05話.[それでよかった]
「阿部君阿部君、ちょっと聞いてよ」
廊下でゆっくりしていたら元丸がやって来た。
敢えて教室から出てきているわけだし、世間話をしたくてここに来たわけではないようだ。
「一乃と良大君が凄く仲良さそうなんだ」
「幼馴染なんだろ? それならおかしくないと思うけど」
「うーん、それ以上というかさ」
まあ、葉野が言っていることが正しいのなら幼馴染は葉野のことが好きなわけだからな。
意外だったのはそのことを元丸に言っていなかった、ということだった。
幼馴染だからってなんでも話せるというわけではないらしい。
「仮の話だけどさ、あのふたりが付き合い始めたらどう思う?」
「え、それならおめでとうと言わせてもらうけど」
「元丸にはそういう感情はないのか?」
「うん、一乃も良大君も大切な存在だけどね」
「そうか、教えてくれてありがとう」
高志のことは聞くことができなかった。
俺が答えを知ってしまうのは違う。
受け入れるのも断るのも自由だから仕方がない話だが、もし悪い方の答えを聞くことになってしまったら嫌だったから。
「阿部君は一乃が好きとかそういうのはないの?」
「この前振られてしまったからな」
「え゛っ、こ、告白したのっ?」
「いや? 幼馴染を紹介されただけだ」
幼馴染が相手ならとりあえず付き合ってみるという作戦もよさそうだ。
それで一ヶ月ぐらいが経過してから改めて考えてみればいい。
楽しく過ごせそうならそのままでいいし、ぎこちなくなってしまったということならこれまでの距離感に戻ればいい。
考えすぎると悪い方に傾きがちになるからあまりいいこととは言えなかった。
「あ、もうひとつ聞いてほしいことがあったんだ」
「高志のことか?」
「え、よく分かったね?」
「最近はよく一緒にいるから想像して言ってみただけだ」
本人から名前を出されてしまったら聞くしかなくなる。
悪い内容のものでなければいいが……。
「いま阿部君も言ったように最近は一緒にいる時間が増えているけどさ、一緒にいられればいられるほど楽しい、嬉しいなと思っちゃうんだよね」
「高志は嬉しいだろうな、だって友達がそういう風に言ってくれているんだから」
ふぅ、これなら大丈夫そうだ。
少なくとも現時点では悪くはないということが確定している。
なんならいい感じに進めているんじゃないかとすら見えてくるぐらいだ。
高志には悪く考えすぎたりせずに素直に行動してもらいたかった。
「でね? ちょっとわがままなんだけど、放課後とかも一緒に過ごしたいって考えちゃうんだ。だけど部活動があるからできないのが寂しいなって」
「日曜に誘ってみればいい」
「え、いいのかな……?」
「大丈夫だ、高志は俺が誘っても付き合ってくれるからな。相手が元丸とかなら喜んで出てきてくれるぞ」
寧ろ俺にではなくて全て本人に言ってやってほしい。
そもそもこれを吐くことはできないというのがもどかしかった。
だからそう言ってみたら「誘ってくる」と言って彼女は歩いていった。
なんでわざわざ俺に言ってきたんだとまで考えて、葉野と同じそれかと片付けた。
これまで俺のところにも来ることが多かったから勘違いさせないように動いているんだ。
心配しなくても惚れ症というわけではないから安心してほしい。
「咲希的にも段畔はいい存在なのかもね」
「葉野は自分のことに集中しろ、幼馴染を取られてから後悔しても遅いぞ」
「んー、それが結構難しいんだよねー」
「なんでだよ、好きでいてくれているんだろ?」
「いやいや、そこから踏むこむのが難しいんですよー」
じゃあ結局あれは妄想みたいなものなのだろうか?
なにも言われていないのに来てくれているからということでそう考えているのだろうか?
