第29話 もし

「もし任期がなかったら……」



 小さな声だった。でも僕はその堀部さんのつぶやきを聞き逃さなかった。

 堀部さんはというと、とっても優しい目をしている。



「あの、堀部さんの任期って──」


「すまない」



 僕の言葉を堀部さんはシャットダウンするようにかき消した。下がり眉の堀部さんを見ると、これ以上聞いてはいけない気がしてしまう。





 とは言っても、僕は堀部さんの任期を知らないといけないと思った。そうでないと、このままふわっとどこかに行ってしまう気がして……。

 だから僕はゲームの罰ゲームで“堀部さんの任期がいつなのか”聞こうとした。





 聞こうとして5日、僕は1度も堀部さんを勝ち越せなかった。

 こんなことは初めてで、負けず嫌いの僕は「ゲーセンで他の人とプレイしてきます。今日の夜は負けないように!」と昼の街に飛び出したのだった。







 僕はゲーセンのシューティングゲームをひたすらにプレイした。



「なんや、雑なプレイヤーおるな〜」



 次の対戦相手が僕に向かってそんなことを言った。不安な気持ちがプレイに現れたのだろう。



「雑、ですかね……」


「銃先はブレてへんけど、なんかキャラクターの動きが無駄多い気ぃする」


「なるほど……」


「あ、これは予想なんやけどな、焦ってるように見えんねん」



 その言葉にハッとする。そうか、僕は焦ってたのか、と。



「まあ、落ち着いてやんな。負けるつもりもないけど」


「はい。よろしくお願いします」



 こうして始めたシューティングゲームは9得点差で僕が勝った。



「うんまいなぁ、初めて見る顔なのに」


「ありがとうございます」


「ゲームするのが好きなんか?」


「はい。いつも生粋のゲーマーと対戦してます」


「そうなんや。

 そういえば半年くらい前、ゲーム好きがゲーセン開いとったなぁ〜」



 その人が言った言葉に僕はピンと来た。確信はないけれど、僕はこう問いを投げた。



「それって堀部……優紀さんと楓さんの、元々喫茶店だったゲーセンですか?」


「おぉ、分かるんや! めちゃくちゃおもろかったんよ。辞めるの勿体ないわ、あれは」



 懐かしむように縦に首を振るその人はプレイしたそうにうずうずとしていた。



「そうですよね。実は僕、優紀さんと毎日対戦してるんですよ」


「そうなんか! 羨ましいな〜

 もう一度“スペースシューティング”やりたいねん」



“スペースシューティング”……。

 頭の端にビビッと電気が流れる感覚がした。



「すみません、僕帰りますね。対戦ありがとうございました」



 僕はその言葉を残してその場を走り去った。






 僕は帰路を走っていた。

“スペースシューティング”は多分、楓さんの作ったゲームだ。僕は1度もプレイをしたことが無い。思入れ深いそれで勝たなきゃ、きっと堀部さんは教えてくれない。

 だから僕は堀部さんの部屋に入ってこう言った。



「“スペースシューティング”で勝負しましょう。罰ゲーム、ありで」


「お前……」



 僕の言葉に堀部さんは一瞬虚ろな目を見せて「やろう」と呟いた。画面に映した宇宙空間に僕はコントローラーを握りしめた。

 ──落ち着いてやんな。

 あの人の言葉が頭で再生され、僕は手の力を抜いた。

 勝たなきゃ、でも楓さんが作ったゲームを楽しまなきゃ!

 確か堀部さんの話の中に、『打つと周りのものも反動を受ける』って言ってたから、次の狙いは決めずにプレイしないとだな。こうして僕は、頭の中でこのを倒すイメージを作った。


 そして僕は楓さんの作ったゲームを、得意の瞬発力でプレイした。リザルト画面に映った数字に僕は目を見開くこととなる……。



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