第52話 お手伝い(2)
「よかったな。香水もらえて」
「ほんといい人だったね~」
莉望は嬉しそうに指の長さもない小瓶を眺めた。莉望の表情はというと、まるでお花のエフェクトが彼女を覆っているように見えるくらいの浮かれ顔だった。
「莉望って香水初めてでしょ」
「そりゃあそうだよ~」
にこっとする莉望に僕は「やっぱりな」と笑った。
すると莉望は「やっぱりって何よ!」と突っかかってきた。
「そんな顔してたんだよ」
「それってどんな顔?」
「無邪気で子供っぽい顔」
そう言うと、莉望はぷく~っとほっぺたを膨らませた。
「そういう素直な反応が無邪気で純粋無垢だって感じる。莉望らしくて……いいと思う、よ」
今僕はなんて言おうとした? 喉から出した方が楽になりそうだった。
――好きになっている、そう実感してしまった。
そうじゃないと、この気持ちの整理はつかないから。
でも脳裏に浮かんだ。
昨日今日の薄っぺらい関係で、終わりの、任期のある関係だと――。
「ありがとう」
また莉望の笑顔に反応して僕の胸が火照った。
あー、苦しい。心臓がバクバクで痛い。もやがかかる心がつらい。
莉望の顔をまっすぐに見たいのに、見たらどんな顔をしたらいいかわからない。
だから僕は莉望から1歩下がって歩いていた。
「あ、ここだ。景さんここ!」
いきなり振り返るから僕は慌てて下を向いた。
「わかったから」
「じゃあ今度は景さんが届けて?」
「お、おう」
莉望に言われる通り、僕はドア越しに「お届け物です」と声をかけた。
すると、中から僕より10歳くらい年上の、堀部さんの10歳くらい年下の男性が出てきた。改めていろんな人がいることを実感する。
「届けてくれてありがとうございます。
……製造者ですよね。夢送り師志望なんですか?」
初対面の人にいきなりそう聞かれて困った僕は「ただの手伝いです」と答えた。
そして莉望が僕の後ろから「私は夢送り師さんになりたいです」と答えたのだ。
「どんな感じなの? 仕事」
「え、あ、私もこの配達が初めてでよくわからないのですが、届けるだけなので楽しいですよ! 少ししかわからなくてすみません」
「あ、いや、教えてくださりありがとうございます。失礼します」
その人はそう言って部屋のドアを閉めた。やっぱり製造者がこの仕事をしているのは結構気になるものなんだな。
……まあ、そうか。僕も見たことないし、莉望みたいに行動力のある人は少なそうだしなぁ。
そう思いながら莉望の僕は横顔を盗み見た。それに気づいた莉望は僕の方を向いてニコッと笑う。
慌てて僕は莉望から逃げるようにして「眠夢様の所に戻ろう」と言った。着いてくる莉望の足音を確認して僕はスタスタと進む。
そしてその時、あのスタスタと歩いて行ってしまう堀部さんを思い出した。
堀部さんはなんであんな歩き方だったんだろう。
――もしかして離れることがわかっていて少しでも距離を保つためだったのか?
あ、でも毎日ゲームしていたし、距離を置きたかったわけではなさそう……。
でも、人の隣を歩くって難しいよな。どこ見たらいいかわかんないし、どれくらい距離を空けたらいいかわからないし。
「ちょっと待ってよ、景さん」
莉望の言葉にハッとして振り返る。軽く小走りで莉望が僕の隣にやってきた。そして、莉望は昨日のように僕の手を握った。
「もうおいてかないでよね」
莉望はそう言って僕の顔を覗いた。
繋いだ右手から全身に熱が伝わり、僕の頭が沸騰してしまいそうだ。
好きだとわかってから変な感覚。本当に自分がコントロールできなくなる。
苦しい苦しい苦しい。……好き。
無理やり苦い気持ちを飲み込んで、表情だけは平然と保とうとした。
莉望が足を止めて、眠夢様の部屋の前までついたことに気づく。
僕は切り替えないと、と思い「失礼します」と言って部屋の中に入った。
そして莉望が眠夢様に話しかける。
「頼まれた3件終わりました! 眠夢様」
「莉望さん、景くんありがとう。
今日は何時までお手伝いをしてくれるの?」
「えーと……。
景さん、何時までにする?」
莉望が控えめに僕に聞いた。
壁にかけられている時計はまだ11時になったばかりだった。
「何時まででもいいよ。莉望はどうしたい?」
普通モードに切り替えたおかげで莉望を意識せずに話すことが出来た。
僕は心の中でホッとする。
「私も何時でも大丈夫です! 仕事がたくさんあるならお手伝いしますよ!」
莉望のその言葉に、眠夢様は「ありがとう。じゃああと1件、外なんだけど頼めるかしら」と言った。
「え! 外があるんですか!?」
「そうよね。莉望さんはまだ、行ったこともないわよね。
この世界、特に外は私が形成しているの。ぜひ行ってみて」
そんな眠夢様の言葉に、僕は1つの荷物を受け取って、莉望と一緒にその部屋から出た。
あの青い世界に僕らは包まれに行ったのだ――。
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