第40話 夢のように(4)

 家族旅行後はというと、平凡でつまらない日常だった。でも日々に行うことは増えていった。日付が移り代わるたび、私の検査はどんどん増えていったのだ。

 急に病状が悪化した、そう先生に聞かされた。最近は看護師さんが私の部屋を出入りしている。



「検温の後、採血ね。そのあと血圧も測るから」



 やることの多い、朝の日課に私は不安になっていた。一度“死にたくない”を覚えてしまうとこんなにも死ぬことを意識するだなんて……。

 私は元気がなくなった。体も気持ちも、もう疲れていた。

 なんというか、入院はこにわ生活なら生きるのはやめたいけれど、でも死ぬのは怖い、みたいな。自分ですら自分が理解ができなくなった。






 そんな無気力生活を送り、ついに夢を見たかさえも分からなくなった。興味がさっぱりなくなったのだ。

 でもそんな時、そんな時に限ってお母さんは私を抱きしめた。



「莉望」



 優しい声で私の名前をなぞるお母さんの体温を感じ、すがるように「お母さん……」と口にした。



「大丈夫よ、元気になるためにやってるんだから。気持ちまで負けちゃダメ。莉望が笑ってくれる方がみんな安心するのよ。お母さんも、ね?」



 お母さんの言葉に私は左手に力を入れる。右手は点滴があったから。

 私はお母さんに向けてこう言った。



「私、死ぬのが怖いよ。でもお母さんの子に産まれることができたから、私後悔もしてないの。明日死んでもだよ? ああしておけばよかったな、とか全くない! しかも今お母さんが抱きしめてくれたから寂しくもないの。

 だからありがとうね」



 私の耳元に「こちらこそありがとう」とお母さんの柔らかな声が聞こえた。

 そして面会時間を終わった。






 夜になった。私はその日こそ夢について考えた。どんな明日が待ってるだろうって。

 考えてたらいつの間にか寝てしまった。そう、深く冷めない眠りに……。






 ******






「—―そして景さんに会ったの」



 莉望はそう言って僕の手に触れた。



「景さん、教えて? この世界って何?

 病院の中? 病院の外? それとも私の知らない世界なの?」



 僕は答えに詰まった。莉望がじっと僕の顔を見るから、嘘もつけないし、でも真実も知らないし……。

 だから僕は莉望に問い直した。



「莉望、ここが知らない世界だったらどうしたいの?」



 莉望は難しい顔を見せた。しばらくして困った顔を見せる。



「どうしたいんだろうね……」



 莉望の返答に僕は俯いた。



「莉望、君をここに連れてきたのは僕だ」



 勝手に音になっていた。莉望は事実それに対して、まるで無視したかのように黙り込む。

 静かな時間に僕は耐え切れず「ごめん」と言葉を足す。



「……ほんとうに景さんなの?」


「うん」


「でもなんで――」


「僕は、継承先を決めれなかったんだ……」



 僕は僕にあった過去を莉望に話した。






 ──────






「そんなことがあったなんて……」



 僕のおばあちゃんのこと、両親のこと、そして僕のおじいちゃんのこと。全部を時間をかけて話すと、莉望はそう言って辛そうな顔をした。



「ごめん」



 僕のその言葉に、莉望はなぜか僕を抱きしめた。



「景さんも辛かったんだね。かわいそうに……泣いていいよ」



 優しい声と彼女の温かさに、僕は中に抑え込んでいたものがあふれ出た。

 僕は莉望に「ありがとう」と言った。それは言えなかったおばあちゃん宛ての“ありがとう”が混ざっていた――。



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