第60話 エキザカム
莉望はきょろきょろと、ひょこひょこと花屋の店内を回って「きれ~い」って僕に微笑みかける。
僕は「うん」と言うと、書かれている花の名前をゆっくり口に出すのだ。
その優しい声、白い声に僕の胸はふわっとしてしまう。
莉望はずっとキラキラした笑顔だった。でもある花を見て、もっと、花が咲くように笑ったのだ。
「この花、景さんみたい」
莉望が指をさした花に、小さなうす紫の花に僕は目を落とした。名札には“エキザカム”と書いてある。
「……これのどこが僕みたいなの?」
「ん~、何となく?」
「なにそれ」
「まあ、理由はなくはないよ? ほら、この色とか、どこか不思議な景さんのミステリアスさを表しているでしょ?」
そう言って莉望は笑った。僕は「そんなことないと思うけど」と少し微笑み返す。
「えー! 景さん、よくわかんないところたくさんあるよ!?
それにこの花みたいに小さくてあんまり目立たない所とかも景さんに似てる!」
「それ、褒めてないじゃん」
僕が思わず苦笑すると、莉望はあはは、と口の中を見せて笑った。
「でも私は好きだよ。この花も、景さんのことも」
莉望のその言葉のせいで時間が止まる。
僕の中で気持ちが音になりそうになった。
「うん……」
口に出さないで苦くなった想いを、僕はなんとか飲み込む。正直しんどい。
「ごめん、困らせたよね……」
「ううん、大丈夫。もう帰ろう?」
僕は莉望の手を引いて、その店を後にした。
――歩けば歩くほど、頭にあの花が浮かぶ。ちんまりと店の隅に、でもその隅を飾っていた、あのうす紫の花。
莉望いわく僕に似ていて、僕のようだからといって、好きといった花――。
気がつけば家についていて、莉望に「またあとで」なんて声を掛けられて、僕は1人、部屋の中でまだ考え事に更けていた。
莉望の言葉のかけらを集めて、ばらして、意味を探って……。
ついには言葉の意味をスマホで1つ1つ検索をかけていた。そう、“エキザカム”も。
『エキザカム
リンドウ科・ベニヒメリンドウ属
花言葉:あなたの夢は美しい
あなたを愛します』
あなたを愛します……。
その文字が目に焼き付いた。目を閉じても、くっきり。
画面が明るすぎたわけじゃないのに。
「好き」
勝手に僕の喉から出る。音になってしまった。心臓が激しすぎて指までが、震えて――。
僕の意志が崩れ落ちた。莉望を好きと想わないようにする、という意志が。
そして、僕は想うだけならいいんじゃないかって自分を許してしまったのだ――。
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