もしそうなら葉野も乙女だなと言いたくなるが。
「……それにあれ、嘘だし」
「なんで嘘ついたんだよ……」
俺相手にそんな嘘をついても意味がない。
なんかちょっとあれだったから簡単に好きになったりはしないぞと言っておいた。
そうしたら本人は少し驚いたような顔をして「別にそういうつもりじゃなかったんだけど」と返してきた。
「幼馴染を紹介ってそういうことなんじゃないのか?」
「違うよ、そんなことをしても阿部からすれば『は?』ってなっちゃうでしょ?」
「そうはならなかったけど、なんだあれと笑いたくなったぞ」
完全に断ち切るという意味では正しい行為だった。
曖昧な態度でいるよりかはあの方がずっといい。
仮に相手のことが好きなんだとしても、好きな人間というやつを紹介されたら諦めるしかなくなるから。
世の中には変な奴もいるから極端なぐらいでいい、いや、寧ろ極端なぐらいじゃないと危ないからそうするべきだと言える。
「それに良大は咲希が好きなんだ」
「なんだそれ……」
「でも、咲希的には大切な存在というだけでそれ以上の感情はないんだよね?」
「また聞いていたのか……」
寧ろそれ以上の感情を抱えたまま高志との時間を増やしていたら文句を言いたくなるからやめてほしかった。
まあ、元丸がそんな最悪なことをする人間ではないことを知っているが、なんかこれに関しては心配になってしまうから気をつけてほしいと勝手に考えた。
親友が悲しむ顔なんて見たくはない、悲しいのに強がって笑っているところを見たくない。
勝手だなんだと考えたが、そんなものではないだろうか?
「ねえ、梓ちゃんに会いたいから行ってもいい?」
「おう、それはいいぞ。つか、なんで梓だけちゃん付けなんだ?」
「そんなの当たり前だよ」
どう当たり前なのかを説明してくれることはなかった。
だからそういうものだと片付けるしかなかった。
「わざわざ校門前で待つなんて意地悪なお兄ちゃんだなー」
俺としてはわざわざ葉野を家まで連れて行く意味がないと考えただけだ。
帰っている途中に話せればそれだけで満足してくれるだろうからだ。
あとは嘘をつく少女だから微妙に信用できないというのもあった。
「ほらほら、中学生達が見てきているよ?」
「どうでもいい、梓が来るまでは続けるぞ」
「怖いお兄ちゃんだー」
が、一時間が経過しても出てくることはなく……。
仕方がないから家まで移動したらそこでゆっくりとしていた。
部活をやっていないのであれば終わる時間もほとんど同じなのにどうしてなのかと言いたくなるのを我慢し、とりあえずは葉野の自由にさせておいた。
明らかにトーンが上がるから俺が兄でよかったというのはいまいち信じられていないままだと言える。
「新しい学校には慣れた?」
「はい、元々そういうことで慌てたりしない人間なので普通でした」
「そっか、梓ちゃんは強いんだね」
「強いというか、私は私らしく生きているだけなので、はい」
そうやってできない人間もいるわけだし、俺は普通にすごいと思う。
流石の俺でも急に環境が変わりまくったら自分らしくを貫くことは不可能だから。
ただまあ、一ヶ月ぐらい時間をくれれば大丈夫だと想像してみた。
あのときだって怖いなぐらいの感想で済ませられたんだからできるはずだった。
「私だったら愚痴をSNSに呟きまくるかも」
「私は私で、一乃さんは一乃さんですから」
「そうだけどさー、年下の梓ちゃんがそんなにしっかりしているのにってさー」
