第64話 夢の中

 最後の日までゲーム大会だなんて、僕らしい。それに莉望に任期を気付かれたくなかったから多分、これが正解だ。

 こうして莉望とする最後のゲームを、1秒1秒大切にするように、記憶に刻み込むように僕は過ごした。






「またこんな時間! 今日も楽しかった~」



 ゲームで固まった体を莉望が伸ばす。



「おつかれ。ゆっくり休むんだよ」


「うん。おやすみ景さん」


「おやすみ」



 莉望との最後の夜、最後の「おやすみ」を交わし、僕は部屋に1人になった。

 静かになった部屋で僕のため息だけが音を立てる。

 はぁ……。

 そして、息を吐いた分、同じ量の空気を吸った。ホワイトムスクの香りの甘く愛おしい空気を。






 ──────






 眠っていた。最後のレム睡眠に入った。最後の夢の中だ。

 僕は部屋の物を整理し始めた。なにか特別に片付けておくように、とは言われていないのだが、ある程度スッキリさせておいた方がいいと思ったのだ。


 ゲーム関連は片付けようにもないし、とりあえず、壁掛けの銃は箱にでもまとめよう。

 枕元の棚に、適当に置いたものもまとめておこう。

 ……この堀部さんからもらった『名義変更証明書』はどうしよう。そう思ったとき、僕は中の紙をひらりと手から滑らせてしまった。壁際かべぎわのPCの側に落ちたそれを拾った時、僕はあるものに気づいてしまった。

 ――ファイルケースだ。PCの影に隠れていて、今日まで全く気が付かなかった。もちろん僕が置いたものではなく、堀部さんが置いていったものだった。

 中に入っていたものは鍵と、手紙の2通が入れられていた。


 僕はそれを見てもいいものなのか、少し考えて、『名義変更品』に〝部屋〟と書いてあったことを思い出して、僕は2通の手紙を開くことにする。

 1通目は最後に『楓より』と書かれていた。これは以前、堀部さんが話してくれた手紙なのだろう。そう思い、僕はもう1通を開いた。



『景へ』



 書き出し文を見て、僕は手を震えさせながらも僕はその紙に最後まで目を通した。



『最初はあたりを強くしてすまなかった。

 仕事の説明も下手ですまなかった。

 うまく笑えなくてすまなかった。

 勝手に過去を話してすまなかった。

 泣かしてすまなかった。

 任期が近いことを言わなくてすまなかった。

 向き合おうとしなくてすまなった。

 景から逃げてすまなかった。


 俺に呆れず話を聞いてくれてありがとう。

 俺とゲームをしてくれてありがとう。

 話を最後まで聞いてくれてありがとう。

 俺と向き合おうとしてくれてありがとう。

 ずるい俺を許してくれてありがとう。


 たくさん迷惑をかけて、たくさん助けられたよ。

 だから俺は景に幸せになってもらいたい。

 許された時間を存分に楽しんで欲しい。

 自由な心でのびのびと暮らして欲しい。

 素直で好きなことをして欲しい。

 体も壊さず、穏やかな日々になることを俺は願うよ。

 今までありがとう。

 元気でな。


 堀部 優紀』



 泣かせて謝るなら、こんな優しさに溢れた手紙を残さないでよ。涙がこぼれるじゃないか……。こうして僕は、ただ堀部さんへの想いを枯れるまで流していた。




 少し時間が経って、涙の跡を拭って、僕は悩んでいた。

 堀部さんの残した言葉『素直に好きなことをして欲しい』に頭を悩ませたのだ。


 明日で僕は任期を終える。だから莉望にこの想いを伝えるなら明日しかない。

 莉望にこの想いを伝えてもいいのだろうか。もう一緒に居られなくなるのに、僕が後悔したくないからといって、伝えていいものなのだろうか。

 わからない。けど正解はきっと、ない。

 このままだと僕は任期を終えたときに、莉望に想いを伝えられなかったことによる後悔で成仏できそうにない。なんとなくそう思った。

 そして僕は莉望に話すことを決心した。怒られることも泣かれることも覚悟して。


 手紙を読んで思ったことはそれだけじゃない。僕は堀部さんの手紙で実感したんだ。死ぬことを。

 でもそれ以上に、生きるにあたってこんなにも周りの人が自分の人生を変えてくれることを実感してしまった。堀部さんも莉望も僕にとって大切で本当に無くしたくないもの。多分、ここでも僕はんだ。周りに支えられて生きている。

 だから死ぬ。

 ──幸せな人生だったと思うよ。僕は。






 ――――――






 最後の夢で僕の人生に答えが出た。

 だから目覚めて、今日が最後だとわかった。しかし、この世界からどう去るのかに僕は恐れていた。

 でもそれよりも早く、莉望にこの想いを伝えないといけない。


 本当に最後だから。

 ──さよならをしよう。僕は想いを抱きながら、莉望の部屋のドアを叩いた。

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