には負担も少ないんじゃないだろうか。
「よし、ありがとな」
流石の俺でも教室の床に寝転ぶということはしてこなかったから新鮮だった。
久しぶりに母さんのことも思い出せてよかったと言える。
「待ってよ」
「うぶっ」
「まだいいじゃん、まだこうしていようよ」
「……じゃあ逆にされてくれ」
座ったら速攻で頭を預けてきた。
これなら帰れないから、そういうのが含まれている気がする。
頭も撫でてくれと頼まれたからしてみたら、さらさらとしていて女子だなあと。
「私、明人のことが好きかもしれない」
「え? 別に無理して言ってくれなくてもいてくれるだけで十分だぞ?」
嫌ってくれなければそれでいい。
また、嫌われてしまってもそれは仕方がないことだと片付けられる。
人間なんだから合わない人間だっているんだ。
寧ろ我慢していられることの方が嫌だった。
「こうして触れていると安心できるから、こんなこと最近で言えば咲希以外には感じたことなかったから」
「仲良くなれているようでよかったよ。でも、流石にそれには――」
それにはそうかと答えられない、そう言おうとしたができなかった。
「誰でもいいわけじゃない、明人だからいいんだよ」
「言ってはなんだけど俺だぞ? 外でぼうっとしているだけの人間だぞ?」
「それだけじゃないよ」
彼女は体を起こしてこっちを見てくる。
なんとなく逸らしたら負けだと考えて違う方を見たりはしなかった。
まあもうこの時点で負けてしまっているようなものだが、俺も一応男だから全て彼女のペースにさせるわけにはいかない。
「受け入れられるんだよね?」
「それは余裕だ。ただ、いまは冷静じゃないだけだろ」
「冷静じゃなかったらこんな風にここにいないでしょ」
彼女は「勢いで告白して逃げているよ」と重ねてきた。
いつもこんな感じだから確かにいつも通りに見える。
多分、本人が言っているように冷静なんだろうとも分かる。
俺が言葉選びを失敗しただけだった。
最近は俺とばかりいるから勘違いしてしまっているというか……。
「今回はたまたま俺だったというだけだろ? もし家にいたくないという理由で他の男子に頼んでいたら同じようになっていたかもしれないぞ」
「あのさあ、誰だって好きになるわけじゃないんだけど」
「例えば高志とかだったら――」
「言っても意味ないよ、段畔は一年生の頃から咲希が好きなんだから」
「あっ、じゃあ幼馴染だったらどうだ?」
ここで受け入れて付き合ってしまうのは簡単だ。
告白する側じゃないから、ただ受け入れるだけでいいんだから。
だが、このままだとすぐにやめておけばよかったとか言われそうで怖いんだ。
「異性として好きではなくても人間としては好きなんだろ? だったらほら、今回みたいに時間を重ねたらいつかは……」
「……嫌なら嫌って言えばいいじゃん」
「そうじゃなくて、俺は一乃のことを考えてだな?」
「私のことを考えるなら受け入れてよっ」
「近い近い近い」
ここまで言ってくれているならいいんだろうか。
つか、本人がどうしてもと言うなら受け入れるに決まっている。
俺が怖かったのは後悔したとか言われることだっただけで、彼女からそういう風に求められて普通に嬉しいんだからな。
「受け入れさせてもらうよ」
「まったく、最初からそう言えばいいんだよっ」
「怖いな……、俺は一応一乃ことを考えてああ言ったんだけどなー」
「いらないよっ、少なくとも告白された後の返事としてはおかしいでしょうが!」
怖かったから謝罪をして落ち着いてもらった。
「ま……、受け入れてくれてありがと」
「ツンデレか?」
「ツンデレじゃないよ!」
俺は学ばない人間だった。
まあでも、いいことばかりだといってもいいから気にしないでおいた。
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