第56話 階段とエレベーター
階段の前に着いた途端、莉望は少し先を歩いて、僕の方を振り返った。
「もう少し髪が長かったら本当にあの時みたいだね……。
ねぇ、景さんは〝私ともう1度会う〟ことをあの時すでに知ってたらどうしてた? 話しかけなかった? それと変わらず声をかけてくれた?
んー、私の予想は、話しかけない、かな。なんか、景さんは後々こうだったよ、って言ってきそうなイメージ」
「なんだよ、それ。
……まあ、でも知っていたら話しかけるのは今じゃないなって思うかな。
って小学生の僕がそこまで考えるとは思えないけど」
「あ、そっか~。小学生だもんね。
でも小学生だったからこそ、私は景くんの言葉に頑張ろうって思えたんだ〜。素直に飲み込めたの。
あの時、私は6歳で、本来なら日々の学校に胸がわくわくしてたはずなんだよね。でも、治る見込みがなくて、そもそも私は学校がどんな所なのかもわからなくて、外も知らなくて……。
すごく知りたかった! でも、病気の事は生まれてからずっとだったから諦めてた。
それを景くんが変えてくれたの! 治ったら、退院したら、って言ってくれて本当に起こったらいいなって思った。治って自由になれたらって。
歳をとる度に治らない気もしてたんだけど、その時は、治療を頑張ろう、って変換できたんだ。
私が入院の中に強くなれたのは、間違いなく景くんのおかげだよ。ありがとう」
莉望はそう言って僕までの短い距離を駆けた。隣に来た時、ギュッと手を掴まれる。
莉望の方を見ると、莉望はニコッと微笑み返してきて、その様子に僕の鼓動が加速する。
僕らはゆっくり、同じ歩幅で、まるで二人三脚でもしているかのように階段を降りて行った。
「こんなに階段があるなんて思わなかった……。私たちの部屋って何階なの?」
莉望がハーハー、と息をあげている。
「12階だよ」
「12階!?」
目をこれでもか、というくらい大きく開けて驚く莉望は「エレベーターってほんとに便利なんだね。早いし」と感心していた。
「ここからはエレベーターで降りていこっか」
僕の言葉に莉望は「うん」と微笑んで、嬉しそうに繋いだ腕をぶんぶんと振っていた。
「わ~。やっぱりエレベーターってすごいね! でも落ちてるって考えると少し怖い」
「あはは、そうだね。壊れたら閉じこまれるし」
「ちょっと、景さん! そんな怖いこと言わないでよ! 本当に起きたら困るでしょ」
莉望は大げさに反応してバタバタと暴れている。
すぐにチンッ、という1階に着いた音がして莉望がホッとした顔を浮かべた。
「ははは、莉望は面白いね、ほんと」
「ねぇ! またバカにして――」
「だって、壊れてもどうにかなるじゃん、この世界なら」
僕がそういうと、莉望は「眠夢様がいないとダメじゃん!」とむきになる。
僕らも寝たら思い通りにできることを莉望は忘れてるみたいだ。
2日目だもんなぁ、と納得して、2日目なのに、と僕は、僕自身にサイレンを鳴らした。莉望のコロコロと変わる表情に、うるさく反応する鼓動を叱ったのだ。
「大丈夫。その時は僕が莉望を助けるよ」
うるさい心臓を
僕の心臓もぎゅっと掴まれるようで、早く言ってしまいたかった。“好き”だと。
そう言える明るい未来を願って、僕は莉望と光のさす外に出たのだ――。
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