「気にしなくていいと思います」
「そっか」
他人と自分を比べたところでいいことなんてほとんどない。
迷惑をかけているわけではないなら気にしなくていいんだ。
もちろんいいところを真似ようと頑張るのはいいことだと言えるが、それで自分というやつを見失ってしまったら意味がない。
自分らしく生きることができていないのであれば生きている意味なんかないと考えている自分としては、意識しすぎるのも問題な気がした。
「それに私は一乃さんが羨ましいです。だって近くに咲希さんや高志さん、それに明人さんがいてくれるんですから」
「おお、もう気に入っているの?」
「当たり前ですよ、一乃さんも含めてみんないい人達ですからね」
俺のおまけ感が凄え……。
無理して言わなくていいと言おうとしてやめた。
この前みたいに気まずくなったら困る。
逃げるために外で過ごすのはやっぱり違うからだ。
「もう少し早く生まれていたらよかったのにって考えるときは多いですよ」
「一歳差だったら同じ学校に通えるか」
「そうですね、同じ学校内にいてもらえたらそれだけで力を貰えますから」
兄になった自分としてもその方がありがたかったかもしれない。
だって中学校だったらこっそり見に行く、なんてこともできないから。
その点、高校一年生だったとしたら高志なんかを連れて行ってやればそれだけで支えることができた気がするからな。
残念ながらその場合でも俺にできることはほとんどないし、実際は高校二年生と中学二年生ということから意味のない思考ではあるが、まあ、全くなにもできないというわけではないから気にしなくていいだろう。
「ところで、一乃さんは幼馴染さんが好きなんですよね?」
葉野がこっちを見てきたが違う方を向いてなにも言わなかった。
だって「悪い気はしないんだよね」と言われたらそういう風に考えるに決まっているだろう。
葉野からの情報でしかないが、幼馴染は葉野のことを好きでいるらしかったんだからさ。
「実はそれ、嘘だったんだ」
「どうして嘘をついたんですか? あっ、もしかして明人さんの気を引きたかったとか、そういうことですか?」
「いや、なんか気づいたらそういう嘘をついていたんだよね……」
無自覚でしてしまったんだとしたらやばいから病院に行った方がいい。
あ、だけど咄嗟に嘘をついてしまうなんてことは普通にあるか。
そう何度もあることではなくても、人生で一回ぐらいは誰でもしてしまうことだ。
「んー、幼馴染さんは咲希さんが好きで、一乃さんは幼馴染さんが好きだから――」
「良大が咲希のことを好きでいるのは合ってるよ、だけど私が好きだって想像しているのは間違いとしか言えないかな」
なんの時間なんだこれは……。
そういう話をするならふたりきりでしてほしいとまで考えて、俺がここにいる必要がなかったことに今更気づいた。
葉野的には梓と話せればよかったんだ、それなのになにをしているのか。
なので、邪魔をしても悪いからと外に出ることにした。
これは逃げているわけではないから今日は気持ち良く過ごせそうだった。
「なんか避けられている気がするんだよね」
「まあ、梓はいきなり現れた人間だからな」
そうでなくても話さずに終わる人間だっているんだから、急に現れた人間に対してぐいぐい行ける人間はあまりいないと思う。
それこそ所謂陽キャというやつだったら気にせずに行くだろうが。
今回に限って言えば相手は梓で女子なわけだからそういうのは放っておかないのではないだろうか?
