07話.[絶対にそうなる]

「仲良くしたいって言ってくれた男の子がいるんだ」

「どんな感じなんだ?」

「優しい子であることは分かっているかな、あとは……あ、人気者かも」

「仲良くしたら女子に敵視されるとかないか?」

「分からない、でも、いい子だから仲良くしたいって言っておいた」


 そうか、やっぱりもう発言したときには決まっているということか。

 まあ、そんなのは梓の自由だから好きにすればいい。

 ちゃんと遅い時間にならないように帰ってきてくれればそれでよかった。

 ただ、なんとなく部活強制入部ルールはなくても入部していそうで時間の確保が難しそうだなんて考えてしまった。


「だからちょっと一ヶ月ぐらい集中して一緒にいようと思ってさ」

「ということは放課後もってことだよな」

「うん、そうなるかな」


 じゃあ、こちらがなにかをするまでもなく葉野が不安になることはなくなるということだ。

 別に梓が悪いわけではないが、そもそも俺のせいで苦手なのに外に居続けるというのもおかしいからこれでよかったのかもしれない。


「それに一乃さんのために動けるかなって」

「葉野は放置されたくないだけだぞ」

「それは知ってるよ? でも、なんとなくお邪魔かなあみたいに感じるときがあったから」

「邪魔なんて誰も思ってないぞ」

「そっか」


 いつかは現れると思ったが、まさかこんなすぐに現れるとはな。

 もし悪口を言われるようなことがあったら離れてほしかった。

 中学生というのはある意味高校生よりもそういうのが多い気がする。

 それはまあ、俺がそういう経験があったからというのもあるかもしれない。

 つまりこれはただの偏見で、俺の見方が悪いというのもあるのかもしれない。

 それでもそういうのがないわけではないことも分かっている。


「あ、宿題があったからやってくるね」

「おう」


 俺の方は特に課題とかもないから床に寝転んでおくことにした。

 今日は天気が悪いからということで外で過ごせなかったというのもある。

 家まで送ってきたが、あのまま大人しく家にいるような感じがしないのは何故だろうか。

 とはいえ、俺にしては珍しくもう出たいとは思っていなかったからやっぱりだらだらしておくことにしたが。


「もしもし?」

「いまから来て」

「おかしいな、さっき別れたばっかりだった気がするけど」


 外にいる感じではなかったから少し安心できた。

 って、俺も葉野に対して失礼なことを考えたから同じようなものかと片付ける。

 いやでも、葉野だったら雨だろうがなんだろうが外にいそうだったからな……。


「家が嫌だから早く来て」

「分かったよ」


 だったらどうして先程誘ってくれなかったのか、という話だろう。

 もしかしたら頑張ってみようとしたのかもしれないが、結局こうして呼ばれてしまうのであれば最初からそういうつもりで頑張ってほしかった。

 まずは俺とか誰かがいる状態で家にいる時間を増やしてみるとかやり方はいくらでもある。


「着いたぞ」

「いま開ける」


 通話をしながら歩くという変なこともすることになった。

 今更になって気恥ずかしくなったから本人が出てくる前に切っておく。

 それに相手にとってはただただ家が嫌だからという気持ちしかないんだからな。

 これをそういうのに当てはめてはならない。


「はい」

「ありがとよ」


 葉野家には初めて入ったが、俺の家のリビングよりも大きかった。

 ソファなんかも柔らかくて、これが外に設置されていたらいまよりもいられるなんて感想を抱いた。


「ちょっと頑張ってみようとしたんだけど、十分ぐらいで駄目になったんだよ」

「家族はいまいるのか?」

「いないよ、だけどもう根本的に無理になっているみたい」


 外も好きで家も好きな人間としては気持ちが分からなかった。

 だから最強のそうかと言うだけに留めておく。

