04話.[なかったからだ]

「阿部が自然と別れてくれてよかったよ、なんかあのふたりって特に動かなくても勝手にふたりで行動し始めるからさ」

「そうだな、俺もそれが理由で別れたわけだしな」


 俺らにとっては眩しい存在なのかもしれなかった。

 そういう風に動きたいとは考えていても、いや無理だなとすぐに考えてしまうような感じで。

 俺はその差にどうこう感じたことはないが、人によってはなんでだ……と絶望してしまう可能性もある。


「私、友達がああなってしまうことが怖いんだよ」

「ああなる?」

「あ、……私を放って他の人とばかり盛り上がることが怖いんだよ」

「じゃあクリスマスのときもそうだったんだな」

「ん? あー、まあ……そうかも」


 呼ばれたから行ってみたら全く相手をしてもらえなかったなんてことになったら流石の俺だって気になるからおかしなことというわけではない。


「でも、露骨に悪い空気を出していたわけではないでしょ?」

「ああ」

「私なりに頑張って抑えているんだってことも分かってほしいかなって」

「仲間外れにされたくないと考えるのは普通のことだ、誘われているのなら当然の思考だろ」


 相手が悪いわけでも自分が悪いわけでもない。

 ただ少し上手くいかなかったというだけの話で片付けられる。

 何故ならずっと同じ人間ばかりを優先する人間はいないからだ。

 もしいたとしたらそれはもうそういう存在という風にそれも片付けるしかない。


「無理やり参加して、無理やり従わせようとしたりしていないならいいんだよ」

「そっか」

「ああ」


 残念、俺が言ってもあまり効果はない。

 ここはそれこそ元丸から言ってもらいたかっただろうな。

 それでもまあ、悪く考えるのはここまでにしておいた。

 なんと思われても気にしないというのが俺のスタンスだったからだ。

 それを自分から崩していたら意味がなくなる。

 俺らしく生きられていなければ生きている意味なんかないから頑張らなければならない。


「そうだ、あの約束をまだ果たしていないからいまから行こうぜ」

「あの約束……あ、なにかちょうだいって言ったやつか」

「ああ、このままだと忘れそうだから今日行っておこう」

「分かった」


 彼女が欲しい物でなければならないから店選びは任せることにした。

 というか、変に出しゃばらなくても選び終えるのを待てばいいわけだから気楽だ。

 素なのか抑えているだけなのかは分からないが、何度も話しかけてくるわけではないというところもいい気がする。

 まあ、彼女からしても俺のイメージってやつはよくないんだろうが……。


「これでいいよ」

「菓子でいいのか?」

「うん、ちょうど甘いのが食べたかったんだ」

「分かった」


 本人がこれでいいと言っているんだから変なことは言わなくていい。

 会計を済ませて渡したら「ありがとね」と珍しく笑みを浮かべてそんなことを言ってきた。

 あ、いやまあ、元丸と話しているときは基本的にこんな感じで楽しそうに笑っているからこんなことを考えたのが馬鹿だとしか言えないか。


「阿部も食べる?」

「いやいい、それはもう葉野の物だからな」

「そっか」


 もう冬休みも終わる。

 俺としては頑張った褒美として外で過ごせた方がいいため、早く始まってくれればいいと考えている。

 学校が終わった後にゆっくり過ごすというのが最高なんだ。

 高志にとって元丸と話すのがそうであるように、俺にとってはそれが幸せだった。


「まだ時間ある?」

「ああ、沢山あるぞ」

「それなら付き合ってほしい」


 ちなみに梓はこたつの住人になってしまった。

 なんなら梓の母である志保しほさんも似たような感じになっているからこたつというのは最強の家具だと思う。


「ここだよ」

「誰かの家か」

「私と咲希の幼馴染の家だよ」


 幼馴染の家を教えられても困る。

 俺には同性を狙う趣味はないし、同性の友達は高志だけでいい。

 だが、そんなことはないだろうから実は~というやつなんだろうか?


