第37話 夢のように(1)
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私は夢が現実になってしまうことに徐々に慣れていった。夢の中でお父さんと仲直りして、目が覚めてもお父さんと仲直りをした。
その日のごはんや、出会う人、起こることがわかる生活は便利だった。なぜならどう対応すればいいか、どんな笑い方をすればいいか分かったからだ。
私は病気だ。基本的にみんな心配してくれる。
でも私は心配をかけたくなかった。作り笑いでもいいから笑みを見せておけばいいと思っていた。それに心配されたからっていって、私の未来が変わるとは限らないから――。
この生活だって変わらないし、死ぬことだって変わらない。
そんな現実に冷め切った私は、ある日こんな夢を見た。
――外に出かける夢。
目が覚めた私は本当に出かけられるのか、ドキドキが止まらなかった。
部屋のドアが開くたび、何の話だろうって思ったのだ。
そして昼下がり、お母さんとお父さんが私の部屋にやってきた。
「莉望、家族旅行に行かないか?」
お父さんの言葉に続いてお母さんはこう言った。
「外出許可をもらったの。今日から明日の15時まで。
それでね、車いすも貸し出してくれるって。どうかな?」
夢のような話に私はコクリと頷いた。
「行きたい! 外がどんな所か見てみたい! お願い、連れてって……!」
私の言葉にお母さんたちは笑った。
こうして私は初めて外に出た。車いすに乗って見た空は、ずっとずっと高かった。病室から見る景色よりも外はずっとずっと広かった。
「これが外……! 思っていたより暑い」
「そうだね、病院の中はクーラーが
お父さんの言葉を耳に、高く上った太陽に世界の綺麗さを感じた。
「車……、こんなに大きいの!? 窓から見たらあんなにも小さいのに」
私はお父さんの車に乗りながらそう言った。
「莉望の部屋、7階だものね」
お母さんは私の反応に、そう微笑んだ。
こうして始まった家族旅行。車の中で、お父さんの仕事の話や、最近会ったおかしい話、しりとりなど、言葉が途切れることなくにぎやかな時間を過ごした。車の中が本当に3人なのか疑うくらいに。
楽しい。
車の窓から見る景色だって、病院の窓とは違って、移り変わっていく。途中の休憩で止まった場所見たお店だって初めてで、私は宙にでも浮いている気分だった。
そんな楽しい車時間を終えて、お父さんたちが私を1番最初に連れて行ってくれたのは遊園地だった。
「すっごい! どれも大きい!」
「莉望には観覧車っていう乗り物に乗ってもらいたくて」
お父さんはくるくる回っているものを指をさした。
「あれどう動いているの?」
「あれは機械なの。だから電気で動いてるのよ」
お母さんが私の車いすを押しながらそう言った。
「すごいね……! ほんとに同じ世界なの!?」
「そうよ。でも莉望、あんまりはしゃぎ過ぎちゃだめよ」
私があまりにも大きな声を出したからか、楽しい時間を壊すようにお母さんが注意を掛ける。
私は「はーい」と、しょぼくれた声を出す。
いいじゃん今日くらい。こんなこと初めてなんだもん。
ドキドキしちゃダメなの?
そう不満を持ちながら私は観覧車に乗った。
「わぁ……」
私は声を漏らした。さっきの不満が嘘のように溶けていった。
そんなことよりもオレンジの空に私がゆっくりゆっくり近づいていくことに意識がいった。反対して、街並みがどんどん小さくなっていくことにも胸が震えた。
届かない太陽に、人生で1番近づいた。
綺麗……。
もっと早く知りたかったなぁ。ううん、知らなければ……この世界がこんなに綺麗だと知らなければ、私は昨日みたいに死を望めたのに……。
観覧車から降りたとき、私は現実に取り戻されて悲しくなった。
夢ならば、覚めないで。
――そう、思った。
でも口にしなかった。こぼれかけた涙も飲み込んだ。やっぱり心配はかけたくないから。
強くあろうとした。私はいつも通り、作り笑いの莉望を演じた。
でもそれに気づかず「どうだった?」って聞いてくるお父さんたちに嫌気がさした。
――当然だと思う。普通の子より両親と過ごす時間は短いし、私も本心を隠してばかりだから。
考えたら、夢が現実になるようになって、お父さんに怒鳴ったあの日ぐらいだろう。私が心を
遊園地から離れて、私たちは旅館に着いた。泊まる部屋に着いて車いすから降りると、足に知らない感触が走る。
「何これ……変な感じ」
「畳っていうんだよ。日本の昔からの床なんだ」
お父さんの説明にそうなんだ、と思いながら私はテーブルに置いてあるパンフレットに手を伸ばした。
そこには“栃木県”とでかでかと書いてあった。
「ここ栃木県なの?」
「そうだよ。さっき行ったのは“とちのきファミリーランド”っていうところ。
明日は“あしかがフラワーパーク”に行こうと思って。」
「へ~。栃木県って東京から遠い?」
私が住んでる病院が東京というところだと知っていたため、お父さんに質問した。
「ん~、日本全体から見たら近いよ」
「そうなんだ」
ふわっとした回答にあまり実感が湧かず、思わず話を流してしまう。
そんなふわふわした夢のような旅の途中、私は嫌な夢を見てしまうのだ――。
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