「中学校のことじゃないよ?」
「ということは元丸や葉野、高志にってことか。ふたりはともかく、高志は部活があるから許してやってくれ」
休日になったらなったで休みたかったり好きな人間といたくなるだろうからな。
一緒にいられない身としては気になるだろうが、我慢してやってほしい。
「違うよ、明人さんに避けられている気がするんだけど」
「俺か? 俺はただ外で過ごすのが好きだというだけだ、それは知っているだろ?」
「……誘ってくれればいいのに誘ってくれないから」
「多分、一緒にいても梓的にはつまらないと思うぞ?」
一日で嫌になると思う。
だって俺はぼうっとしていられるだけで幸せだが、彼女にとってはそうではないだろうから。
「家に帰ったときに誰もいないよりはいいよ」
「そういえば志保さんはなんでいないんだ?」
「パートを始めたって言ってたよ? 専業主婦だと申し訳ないからだって」
「そうなのか。じゃあまあとりあえず今日試してみるか」
遠い場所に行く必要はないからまず玄関前ですることにした。
この間はとにかく自由だ、考えごとをしたり変なところを見たっていい。
こうして誰かがいるのであれば話したっていいんだ。
「うぅ、寒いよぅ」
「だろ? だから無理するなよ」
「い、いや、頑張るよっ」
本人がこう言っているならそうかと片付けるしかない。
変に拒んでこの行為自体ができなくなることの方が問題だから。
それに苦手ならそうしない内に勝手に諦めてくれるはずだ。
なので、風邪を引くようなことにはならないわけだから不安にならなくていいことになる。
つまり、彼女が馬鹿みたいに無理をする人間でなければ~というやつだった。
で、結局三十分もしない内に梓は家の中に戻ってしまった。
それが何故か面白くてひとりで笑ってしまったぐらいだ。
「……おかしいよ明人さんは」
「寒さとか暑さとか全く気にならないんだよな」
他が普通程度でもこの能力があるだけで十分だった、感謝しかない。
あとはひとりでいても極端に寂しくなったりしないということもいいところだと言える。
他者を拒絶するような人間でもないし、賑やかなところも好きだし、他者といるのも好きだからいいところばっかりだった。
本当は一緒にいたいのに無理して強がってひとりでいるような人間にはなりたくないから。
だから疲れることはあっても梓達といるのはやめていないというわけだ。
「梓がちょっと付き合ってくれたから楽しかったぜ」
「私は楽しくなかったよ……」
「ははは、だから最初にそう言っただろ」
っと、高志から連絡がきたから家を出た。
元々部活の後に会おうという約束をしていたから唐突なことというわけではない。
本当に嫌なのか梓も無理して付いてきたことになるが。
「悪いな、付き合ってもらって」
「気にするなよ」
外にいられる時間が増えるんだからこちらとしてはありがたいことだった。
でも、梓のことを考えて少しは減らさないといけなくなった。
余裕だなんだと言っているものの、まだまだ不安になってもおかしくはないわけだしな。
しかも生きていれば問題というのは多く起きるわけで、話してくれなければ分からない状態なんだからもっと気をつけなければならないことだった。
我慢できない人間ではこの先生きていけないんだ。
「梓ちゃんは大丈夫なのか?」
「いや、さっき無理したばっかりだから駄目かもしれない。だから高志さえよければ屋内の方がありがたいな」
「じゃあ俺の家でもいいか? 客間だったら家族とかも来ないからさ」
「おう、それでいい」
高志の家の客間はエアコンが設置されてあるから梓的にも満足できるだろう。
願ったところでどうこうなることではないが、梓のためにも早く冬が終わってくれ考えた。
あ、冬が終わったところでもう付き合ってくれることはないだろうがな。
「この時期に進んで外にいる明人さんはおかしいと思いませんか?」
「そうだな、ちなみにそれは夏でも言えるよな」
「もしかしたら明人さんは変態さんなのかもしれないですね……」
季節なんか全く気にせず、ただただぼけっとしているから他者からしたらそう見えてもおかしくはないのかもしれない。
そういう点でも他者からなにかを言われても気にならないというところはいいことだった。
そう考えると結構強メンタルなのかもしれない。
悪いところばかりではないと分かっただけで十分だった。
「あ、今更ですけど邪魔してごめんなさい」
「いやいいよ、ただ集まりたかっただけなんだ。最近はすぐに教室から出ていくからこうでもしないと話せなくてさ」
「もしかして明人さんは……」
「あ、苛められているとかではないぞ? ただただマイペースな野郎というだけだ」
窓の向こうへ意識を向けていると落ち着くんだ。
そういう時間が増えれば増えるほど、放課後に外で過ごせた際には幸せな気持ちになれる。
一生理解されることはないだろうし、理解されなくていいことだ。
ただただその時間を邪魔してくれなければそれでよかった。
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