第33話 出会い

「こちらが莉望様の部屋になります。まだ13時前なので少し待ちましょうか」



 夢送り師の言葉に僕は頷く。

 長い沈黙が流れて、その夢送り師は僕に話しかけた。



「……あなたは夢送り師にならないんですか?」


「僕はなることすら考えたこと無いですね」


「そうなんですね。私はずっとこの世界にいたくて夢送り師の道を選びました。

 なんと言いますか……死ぬ日がわかっているというのは少し怖いなと感じまして」


「なるほど……」



 確かにあと99日で僕は任期を迎える。そこからの生活、黄泉の国とはどんなものだろうか……。そもそもここにいて“生きている”と言えるのだろうか……。



「そろそろ時間ですね。私は眠夢様の所に戻りますので、莉望様を連れてきてください。よろしくお願いします」



 僕の思考をぱっと消したのは、夢送り師のこの言葉だった。夢送り師はぺこりと頭を下げて僕に背を向ける。



 さて、どうするべきか。このドアの向こう側にいる矢澤莉望に、なんて声をかけるべきだろうか。

 考えながら僕はドアをノックした。



「失礼します」


「看護師さん大変なの! 点滴がない……!

 ってあれ? ……誰?」



 慌てた様子の彼女は、僕を見るなり、ぽかんとしたを見せる。



「はじめまして。僕は中村景です。君は矢澤莉望さん?」


「は、はい……」



 困惑の表情を見せながら、彼女はか弱い返事をした。僕はそんな彼女の反応を見ながら現状を話そうとした。



「よろしくね、矢澤さん。それで、いきなりで混乱するかもしれないのだけれど、ここはいつもの世界じゃないんだ。君は死んでこの世界に来た」


「それ、ほんとう!?」



 やけに自分の死に食いつく彼女は笑みを浮かべていた。僕が「うん、間違いないよ」と確信を持たせる言葉を伝えると、彼女はさらに幸せそうに笑った。



「嬉しい……! 遂に死ねたのね!

 17年も生き延びて、やっとよ」



 ベッドから飛び降りて「体がこんなにも軽い!」と彼女ははしゃぎ出した。

 僕は彼女が自分より幼いことを知って少し肩の力が抜ける。



「そんなに死んだのが嬉しいの?」



 直接的な質問を投げると、彼女は躊躇ためらいもなく答えた。



「もっちろん! あんな不自由な体で生きていても楽しくないし、好きなことも出来なかったんだもの!」



 無邪気に笑う彼女に僕はときめいていた。天真爛漫、自由自在。彼女は何にも縛られていないように、背中に翼を生やしたように、指先まできらびやかだった。その自由さは鳥ともいえない、まるで天使だった。

 そんな彼女は僕に質問を投げかけた。



「ねぇ、景さんも死んだの?」


「うん、2年前に」


「そうなんだ。そんなに暗い顔をするってことは死ぬのが嫌だったのね」



 彼女はふふっと笑ってそう言った。暗い顔なんてしていただろうか……。

 しかも彼女は笑うだけでは済まず、僕に「変わってる〜」と言うもんだから、「変わってるのは君の方でしょ」と僕は言い返した。

 すると突如、彼女はすんっと落ち着いた顔をした。



「“君”じゃないよ、莉望だよ?」


「え……」



 彼女が急に僕のそばに来てそう言った。僕が返事に困ってると「ね? 莉望って呼んで?」と煽るように彼女は首を傾げた。



「……莉望」


「ふふっ、なぁに景さん」



 僕が名前を呼ぶと、彼女は僕の顔を見上げて笑った。

 胸がぎゅっと締め付けられ、そのあとドクンと跳ねた。

 初めての感触に僕は、大きく跳ねた胸の痛みをどう受け取ればいいか分からなかった。



「……景さん?」



 彼女の呼ぶ声にハッとする。



「大丈夫? 具合悪い?」


「いや、大丈夫だよ。

 それより君を連れて行かないといけない場所があるんだ」



 僕の言葉に不満があったのか彼女はほっぺたをぷくーっとしている。そして力なくこう言った。



「“君”じゃなくて莉望だってば……」


「あ、ごめん。慣れてなくて……」


「別に。で、どこに行くの?」



 彼女は明らかに不貞腐れたままだが、僕の仕事には協力してくれる。



「この世界の最高責任者の方に逢いに行くんだよ。そこで色んな説明を受けるんだ」


「そうなんだ。じゃあ行こっか」


「え!」



 彼女は“行こっか”の言葉と共に、僕の手を握った。伝わる彼女の熱に困惑した僕は間抜けな声が出てしまう。



「あ、その、ごめんなさい……。くせで……」



 彼女は申し訳なさそうな顔で、僕から手を離して謝った。その様子を見て僕の心に痛みが走った。



「あ、いや、これは! なんというかびっくりしたって感じでその……」



 僕は勢いよく彼女の手を取った。“嫌じゃない”って言うんだ。

 そう思った時、彼女は声に出して笑った。



「あはは! あ〜、ほんとおかしい。

 慌てすぎだよ、景さん」



 そう言いながらも、彼女は僕の手を握り返してきた。

 その手に僕のこのドキドキが伝わってしまわないか不安になりながらも、2人で眠夢様の所まで歩いていったのだ──。



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