 頑張ろうとして偉いななんて言われてもは? となるだけだろうし……。


「阿部はなにをしていたの?」

「梓と話してたな、あ、一ヶ月ぐらいは参加しないんだってよ」

「え、じゃあふたりきりになるんだ」


 彼女はこちらを見ながら「これで仲間外れにされなくなるね」と言ってきた。

 元々していないからそんなことを言われても困る。

 あとは梓の自由だなんだと言ったが、女子に嫌われないかが心配だった。

 いやだってほら、転校生がいきなり人気者の男子とい始めたらなんで? となるかもしれないから。

 嫉妬などの感情から色々自由にぶつけられることもあるだろう。

 そのときに梓が耐えられるのかどうかが気になってしまっていた。


「仮に葉野が元から学校にいた女子で人気者の男子が気になっていたとしてさ、そこにいきなり来たうえに転校生が仲良くし始めたとしたらどう感じる?」

「私だったらそういうものだって片付けるよ、だってコントロールできるわけじゃないし」

「そうか、だけど葉野みたいにそういう対応ができる人間ばかりじゃないよな」

「梓ちゃんの話?」

「ああ、人気者の男子が仲良くしたいと言ってきたみたいでさ」


 寝転ぼうとして葉野家だったことを思い出してやめた。

 考えたところで仕方がないのに意味のない思考をしてしまっている。

 こういうのは疲れるだけだし、答えをあくまで想像するしかできないからするべきではない。


「なんかもうお兄ちゃんだね」

「あー」

「でも、私なんかよりしっかりしている子だから心配いらないと思うけど」

「見ている分には全く問題なさそうに見えるけど、装っているだけなんじゃないかと不安になるんだよな」


 まあいい、ここで終わらせよう。

 梓が仲良くしたいと答えたんだからやっぱり俺がごちゃごちゃ考える必要はない。


「それにいまは私しかいないんだから梓ちゃんのことはいいでしょ?」

「おかしいな、葉野がそういうことを言うと全部冗談に聞こえてくるぞ」

「冗談半分、というところかな、結構独占欲が強いんだよ」


 違うだろ、俺は単なる暇つぶしの道具みたいなものだ。

 別に男として求められているわけじゃないとまで考えて、なんでこんな思考をするようになったんだと呆れた。

 それじゃあ俺が葉野にそういう風に見てもらいたいみたいじゃないか、と。


「付き合ってくれる阿部は好きだよ」


 困っているみたいだったから家でも外でも楽しく過ごせる俺としては協力してやりたかっただけだった。

 好かれたくてそんなことをしたわけではなかった。

 いやもちろん、嫌われるよりは遥かにいいことだとは分かっているが、そんな下心MAXみたいな人間ではないことも分かってほしかった。


「やめた方がいい、この前のやり取りを忘れたのか?」

「この前のやり取り?」

「ああ、俺がそういう目で葉野のことを見られると言ったときのことだよ」

「うん、すぐにそうやって答えてくれたよね」

「で、いま葉野は冗談でそんなことを言っているわけだ、これ以上は言わなくても分かるだろ」


 別にあれで怖いところもあると分かっただけで女子恐怖症になったというわけではない。

 寧ろあれがあったからこそ、相性のいい異性と知り合って付き合ってみたいだなんて考えることも増えた。

 しかも全員が全員、ああいう人間ばかりじゃないんだ。

 元丸や葉野、梓みたいに優しい存在だって出会えていないだけで沢山いるだろう。


「あ、つまり勘違いしてしまうからということ?」

「言うなよ……」

「あははっ、なんか阿部らしくないねっ」


 知らなくても仕方がないが、俺は生まれてからずっとこんな感じだ。

 人並みに色々なことに興味がある人間だ。

 天の邪鬼じゃないからそういうチャンスを貰えたら頑張ろうとする。

 多分、結構素直に生きられていると思う。


「へえ、勘違い、しちゃうんだ?」

「まあ、だから気をつけてくれという話だ」


 利用されているだけなのだとしても頼ってもらえるのは嬉しかった。

