第35話 病(1)

「そういえば、景さんに聞こうと思ってたんだ〜。

 眠夢様の話の中に“夢送り師”っていうのが出てきたんだけど、あんまりよく分からなくて……。

 教えてくれる?」


「僕も詳しくは知らないけど……。そうだな、この世界での生活を続けたかったり、生きてる人を見守りたかったり、任期を迎えるのが怖かったりする人が5年間ここに残って仕事をするんだと思うよ」



 僕は今まで関わってきた人の話から夢送り師について説明をした。すると、莉望はこう言った。



「じゃあ私もなろうかな!」


「え!?」


「え?」



 僕の反応に莉望はびっくりしていた。慌てて言葉を探す。



「あ、いや、えっと……、まだここに来たばかりなのに即決するからびっくりしたんだ。なんで莉望は夢送り師になりたいの?」


「だってこんなにも自由に体が動くんだよ? 歩いても息苦しくならないし、笑うことだってできる。

 ……景さんにとっては普通のことかもしれないけど、私にとっては! 夢みたいなことなの」



 そう言って、「あ、ここ夢の世界だった」なんて莉望は笑った。

 そうか、莉望がこんなに笑えるのはこの世界のおかげなのか……。生前はどんな子だったのだろう……。

 そう考えていたら莉望は「あはは、難しい顔してる」と僕の顔を覗いてきた。



「昨日までの私の事でも考えてるの? なら、教えてあげるよ」



 莉望はふんわりとした笑みを浮かべて、こんな話をしだした。






 ******






 私は生まれつき心臓が弱かった。この病院から外に足を運ぶことも許されず、当たり前のように私の腕には針が、点滴が刺さっていた。

 17年間同じ部屋にいるから、世の中がどうなっているかわからない。ただ、この部屋が私を閉じ込めているということに嫌気を感じた。

 もちろんもっと幼いときは、部屋から勝手に出て外に出ようとした。けど、私はエレベーターにすら乗ったことがなかったから、エレベーターの前に立ち尽くしてしまったのだ。


 そんな入院はこにわ生活に、歳をとるたび私は順応していった。

 でもその裏で死ぬことを、濁ってしまった心が強く思っていた――。






「大変申し上げにくいのですが、今回の検査の結果から言うと、もう娘さんは長く生きられません」


「そう、ですか……」



 ある日、こんな話が聞こえた。声の持ち主は先生と私のお母さん。

 心から嬉しかった。でも私は絶望した。


 夢、だったのだ。


 体を起こして私は部屋に掛けてあるカレンダーを見た。その日の日付に“検査”と書いてあり、その文字はまるで囲まれていた。

 私は思った。今日が検査の日なのね、夢みたいにならないかな、と――。





 いつもどおり検査を受けた。看護師さんに手を握られ先生の所まで行き、採血やMRI検査、脈拍測定に心電図検査、両手に看護師さんを連れていろんな検査を行った。そして私は検査結果を待合室で待っていた。

 その時、隣の診察室からこんな話が聞こえた。



「大変申し上げにくいのですが、今回の検査の結果から言うと、もう娘さんは長く生きられません」


「そう、ですか……」



 私は思わず、息を飲んだ。ずっと願っていたことだったのに喜びもせず、びっくりした。

 もちろん、頭の中は、昨日の夢通りに物事が進んでいる!? と、混乱状態。

 どうしてこの夢を見たのだろうって、ずっと考えていた。気づいたら、検査結果の説明も終わっていた。

 私はお母さんの言葉にも反応しなかったみたいで、お母さんは私を抱きしめた。



「普通の子に産んであげられなくて、ごめんね……」



 その言葉にハッとした。耳の中をこだまする。



「大丈夫だよ。お母さんのせいじゃないよ」



 咄嗟に出した私の言葉を聞き、お母さんはさっきよりも強く私を抱きしめた。耳元で鼻をすする音が聞こえる。




 その時間が異様に長く感じた。お母さんが私を離したとき、こんな話をした。



「何か、生きているうちにしたいことはある?」



 その言葉に私はもうすぐ死ぬのだと自覚した。



「お母さん、私はあとどれくらい生きれるの?」


「……長くて1年よ」



 ためらいながら答えるお母さんの声はまるでこごえているかのようだった。

 その声が耳にしばらくこびりついた。





 その後は自分の部屋に戻って、ゆっくり一息つく。

 でもその時間はそう長くは続かなかった――。



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