第62話 片手

 ――――――






「あ、景さん起きた。ゲーミングPCの前で寝ちゃうとか、健康に悪いよ」



 寝ていたのか……。

 目覚めたばかりの僕は莉望に声をかけられる。腕にいつもの感覚がない。



「あー、またやった。機械付け忘れた……」


「あ! 私も!

 これってもしかしてやばい……?」



 おろおろした様子の莉望に、僕はくすっと笑って「給料が出ないだけ」と返す。

 すると莉望はほっとした顔を見せて、白くまっすぐな声で「よかった」とこぼした。






 そんな穏やかなレム睡眠で僕らはいつもみたいに話をしていた。



「ねぇねぇ景さん。明日は夢送り師さんのお手伝い行く?」


「莉望は? 莉望が行くなら僕も行くよ」



 僕の返事に莉望は「ありがとう」と言って、こう言葉を続けた。



「昼にね、眠夢様と会った時、いつでもいいって言ってもらったの。でもその時も周りに居た夢送り師さんは働いていて……。私、少しでも役に立ちたいって思って!

 こうやって私たちがただ寝ているだけの時もきっとしごとをしているし。

 ありがたいよね。私たちの生活を支えてくれてるんだもん。だからそれ相応に感謝を表したいなって!」



 言葉の端々から優しさがにじみ出ている天使は誰かのために働くと笑った。

 その天使の微笑みに僕は「うん」と答え、同じように働くことにしたのだ。






 ――――――






 仕事すいみんを終えて、僕と莉望はお手伝いに向かった。

 たくさんの人に荷物を届けて、疲れながらも一緒にご飯を食べて、ゲームをして、眠って、莉望への想いを抱いて……。


 そんな毎日を送っていた。


 荷物の配達に行けば、新たな出会いがあって、仕事に疲れた日のごはんは格別においしくて。生きているみたいだった。日々が当たり前になって、ずっと続くと思っていた。




 そんなとき、眠夢様が直々じきじきに僕の部屋へとやってきた。



「景くん、あはよう。気分はどう?」


「普通です。どうしたんですか? わざわざ」



 時刻は6時15分だ。こんな朝早くから一体何なんだ。心の中で僕は文句を垂れていた。



「特別ってわけではないわ。重要な通知を渡しに来ただけよ。ほら」



 眠夢様が言葉と一緒に白封筒を僕に差し出す。



「これは……」



 中身を見た僕は体が凍るかのように動かなくなった。



「わかっていると思うけれど、その紙に記されている通り、景くんは今日を合わせて5日後に任期を迎えることになっているわ。つまり、自由に活動できるのはあと4日よ。

 それまでに夢送り師になるか、天国に行くか決めること。後悔のないようにね。

 それじゃあ失礼するわ」






 眠夢様が来てから僕はずっと呆然としていて、気がついたら9時が回っていた。莉望が「そろそろお手伝いに行くよ」って声をかけてくれなかったら未だに呆然としていただろう。

 それくらい任期の確認通知は僕に大きな衝撃を与えた。息さえも上手く吸えない状態だった。






 本調子は出ないまま僕は莉望と配達のお手伝いをすると、眠夢様からこんなことを言われる。



「上がっていいわ。今日もありがとう」



 時刻はまだ11時30分。いつもなら昼過ぎに終えるのに……。眠夢様の気遣いかもしれない。



「「お疲れさまでした」」



 いつも通り言葉を交わして、眠夢様の部屋を後にする。

 そして、僕は莉望の手を引いて、青い世界に向かった。



「ちょっ、景さん!?」


「遊びに行こう! 家でゲームもいいけど、外でもゲームができるから」



 莉望の慌てる声にも僕の足は止まらず、ただただゲーセンに向かった。

 片手に特別な熱を持って。






 ──ウィーン。

 自動ドアを抜けるとゲーセン内の爆音が耳を刺した。



「何ここ! うるさい!」


「あはは。ここはね、ゲーセンだよ。ゲームセンターっていう、たくさんのゲームが集まったお店!」



 莉望にそう伝えると、「へ〜、初めて来た」と言いながら辺りを見渡している。そして莉望は「何この箱!」とUFOキャッチャーを指さした。



「UFOキャッチャーっていう、中の景品をこのアームで掴んで、ここに落としたら貰えるゲームだよ」



 僕の言葉に莉望は目を輝かせて「やってみたい!」と言った。

 そしてたくさんのUFOキャッチャーを見て回ったのだ。



「景さん! これがいいんだけど、どうやってやるの?」



 莉望が足を止めた台にはテディベアが入っていた。大きさは両手に収まるくらいのちょうどいいサイズで、かわいらしくボールプールの中で座っている。



「これはお金を入れて、上移動のボタンと横移動のボタンをこのクマの位置に合わせるんだよ。お金はスマホをこの液晶にかざせば、後で請求書が届くからその時に払えばいいって感じ」


「そうなんだ!

 ほんとだ! スマホかざしたらボタンに電気がついた!」


「うん。あとは狙いを定めるだけだよ」


「こう、かな?」



 アーム自体はテディベアの真ん中をつかんだが、クマの頭の方からすり抜けてしまった。莉望は「えー!」と嘆いている。



「重さとかも考えないとだね。ちょっとやってみてもいい?」


「うん。やってみて!」



 僕が台の前に立って、スマホをスキャンしてボタンを操作する。頭が重いから少し頭よりにして、引っかかる所は……。あ、距離的にクマの脇にアームが入ればいけるかも。

 UFOキャッチャーは楽しいけど、アームが掴む時間が長くてじれったい。でもこの時間のおかげで取れたときは嬉しくて、取れなかったら引き下がれないような悔しさがある。

 そういった夢中にさせるところはやっぱりゲームであると僕は感じていた。


 テッテレー!


 テディベアが出口に落ちて、莉望が「景さんすごい!」と声を上げた。

 そんな莉望に僕はテディベアを「はい」と渡す。



「いいの?」



 目を輝かせる莉望はぎゅーっとテディベアを抱きしめた。

 僕はそんな可愛い様子に胸をきゅっとさせるのであった──。



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