 意外だったのは自分から来いよと言ったことだった。


「じゃあさ、こうして手を握ったりしたら、どう?」

「この前も思ったけど、葉野の手は熱いな」

「そう? 冬なんだから冷たい気がするけど」

「いや、全くそうじゃないぞ」


 基礎体温が高いとか聞いたことがあるからその違いなのかもしれない。

 あ、ひとつ分かっているのは照れて発熱しているわけではないということだ。

 当たり前だろう、葉野がそんなことで照れるわけがない。

 にやにや笑って相手を揶揄しているはずだった。


「逆に阿部の手は冷たいかも」

「はは、お互いにあんまり分からないよな」


 ……なんの時間なんだこれ。

 すぐに終わるかと思えばそうではなく、何故か未だに握ったままだった。

 どちらも喋らなくなり雨が降る音だけが聞こえるそんな中、俺らは意味もなく相手の顔をずっと見ていた。


「……は、離してくれよ」

「ぷふっ、はい阿部の負けー」

「負けでいいから離してくれ」


 まあ、だろうなという感じの態度だった。

 また同じようなことになっても嫌だから今日はこれで帰ることにした。

 明日は晴れてくれよと願うしかなかった。




「なにっ? 梓ちゃんに野郎が近づいてきたのか!?」

「どんなキャラだよ」


 昔から知っているというわけではないんだからおかしな反応だった。

 血の繋がった兄妹であったのなら、昔から一緒にいる彼がそういう反応をしてもおかしくはないが。


「そんなこと言ったら元丸には野郎が近づいているわけだしな」

「おいおい、まさか幼馴染以外にもそんな人間がいたのか……?」

「高志だよ」

「俺かよ!」


 今日はやけにハイテンションだった。

 あ、元丸と昨日出かけてきたからなのかもしれない。

 元丸も楽しみなんだと言っていたわけだし、この様子なら失敗したということもないだろう。


「こ、高志君」

「さ、咲希さん」


 いちゃいちゃに巻き込まれるのは嫌だから今日は大人しく教室に戻ることにした。

 なんとなく葉野はと見てみたら友達と楽しそうに話していたからほっとした。

 元気そうならそれでいい。


「明人、空気を読んで戻ったりするなよ」

「あそこで残る友よりいいだろ?」

「俺は明人とも話したいからな」


 そう言っていた割には速攻で変な雰囲気にしてくれたのが高志だ。

 よかったのか悪かったのかは分からないが、元丸は葉野達の輪に加わっていた。

 これじゃあ俺が邪魔したみたいになるじゃねえかと言いたくなる。

 それで恨まれたら面倒くさいことになるからやめてほしかった。


「もしかしてもう付き合い始めたのか?」

「な、なな、なに言ってんだよっ」

「なんで今日はそんなにハイテンションなんだよ……」


 小学生じゃないんだからもう少し落ち着こうや。

 また、それではそうですよと言ってしまっているようなものだ。

 恋というのはいままでできていたことができなくなる面倒くさいことなのかもな。

 高志がそうなってしまうんだから面白いとも言えるか。


「そ、それより葉野さんっ、葉野さんとはどうなんだよっ?」

「普通に仲良くできているけど、そういうのではないぞ」

「そうか、まあでも一方通行じゃ駄目だからな」

「高志が言うと説得力があるな」

「う、うるさいぞ」


 物理的に触れられたりしなければ耐えられるから問題ない。

 ただ、ああいうことを繰り返された場合はどうなるのかなんて容易に想像できる。


「そうだ、水曜は部活がないからたまにはどこかに行こうぜ」

「はぁ、どうしてその時間を元丸と過ごすために使おうとしないのか……」

「い、いいだろっ、たまには男友達と盛り上がるのもいいだろ」


 休みになったなら休んでおくべきだろう。

 無理しなくてもいつだって俺なら暇人で相手をしてやれるんだから。

 本当に不思議で、分かりやすいが変なところもあるという人間だった。

 

