第57話 好き

「やっぱり、外って綺麗だね。真っ青」



 莉望の言葉に僕は「うん」と答えながら、僕は莉望のその素直さの方が綺麗だと思っていた。

 でも莉望の綺麗さは〝純白〟だと思う。何色にも汚れていなくて、知れば知るほどその白さに憧れていく。特に素直な反応の時の声が白い。不純物が全く含まれていなくて、澄んだ声なのだ。

 僕はその声が大好きだった。


 ――と僕は僕自身に言い聞かせる。






「ねぇ、景さんってば!」



 莉望の声にハッとする。



「あ、ごめん。どうかしたの?」


「どうかしたの? じゃないよ!

 ずーっと、どこに行くの? って聞いてたの!」


「あ、そっか。どこに行こう?」


「えー! どっかに向かってたんじゃないの?」



 考え事をしていたせいで、スタスタと行先も決めずに歩いてきてしまった。いや、こっちの方向にはゲーセンがある。無意識に向かっていたんだ!



「莉望はどこに行きたいの?」


「何があるかわかんないけど……、公園ってある?」



 莉望は上目遣いでそう言った。僕は慌てて視線を逸らした。あたかも最初からスマホで調べるつもりだったかのように、僕は咄嗟とっさにマップを開く。



「どうだろ、今調べるけど……。

 あ! あるみたいだよ」


「ほんと!? 行ってみたい!」



 スマホを見る理由がなくなって僕は仕方なく莉望を見るけれど、そのパッと明るい笑みは僕の鼓動をさらに叩いてきた。







 公園に着くと、莉望は遊具に飛びついた。



「ねぇ、これってどう遊ぶの?」



 莉望が掴んでいたのはブランコの紐だったため、僕はもう一つのブランコに腰を掛ける。



「こうやって座って、足でぐんだよ。ほら」



 僕がふわっとブランコに揺られると、莉望は目を輝かせて僕と同じように足を振っていた。



「わ~! できた! これ、風が気持ちいいね!」



 莉望はあははと口を開けてはしゃいでいる。僕は莉望が初めてブランコに乗ったのだと、すぐに分かった。

 僕は莉望の隣で足を緩めてブランコを止めた。そして莉望の隣で僕はこう尋ねた。



「莉望はなんで公園に来たかったの?」


「それはね~、子供のときからの夢だったの! 病院の近くにね、結構広い公園があってそこにいる子供たちが楽しそうだったの!

 あっ! 言っちゃった」



 莉望はやばいっていう顔をして、口を開けた。



「ふ~ん。莉望、ブランコの乗り方知ってたんだ」



 僕がじとーっと見ると、莉望はあわあわして「ち、ちがうの!」と言った。



「何が?」


「ちが、くないけど、その……景さんに教えてほしかったんだもん!」



 莉望はいっぱいいっぱい、目をつむって声を張った。

 莉望の言葉とその様子に僕の胸はぞうきん絞りをされるかのように、ぐっと痛くなる。

 僕は精一杯で余裕のない莉望の切迫感に胸を走らされる。

 正直、なんで? って聞きたかった。けれど僕はもう知っていたから。

 莉望が僕を想っていることを、知って、それに向き合えないずるい人間だから聞かなかった。

 沈黙が風にさらされるだけ。






「景さん……」



 口を開いた莉望はこう続けた。



「ずるくてごめん! ……怒ってる?」


「怒ってないよ」



 怒れるはずがない。だって嬉しいんだから! 莉望の初めてに対面できること、莉望が僕を頼ってくれること、その一瞬一瞬が愛おしい。

 でもそれは口に出せず、僕は言いたいこと全部を喉の奥に詰まらせた。



「そっか! ならよかった~。

 私、景さんと新しいことができて嬉しい! 連れてきてくれてありがとう!」



 莉望の白い声とまぎれもない笑顔に、僕は「うん」としか言えなかった。

 そして僕は「帰ろう」と言って、莉望のその手に触れた。



「……え!?」



 莉望のその声に僕自身がやらかしたことに気づく。

 慌てて僕は手の力を抜いた。



「ごめん!」


「……離さなくてもいいのに。ちょっと嬉しくてびっくりしちゃっただけだから」



 そう言って莉望はニコッと笑って、僕の手を握ってきた。

 その時、コロンと何かが落ちる音がする。



「あ、落ちちゃった」



 莉望は小瓶を拾う。落としたのはあの香水だったのだ。



「使ってみるの忘れてた! つけてみよっと」


 プシュッ。

 莉望がその小瓶をプッシュして手首に香水をつける。



「わ! 甘くていい香り!

 景さんどう?」


「ほんとだ。女の子っぽい香りだね! 何の匂いだろう」



 僕の問いに「ちょっと待って~」と莉望は瓶をよく見ている。



「あ、ホワイトムスクの香りだって!」



 そう言って莉望はスマホで検索をかける。

 ホワイトムスク……。名前からして莉望に似合ってる。

 白くて、この甘い匂いは恋心にそっと触れて、時間が経つたびに僕の胸を熱くさせる。



「あ、花の咲くハーブみたいだよ。すごくいい匂い」


「そうなんだ。よかったね」


「うん!」



 僕は熱くなる胸と甘い香りを連れて、部屋へと歩き出した。

 風が吹くたび、莉望を女の子だと強く意識して、心臓が乱れるのを無視しながら――。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る