「実は私のことが好きなんだよね」

「あ、そっちなのか」

「うん、で、困っているんだよね」


 なにで? と聞く前に「そんなに悪い気はしないんだよね」と答えてくれた。

 それなら受け入れてやればいいのにと言おうとしてやめる。

 元丸があれについて駄目だと言っていたように、これもまたそう簡単な話ではないかもしれないからだ。

 ただまあ、狙っていたとかそういうことではないからどの選択をしても俺からすればどうでもいいというか……。


「咲希もいたのに小学生の頃から好きでいてくれたみたいでさ、あ、ちなみにその子も優しい子なんだよ。絶対に悪口とかを言ったりしないし、◯◯してほしいと頼んだら言うことを聞いてくれるぐらいでさ」


 やべえ、それなら受け入れたらいいのにとしか言えねえ。

 彼女は本当になんでこんなことをしたんだろうか? と考えている内に件の男子が家から出てきて固まった。


「阿部君と一緒にいるなんて珍しいね」

良大りょうたのことを教えたかったんだ」


 ここまできて何故そうしたのかをやっと分かった。

 いやあくまで俺は俺なりに行動していただけだが、彼女からすれば狙っているという風に見たんだろう。

 だから本命というやつを見せつけて諦めさせようとした、というところではないだろうか?

 心配しなくても狙ってなんかいない。

 いやでもまさか、そんな風に捉えられるとは思わなかった。

 人生で初めてのことだから笑いそうになったぐらいだ。


「そろそろ梓も起きているだろうから帰るわ」

「あ、そう? それならそういうことで」


 口数が少なかったのもつまりそういうことだ。

 それなのに馬鹿な発言ばかりをしていてアホかと言いたくなった。




 学校が始まった。

 高志は部活生活の再開となるわけだから一緒にいられる時間は減るわけだが、午前中なんかは元丸と葉野のふたりと仲良くするようになったからなくなったと言っても過言ではなかった。

