第53話 お手伝い(3)

「わっ! なにこれ~!」



 青い世界に舞うように、僕の隣に居た天使が笑った。出会った時のような指先まで自由で、でもあの時より実態が確かな、そんな気がした。



「ほんとに、これ全部を眠夢様が作ったの?」


「そうだよ。眠夢様はどんな時も願えば叶う、強い能力を持っているんだ」


「へ~。便利だね」



 莉望はうつろな目を見せた。僕はなんでそんな表情をしたのかよくわからなかった。

 そして莉望は「早くいこ」と僕を催促した。僕はおとなしく莉望の後ろをついていった。それは初めて莉望の顔色から感情を読み取れなかったことからの逃げだったのかもしれない。






 マップ通りに歩いてたどり着いた場所はパン屋さんだった。



「お届け物です」



 莉望の言葉と同時に僕はその店の中に入り込んだ。パンのいい匂いが鼻の中から口へと広がる。

 店内はというと、もうすぐお昼の時間だからか、製造者はもちろん、夢送り師もがパンをトレイに乗せていた。


 おばあさんがカウンターから出てきて「ありがとうございます」と僕の手から荷物を受け取る。



「はいこれ。届けてくれたお礼です。最近の人気のパンなのでよかったら」



 おばあさんはそう言って、荷物がなくなって空いた僕の手の上に紙袋を乗せた。

 僕は「ありがとうございます」と頭を下げる。

 莉望もぺこりと頭を下げた後、くるっと後ろを向いて外へと向かった。

 見たことない無表情で──。






「ちょっと莉望、どうしたの?」



 外に出て、僕は莉望の腕を掴んだ。



「ん〜、なんでもないよ」



 さっきの顔とは切り替わったように莉望はニコッと笑う。

 その様子に「でも──」と僕が言い始めると莉望は「早く行こ」と言葉を遮った。

 青い世界にはしゃぐこともなく、莉望は僕を置いていくようにスタスタと進んで行く。

 手も繋いでない。あ、これは普通か……。






 眠夢様の部屋の前に着くと、莉望は僕に向かって「先帰ってて」と言った。予想外の言葉に僕は「どうして?」と聞き返す。



「眠夢様と少し話したくて。それにお腹も空いたでしょう? さっき貰ったパン食べててよ」


「そっか。わかった。

 あ、でも帰ってきたら僕の部屋に顔だして。なんか、心配だから」



 僕がそう言うと「わかった」と莉望は笑った。

 そしてくるっと僕には背を見せて、莉望は眠夢様の部屋へと入っていったのだ。






 僕は1人で部屋へと戻る。でも莉望なんで急に眠夢様と話す、なんて言うんだろう。

 ……僕には聞かれたくない話、って事だよな。追い出されたし。

 女の人だからか? それとも仕事のことでも聞きたかったのかな?


 無駄に莉望のことを考えていたら自分の部屋を通り過ぎていた。

 何やってるんだか、と自分に呆れながら僕は部屋に戻ったのだった──。






 部屋に入った僕はゲーミングPCの前に座った。別に意味もなく、またいつものようにゲームにかじりついた。

 成績は悪く、自分の雑なプレイに腹を立たせる。おなかが空いているからだろうか。だからといって、もらってきたパンを食べるわけにはいかなかった。なぜなら莉望がもらってきたパンの中で何が食べたいかわからなかった。何が好きかわかるほど僕らの距離は離れていたのだ。

 僕はしかたなく腹を鳴らしながら、画面としばらくにらめっこしていた。






 ガチャ。

 ドアの空いた音がした。それに僕は驚く。



「ただいま。遅くなってごめん。

 ――なに景さん、その顔。私はノックしたよ? 景さんがゲームしてるから気づかなかったんだよ?」



 ドアからやってきた莉望は僕の心を覗いたかのようにそう言った。莉望の様子はというと、元に戻ったようにケロッとしている。莉望の中の不安か何かの不純物が眠夢様の所に言ったおかげで無くなったのだろう。とにかく明るい莉望に僕は安心した。



「おかえり。

 別に責めてないよ。ただ、これが今までの日課だったからいつもみたいにゲームしちゃってた」


「そっか~。

 ねぇねぇ、何のパン残してくれた? もうおなかペコペコで!」


「莉望が何を食べるかわからなかったからまだ食べてないよ。だから好きなの選んで」



 僕はそう言ってテーブルの前に膝をつき、紙袋の中から1つずつ袋に入れられているパンをテーブルの上に出した。

 莉望が「わ~い」と喜びながら僕の向かいに座る。



「どれもおいしそうだね! 景さんは何が食べたいとかある?」


「どれでも大丈夫だよ。遠慮しないで」


「んー、遠慮っていうか、優柔不断なの。だってどれもすごくおいしそうで!」


「確かにそうだね。でも僕も優柔不断だから決めるの困るな」



 2人して優柔不断でなかなか食べるパンが決まらない。そもそも、パンは5つで2人ではちょうど半分にできないのだ。

 どうするべきか……、僕が頭を悩ませていた時、莉望が言葉を発した。



「じゃあ、じゃんけんで決めようよ! 紙袋の中にパンを全部戻して、勝った方が先に引こう? それで、最後の1個は半分にするの!」



 莉望はいかにも名案でしょ? と言いたげな顔をして、こぶしを胸の高さまで上げてきた。

 僕も「うん、わかった」と言いながらこぶしを出す。



「いくよ? じゃん、けん、ぽい!」



 莉望の掛け声で出た手の形はパーとグーだった。そして、莉望の手がパーだったのだ。



「やった~! 景さんに初めて勝った!」



 まるで優勝でもしたかのように莉望は手を上に突き上げて喜んだ。



「先に選びたいならじゃんけんなんかしなくてもよかったのに――」


「む~、ちがうよ。景さんに勝負ことで勝てたことが嬉しいの。昨日は負けっぱなしだったから、ものすっごく!」



 目を横長にしてめいっぱい笑う莉望に、僕は「そっか」と笑った。

 莉望は「うん!」と勢いのある返事をして紙袋を手に取った。



「じゃあ、選ぶよ? んー、これ!」



 莉望は勢いよく袋からチョココロネを取り出す。



「わ~! 甘くておいしそう!

 じゃあ次は景さんね」



 僕は莉望から受け取った紙袋に手を突っ込み、1つ取り出す。

 手に掴んでいたのはクリームパンだった。



「どっちも甘いパンだね! 2個目はお惣菜系に期待……!」



 莉望は無駄に目をつむりながら、がさがさと紙袋の中を探る。そしてまた1つパンを取り出した。



「やった~! ソーセージパンだ!

 おっきい!」



 顔の横にソーセージの乗ったパンを並べながらはしゃいでいるに、つい僕の頬が緩んだ。

 そしてもう1つのパンを拾い上げると、衣のついたカレーパンが紙袋から覗いた。



「いいね、カレーパン。

 半分にするやつは……あ! ロールパンだ!」



 莉望がくしゃくしゃになった紙袋を横にしてそう言った。

 食べるものが決まったところでは「じゃあ、食べよっか」と手を合わせる。僕もそれにつられて合掌する。



「「いただきます」」



 こうして僕は、2年ぶりの1人じゃない昼食を、莉望と食べるお昼の時間が始まった――。



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