第63話 大切
僕は複雑な、いや単純で、でも隠さないといけない想いと戦っていると、後ろから「景品獲得おめでとうございます。袋をどうぞ」と店員さんに話しかけられる。
莉望は「ありがとうございます」と袋を受け取った後、動作をピタッと止めてこう言った。
「あ、あの時のお姉さん……!」
見ると、初配達の時に香水をくれたお姉さんがお店の制服を身に
「あら! お久しぶりね。今日はデートなんて素敵だわ!」
相変わらず僕らのことをからかってくる。
莉望はまた顔を真っ赤にして「もう……! そんなんじゃないですよ!」と否定した。
うん、どちらも変わってない。
……でもここのゲーセンっていつからあるんだ? 堀部さんが通っていたからもう3年は越えてるはずなんだけど。僕はそんな疑問を確かめるために問いを投げる。
「あの、お姉さんってここの店員なんですよね? いつから――」
「あ~、ここのお店は仕事説明の人から勧誘されて働いてるんだ~。
最初は楽だから、とか言われて信じてなかったんだけどね。やってみたら商品の入荷とか、景品ゲットのブザーが鳴ったらお客様に袋を渡すとかだけでほんとに楽だったの。
あ、そうそう。テディベアを入荷したときに知ったんだけど、テディベアは〝大切な人に贈る贈り物〟って言われてるらしいよ。だから2人は素敵だね」
疑問に対しての回答よりも、後半の〝大切な人に贈る贈り物〟の言葉が僕の耳に残る。
確かに莉望は大切で、行動力の天才で、白くて純白な天使で……。あれ? 莉望って僕にとって何なんだ?
今日までの思い出を振り返る。手をつないで、一緒にゲームをして、よく笑って、弱いところを見せあって、胸が苦しくなって、素直になれなくて……。あ、これは僕とこの世界のせい、か。
でも思い出してみてわかった。僕は莉望の笑顔を見て笑って、莉望の〝好き〟が見えたときに苦しくなって。そうやっていつだって僕の中心にいた。
「それじゃあ、素敵な一日を」
お姉さんが莉望と考えに
そして少しだけ、ちらっと僕のほうを見て莉望がこう言った。
「ねぇ、景さんにとって私は大切になれてる?」
僕は間髪を入れずに答えた。
「うん」
僕の中心を
心の中で確認した想いが僕の中をぐるぐると駆け巡る。
「そっか! 私も景さんが大切で大好きだよ」
まぶしいその笑顔に、僕は素直になっていいよ、と心を許しそうになってしまう。声出したほうが気持ちも楽になれるのになんで、なんで、なんで……。
この世界が嫌いだ。
僕は世界のすべてを恨んだ。運命をすべて変えてしまいたかった。
――莉望の、神様になりたかった。
ぐるぅぅぅぅ。
変で意味のない考えにエネルギーを消費した僕の体はお腹を鳴らした。
よかった、ゲーセンで。周りの音でお腹の音が綺麗にかき消される。
ってかお昼! そもそもここに来たのは、莉望を楽しませるためだった、僕が莉望と楽しみたかったからだ!
「ねぇ、莉望。お昼食べよう。ここにはとっておきがあるから!」
僕は莉望の腕を引っ張って、自動販売機の前に向かう。
このゲーセンにはカップ麺やハンバーガー、アイスや定番の飲み物の自販機があった。並んだ機械を前に莉望は「何この箱!」と目を輝かせている。
「自動販売機っていうんだ。みんな自販機って呼んでる。
お金を払って食べたいもののボタンを押すと、取り出し口から食べ物が出てくるんだよ」
僕の説明を聞いて「ゲームみたい!」と莉望は笑った。
「私、これが食べたい!」
莉望が指をさしたのはチーズハンバーガーだった。
「わかった。スマホかざしたからボタン押して」
「え、いいのに! でもありがとう」
ピッ。ゴトンッ。
物が落ちる音がして、莉望は取り出し口に手を伸ばす。
「わ! あったかい! すごいねこれ!!」
少し湯気の出ている紙包みを持った莉望がそう言った。僕も同じものを購入する。
「あったかいうちに食べよう」
そして僕らは近くの椅子に座って、大きな口を開けてハンバーガーにかじりつく。
「おいしい! こんな手軽に食べ物が買えるんだね!」
はしゃぐように声のトーンを上げて言う莉望に、僕はほっと一息つく。
――良かったと思ったのだ。きっと莉望は自販機も知らないだろうと思ったから。
この一瞬、莉望の初めてを過ごすこの時間が愛おしい。
莉望がワクワクしてる笑顔が好きだ。
だから僕は残りの任期でいろんなところに莉望を連れまわした。
ボーリング、カジノ、カラオケ、バッティングセンター……。どんな場所でも莉望の笑顔とホワイトムスクの香りが記憶に残った。
まだまだ行きたい場所もあったけれど時間が許してくれず、あっという間に最後の夜を過ごす。
いつも通りのゲーム大会で――。
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