 それでもひとりでぼうっとできなくなることと比べたら遥かにマシなので、ひとり静かにいままで通りの感じで過ごしているというわけだった。


「うぅ、寒いよう……」

「学校の方は大丈夫なのか?」


 全く別の環境で学ぶことになったことがないから分からない。

 でも、ここで吐いておけば多少は楽になるかもしれないということで聞いてみた。


「それは余裕だよ、だけど寒すぎて鼻水が出そうになるんだ」

「ちゃんと暖かくしろよ、風邪を引かれたくないからな」

「うん、そこは気をつけるよ」


 とにかくこたつで寝るのだけはやめてほしかった。

 確かに暖かくて気持ちはいいが、確実に内と外との温度差で駄目になるから。

 また、何時間も入ってしまうというのもよくないと思う。

 なんて、義理とはいえ兄の立場だと心配になってしまうんだ。


「あー、学校に明人さんがいてくれればよかったのに」

「俺がいてもなにも変わらないぞ、仮にそうでも俺がただ学校内にいるというだけでしかない」

「でも、知っている人がいてくれるというのは大きいよ?」

「まあ、確かにそれはそうだな」


 結局完全にひとりで生き抜くことはできないんだからそういう存在は必要になる。

 そういうことについては機械だったら~みたいなことを考えることもある。

 機械だったら本当になにを言われても一切動じずにいられるだろうから。


「それにほら、明人さんが中学生だったら咲希さんも一乃さんも高志さんもいてくれるということになるからさ」

「確かにその三人がいてくれれば最高だな」


 俺ではできないことだって普通にできるから。

 間違いなく梓の力になってやれたと思う。

 そう考えると俺の父と志保さんが再婚することになったのはいいのかどうか……。

 いやまあ、父と志保さんにとってはいいだろうが、梓からすればこんなのが義理の兄になって微妙だろう。


「梓は優しいな、三人だけではなく俺のことも言ってくれるんだから」

「え、なんでそういう風に考えるの?」

「なんでと言われても、梓からすれば三人の内の誰かの妹になれた方がよかっただろうから」


 そうじゃないよと言ってほしくて言っているわけではなかった。

 ここでお世辞で俺云々と言ってほしくなかった。

 別にそんなことを求めているわけではない。

 不仲にさえならなければ仲良くなれなくてもいいと考えているぐらいだ。


「そんなこと思ったことないけど……」

「そうか、まあ俺が勝手にそういう風に考えているだけだから気にしないでくれ」


 なんか滅茶苦茶微妙な雰囲気になった。

 だから今日は珍しく外に逃げることにした。


「はぁ」


 自分のせいで上手くいっていたものを壊してしまうというのは普通にある。

 俺みたいな人間であればあるほどってやつかもしれない。

 決してそういうつもりではなかったが、言うべきことじゃなかったのかもな。


「あ、明人さん」

「さっきは悪かったな」

「……あおりたいとかそういうことじゃなけど、どうしてあんな風に考えたの?」

「俺はなにもしてやれないからだな」

「なにもしてやれないって、いてくれるだけで助かっているよ?」


 こういうことを言ってもらいたくて口にしているわけではないんだ。

 自分でも梓のために動けていると思えている状態でないと虚しくなるだけだった。

 家の中で過ごすための服装だから風邪を引かせないように戻らせた。

 俺は気まずいから今日は二十時まで外にいることにした。

 こういう理由から外で過ごそうとするのは初めてだ。

 そう考えると高志以外の人間と一緒にいる時間を増やすのは――とかなんとか考えておきながら結局来てくれたら普通に対応してしまうんだから恥ずかしい。

 身の程を知って恋愛への興味とか全て捨てられればいいんだが……。

 って、やっぱりそんなことはないと言ってほしいみたいだよなこれ。


「自分からは近づかなければ大丈夫だろ」


 幸いそれはずっと続けてきていたことだからすぐに変えられなくて困る、なんてことはない。

 だからまあ、先程考えたこと以外のことを貫ければそれでよかった。




「明人、ちょっと聞いてくれないか」

「おお、なんか久しぶりだな」


 やっぱり人といるのは好きだということがわかる。

 そこもずっと昔からそうだから違和感というのはない。


「あー、確かにそうだな……」

「別に気にしなくていい、それより廊下に行こうぜ」


 冷える廊下でわざわざ話そうとする人間はいないのか誰もいなかった。

 大事な話をするということなら教室でするよりはマシと言えるだろう。

 ただ、聞かなくても大体は分かってしまうというのが正直、なんとも言えないところだった。

 だって元丸関連のことだったとしたら頑張れとしか言えないだろ?

 きっと色々と本人の中で既に決まっているだろうし、こちらの意見なんて本当のところは求めていないんだとまで考えて、面倒くさい人間になりつつあるなと内でため息をついた。

 このままじゃ本当に駄目だ、この時点で自分らしくはいられていないことになるからだ。


「最近、元丸さんのところにひとりの男子が多く来るんだ」

「元丸と葉野の幼馴染だろ?」

「知っていたのか?」

「ああ、直接葉野に会わされたからな」


 教えたくてと言っていた割には自己紹介タイムに持ち込むこともなかったが。

 まあ、その前に俺が離れたからというのもあるのかもしれないから、それについては特になにかを言ったりはしない。


「その人間といることを気にするより、俺は元丸さんに振り向いてもらえるように頑張る必要があるのは分かってる。だけど……、どうしても気になってしまって仕方がないんだ」