「そうだね」

「うわっ! ……って、葉野さんか」


 静かに近づくのだってこういう相手の反応を楽しむためにしているんだ。

 葉野はもしかしたらではなく、間違いなくSだと言える。


「放課後は明人と約束しているから私も行くけどね」

「そ、そうか」

「それに段畔は咲希と一緒にいればいいんだよ」

「い、いやほら、たまにはさ」

「ふーん、いつもは全く行っていないのにね」


 よく言ってくれた、事実そうだから高志は言い訳を言うことができない。

 でも、俺からすればそれぐらいでいいとしか言えない。

 優先したいことがあるならそっちを優先してほしい。

 恋をしているということならいま一生懸命になっておくべきだ。

 三年生になったら常にとまではいかなくても忙しくなるからな。


「葉野さんはど、どうしちゃったんだ?」

「最近はこんな感じなんだ」

「でも、俺を敵視する必要はないだろ? 俺は明人と同性なんだし」

「敵視しているわけではないと思うぞ」


 俺としては自ら一対一じゃない状態にしているがいいのか? そう聞きたくなる。

 こちらも同じで心配しなくても相手をさせてもらうから安心してほしかった。

 なんなら相手をしてくださいと頭を下げて頼んでもいいぐらいだと言える。


「ねえ、ふたりだけで会話しないでよ」

「ひぃ!? な、なんか怖いぞ!」


 そこで元丸が来てくれたから平和な感じになった。

 葉野を見てみたら高志の方を指差して「段畔が悪い」と。

 ちなみにもう幸せワールドに行っていたから高志がそれに気づくことはなかった。


「明人にはこれぐらいでいないと駄目だよね、そうしないと他を優先してばっかりになるし」

「そうかもな」


 どちらかと言えば俺にではなく俺の周りの人間に対して、みたいになっているが。

 とにかく、今日も晴れてくれているから放課後は外でゆっくりしようと決めた。

 で、水曜日は高志と葉野のふたりとどこかに行けばいい。

 もしかしたら元丸が参加する可能性もあるからそうなったら別行動をするのもありかもしれなかった。


「今日はどこで過ごすか」

「明人の家の前の段差でいいでしょ」

「そうか」


 できれば葉野家の前で過ごすのが一番ではあるが、残念ながら都合よく段差があったりはしないから仕方がないと片付ける。

 それでも変なところに行くよりは送るのも楽だからいいと言える。


「ふぅ、なんかすっかり明人と過ごすのが当たり前になっちゃったよ」

「元丸を誘ってどこかに行ってみたらどうだ? それこそ水曜日とかにさ」

「邪魔なんだ」

「いや違う、だって元丸は親友なんだろ? その割には最近、あんまり一緒にいないからさ」


 決して高志とだけいられればいいというわけではないだろう。

 高志と仲を深めつつ、一緒にいて安心できる彼女とだっていたいと間違いなく考えているはずだ。

 それなのにこうしてこっちにばかり来てしまっていたらそれもできなくなってしまうわけで。


「咲希は咲希のしたいことがあるからだよ」

「そうか」

「それにどうせすぐ段畔のところに行っちゃうからね」


 行かないでくれなんて言えるわけがないか。

 自然と来てくれるのをとにかく待つしかできない状態か。

 あ、そういう寂しさを紛らわせるためにこっちに来ている可能性がある。

 で、元丸からすれば邪魔をしたくないからということでもっと来なく可能性があると、そういうことなのか?


「あとは単純に私が明人といたいからかな」

「半分冗談か?」

「ううん、これは百パーセントの発言だよ」

「そうか、まあ俺としても葉野といられるのは好きだからありがたいことだな」


 多分、ひとりでこうすることになったら寂しいと感じるはずだった。

 もうこうして外で過ごす際も誰かといるのが当たり前になってしまったから絶対にそうなる。

 いまとなってはいいことだと片付けられることだ。


「一乃でいいよ」

「そうか」

「はぁ、明人って『そうか』って言ってばっかりだよね」

「一番楽なんだ、あ、適当じゃないから勘違いしないでくれよ?」


 少し慎重になっているところもあるのかもしれない。

 なにが爆発するきっかけになるのか分からないからというのもある。

 仲が良かった相手でもあんなことになったぐらいだから、あまり仲が良くない相手であればあっという間に駄目になりそうだったから。

 ただ、そういうのを繰り返した結果、こうしてまた仲良くなれているわけだから悪いことではないはずだった。


「これからも言うと思うけど許してくれ」

「優先してくれたら許す」

「ああ、守るから」


 柔軟に対応する能力が必要だ。

 そのため、誰かと一緒にいる時間を増やすのはそういう意味でも効果があった。

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