第30話 最寄り
「なに、やってるんですか……!」
誰が聞いても分かるような震えた声が、僕の喉から細々と出ていた。
「すまない……」
謝罪を入れながら堀部さんは笑った。
得点はというと、堀部さんが0で僕が85であった。
「あなた生粋のゲーマーでしょう!? ましてや楓さんの作ったゲームでまともにプレイしないなんて──」
「そうじゃないんだ。
お前が帰ってきた時、このゲームの名前を聞いた時、俺は後悔したんだよ。
お前と画面越しでしか向き合ってきてないことを実感したんだ……」
「それは言い訳ですよね……! 僕は本気で堀部さんに勝とうとした。勝って僕は、僕は──」
涙が溢れた。悔しかった。堀部さんが勝負してくれなくて。悔しかったんだ。堀部さんが優しさで負けたことを上手く飲み込めなくて……。
下を向いた僕をなだめるような柔らかな声で堀部さんはこう言った。
「景。勝って何を聞こうとしたんだ?」
僕は思わず顔を上げる。
堀部さんが僕のことを“景”と呼んだのは初めてだ。
「それは……」
「堀部さんの任期、です」
「俺の任期」
“任期”の所だけ重なって堀部さんは「そうだよな」と言った。そして一息ついてこう続けた。
「言うつもりだったんだ。景と出会った頃は。
でも景と過ごす日々の中で、景と離れることが嫌になったんだ。口にすることが俺らの能力で願うことになって、本当に叶ってしまうんじゃないかって思ったんだ……。とにかく今のままの生活を諦めきれなかった。
でもそんなわがままが景を苦しませていた。本当に、すまない……」
ゆっくりとした口調で話す堀部さんの声は微かに震えている。でも僕はなんて返したらいいか分からず、黙りこんでしまう。
「……俺の任期、明後日なんだ」
「え……」
僕を保っていた糸がぷつんと切れた。でも怒るような元気もなく、ただ現実を受け止めきれず、子供のように泣きじゃくるだけだった。
そんな僕の背中を堀部さんは撫でた。
少し、いや、実際にはしばらくして僕の息が整い始めた頃、堀部さんは僕の目を見て謝った。いつもの4文字「すまない」で。
でもその時の顔は微笑んでいるような優しい顔だった。
「堀部さん。僕は、僕は……どうすればいいですか? なにか出来ることは──」
「いつも通りおじさんと遊んでやってくれ」
歯を見せてニカッと笑う堀部さんの顔を見て、僕はこう思った。
あと2日しかこの顔が見れないと。
そう思ったらまた大粒の涙が頬を伝った。
「そんなに泣くなよ。そんなんじゃ水分不足で倒れるぞ。
水持ってくる」
離れようとする堀部さんの袖を僕は掴んだ。
行かないで、そう思ったからだ。
堀部さんは僕の頭をわしゃわしゃと撫でた。
「ちょっとだけ待ってろ」
そう言われて僕は手の力を抜いた。
堀部さんが洗面所から戻って来た時、僕の心は少し落ち着いて、つけっぱなしの画面を見た。
「……もう一度やりましょう?」
僕がコップを受け取りながらそう言うと、「あぁ、負けない」と堀部さんは笑った。
そしてお互いにコントローラーを握りあった。
しばらくして、泣きすぎとゲームで目が疲れ眠った。
──────
レム睡眠に入った。
この生活に慣れてきた僕は隣で浮いている堀部さんにこう聞いた。
「もし本当に任期がなかった堀部さんはどうしますか?」
「今みたいな堕落な生活をするだろうなぁ」
「あははっ、簡単に想像できます」
笑いながら今日も、夢の中で夢のような話をした。叶わない願いをふわふわと浮かべながら──。
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