「気になる異性の側に仲の良さそうな異性がいたらそりゃ気になるだろ」

「でも、ださいよな。だって色々言い訳して最近までは逃げていたのに、いざ実際に動き出したらそういう人間に嫉妬してしまうなんてさ……」


 嫉妬ぐらい人間なら誰だってするだろ。

 恋をするとこういう風に悪く考えてしまうのかもしれない。

 そうなるとなんかもったいないようにしか考えられなかった。

 だって高志なら物凄くポジティブに考えてなんとかできる人間だったから。

 もちろん裏で、家とかでひとりになったときにどうかは知らないが、少なくともこういうときに弱音を吐く人間ではなかったからだ。


「そんなことないよ」

「は、葉野さんっ?」


 元丸じゃなくてよかったと考えておくべきか。

 友達が多く存在しているというのはいいな。

 こういうときに実は聞いていた、なんてことにもならないはずだから。

 とはいえ、元丸のことが気になっている高志からすればそれは不安に繋がることだから言ったりはしなかった。

 なにが爆弾になるのかなんて分からないから普通に怖い。

 人といること自体が嫌いな人間であればこんな不安も抱えずに済むんだが……。


「嫉妬ぐらい誰だってするよ、咲希と仲良く一緒にいる段畔を見て嫉妬したことだってあるよ」

「そ、そういうことで片付けていいのか……?」

「うん、そんなの仕方がないよ」


 少し安心できたのかほっとした顔になったように見えた。

 これで多少は気にせずに動ければいい。

 部活とかがあるから一緒にいられる時間は少ないものの、全く余裕がないわけではないから仲良くなること自体はできるはずだ。

 その先のことはいまは考えないようにした方が精神的にいいと思う。


「敢えて廊下で過ごすなんて三人とも物好きだねー」

「咲希、段畔が話したいんだって」

「段畔君が? 話すにしても教室がいいな」

「ほら段畔、咲希の言うことを聞いて教室に戻りなさい」

「お、おう」


 動かなくても本人達が勝手にそうするし、気づけばこういう風に誰かがサポートしているんだから面白かった。


「元丸に嫉妬したこともあるのか?」

「いっぱいあるよ、だって良大と凄く仲がいいからね」

「ははは、仲良くしたいという気持ちと複雑さがごちゃごちゃになって大変そうだ」

「うん、だけどそれで抑える能力が上がったからさ」


 おお、便利だなそれは。

 社会人になっても何歳になっても有効な能力だった。

 感情を全く出さないというのも問題になるが、出しすぎてしまうというのもそれはそれで問題になってしまうものだから。


「阿部は告白されたこととかあるの? あ、付き合ったこととかあるの?」

「中学のときに一回だけな」

「あれ? 一度も好きになったことがないって言ってなかったっけ? というか、もう別れちゃったの?」

「いい思い出ではなかったからな、あと、そういうことになるな」


 もしいまでも付き合ったままだったら外で過ごすこともなくなっていただろうか?

 別に別れてから始めたことではないため、ある程度の時間は外でつぶしていた気がする。


「理由を聞いてもいい?」

「結構束縛してくる人間だったんだ、俺はそれに耐えきれなくて振ったということになるかな」


 その結果が自由に言われて敵ができまくった、ということになる。

 自由に言われているのに無視をして普通に過ごしていたのが悪かったのか、それでどんどん過激になっていって教師達も動くことになったぐらいだった。

 俺としては女子って怖えなという感想を抱いただけで終わったことになるが、周りからすれば嫌な空気の中、学ばなければならなかったわけだから、俺に対して消えてくれとかそういうことを考えた可能性はある。


「振られた側じゃないんだ」

「ふっ、元丸も葉野も酷い人間達だな」

「あ、いや、なんか阿部は自由に動きすぎてそれを理由に振られてそうだったから」


 それだってほとんど悪く言っているようなものだ。

 まあいい、興味がない相手であればこのような適当な思考になるのもおかしくはないから。

 それより葉野は自分のことについて集中するべきだ。

 正直、高志はこちらがなにもしなくても頑張れる人間だから放っておいてもなんとかなる。

 仮に自力で頑張った結果振られたとしても、それなら納得できるだろう。

 またああやってなにか相談を持ちかけられたらなにかを言わせてもらうと決めた。

 そのときにならないと分からないからそのことはもう消しておいた。

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