第39話 夢のように(3)

「お母さん……? いま、なんて――」


「莉望が死にたがっていること、ずっと知っていたわよ」



 え、なんで……? 本心なんてずっと言ったことないのに。



「いつから――」


「さあ、ね……。でもずっと前からよ」



 ずっと前……。過去を振り返って、フラッシュバックしたのは、あの時、夢が現実になるようになったあの日の“普通の子に産んであげられなくてごめんね”というお母さんの言葉だった。

 私はハッと息を飲む。



「あの時、だから……」



 自然と声が震えた。



「そうよ。莉望が“死にたい”って思う人生にしてしまったのは私だから……」


「お母さんのせいじゃ――」


「じゃあ、どうして!? どうして死にたいって思うのよ!」



 お母さんは勢いよくそう言った。嘆くようなその声の後、頬に水を流して……。

 その様子に私はどんな言葉をかけたらいいのかわからなくなった。



「私が普通の子に産んであげられたら、莉望は今頃高校生で、青春を謳歌していて、今みたいな貼り付けた笑顔なんかじゃなく、普通に笑えていたはずなのに……」



 車の中にお母さんの静かな声がこだまする。

 私は言葉を選びながらこう言った。



「お母さん。でも私、昨日と今日は……ものすごく楽しかったの。世界が綺麗で、こんな世界なら生きていたいと思ったんだよ……?」


「うん」


「お母さんたちがこの旅行を計画してくれてうれしかったんだ。でも同じくらい、もっと早くこういう旅行がしたかったなって……。

 私たち向き合えるほど同じ時間を過ごして来れなかったから……」


「うん」


「だから、さっきのは本当にごめんなさい。

私を旅行に連れてきてくれて、私の気持ちに気づいてくれて、私を育ててくれて、私を生んでくれて、ありがとう」


「……」



 お母さんは最後の言葉にだけ「うん」と返事をしなかった。けど、代わりに私の事を抱き締めてくれた。

 そしてお母さんの温かみは私の冷めていた心を溶かし解いたのだった――。






 しばらくして私は窓からいつもの病院を見つけた。



「まだ着かないで欲しいな……」



 お母さんの手が緩んだ。



「今は熱があるんだから……また出かけよう?」



 お母さんの腫れた目を見て私は「うん」と返事をした。




――――――




 病院に戻ると案の定、看護師さんにすごい勢いで心配された。



「莉望ちゃん!? 大丈夫?」


「大丈夫です」


「もう……無理しちゃだめよ? 莉望ちゃんは心臓が弱いんだから」


「ごめんなさい」



 私が謝ると、お母さんは看護師さんにこう言った。



「すみません、莉望は初めて暑い環境に出たものですから体が順応しなかったんだと思います。

 ご迷惑おかけしてすみません、お世話になります」


「そうよね。強く言い過ぎちゃってごめんなさい莉望ちゃん。ゆっくりして治しましょう」



 深く頭を下げるお母さんに、看護師さんは優しい笑みに表情を変えたのだった。






 ――こうして家族旅行は終わった。お父さんとお母さんは私を1度抱きしめてから病室を出ていった。


 またつまらない日々が始まる。

 でもその日は熱のせいなのかわからないけれど、なんだかふわふわしていたのだ――。



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